マリナーどもへの鎮魂歌<レクイエム>

三村

第1話 約束の日

 20XX年4月16日、恐らくほとんどの人にとってこの日は長い人生の内のただの一日に過ぎないのだろうが、俺にとってこの日はただの一日ではない。


 俺は今日とある場所に向かっていた。その場所は俺が昔通っていた小学校の近く……いや、文字通り裏にある裏山だ。

 学校の裏山だなんてドラえもんでしか見たことないという人がほとんどだろう。俺はある人物と会うためにその場所に向かっていた。


 その人物の名前は姫野真理ひめのまり。まあ、簡単に彼女のことを説明すると俺の……切間怜王きりまれおの幼なじみだ。彼女の母親と俺の母親の仲がよかったこともあり、俺達はよく学校の裏山で探検をしたり秘密基地を作ったりして遊んでいた。


 だが、年を重ねるごとに段々と真理に対する気持ちが変わっていた。姫野は……美少女だ。本来ならば俺みたいなしょうもない一般人が声をかけることすらおこがましいぐらいの……性格も非の打ち所がないまさに美少女を体現したような存在なのだ。


 そして、中学生になりその事実に俺は気がついた。そして、俺は……姫野と距離を置くようになってしまった。学校で一緒に帰ろうと誘われても、一緒に遊びに行こうと言われても、てきとうな言い訳を作って避けてしまっていた。姫野と一緒にいると心が締め付けられるような気持ちになる。それが当時の俺にとってとてもつらかったのだ。


 そしてそんな不毛な毎日はある日、突然、終わりを迎えた。俺と日向が中学二年生だったころ、絶世の美少女である姫野のことを聞きつけてアイドル事務所のスカウトマンが真理をスカウトしに来たのだ。そして彼女は……姫野は……アイドルになった。


 姫野が所属している4人組のアイドルグループ「MINE」《マイン》はデビューしてすぐに日本を、いや、世界を代表するトップアイドルとなった。デビューシングル「I MY ME MINE」は初週で500万枚を突破し全世界に衝撃を与えた。その後もゴールデンの時間帯で番組を持ち、武道館単独ライブから更には世界ツアーまで……本当に、本当に遠い存在となってしまった。



 草々をかき分けて俺がたどり着いたこの場所。見晴らしがよく、景色が素晴らしいこの場所には俺にとって大切な物が埋まっている。彼女との思い出、タイムカプセルだ。十年前この場所に二人でタイムカプセルを埋めて十年たったら一緒に掘りだそうと約束していたのだ。もっとも、姫野がこんな約束を覚えているとは思えないしそもそも彼女は今も仕事で忙しいんだ。こんな所へ来る余裕なんてない。だがそれでも……俺はわずかな希望にすがりたかった。



 朝一でこの場所に来て姫野が来るのを待っているが、一向に彼女が来る気配がない。時間だけがただただ過ぎていき気がつけば12時、13時、14時……やがて日は傾いて辺りは段々と薄暗くなる。



 ……やはり多忙な彼女がこんな俺のしょうもない約束のためなんかでここにに来てくれるはずなかったんだ。いや、そもそも覚えてるかどうかも怪しい。


「もう、帰ろっかな……」


 俺は諦めて家に帰ろうとしたその時……まさにその時だった。


「あ、あの……」


 突然誰かが俺に話しかけてくる。誰だろうと思い俺は後ろを振り向く。そこいたのは……一人の少女だった。


「……切間……だよね」

「は、はいそうですが……」


 少女は顔を上げる。俺は……今、目の前にある光景が信じられなかった。姫野が……姫野真理が俺の目の前にいるのだ。


「えっ?えっ、ちょっと、え?う、嘘?」


 俺は、ただただ混乱していた。だって今、姫野は大人気のアイドルでこんな所に来る暇なんて……


「なに動揺してるのよ……もしかして私のこと忘れちゃった?」

「な、なに言ってんだよ!!忘れるわけねーだろ!!姫野……だろ。」

「もう、なんでそんなに自信なさげなのよ?」

「……なんか印象がずいぶん変わったというか……大人っぽくなったな。」

「そ、そうかな……ありがとう。」


 姫野は天使のような笑顔でそう答える。


「それにしても、姫野、お前、よくこんな約束覚えてたよな……」

「私が約束破ったことなんて今まで一度も無かったでしょ?」


 確かに、姫野は昔から約束は何があっても絶対に守る子だったが……


「いや、そういうことじゃなくてさ……仕事はどうしたんだよ?こんな所に来て大丈夫なのか……?」

「大丈夫だよ。だって私……」

「……姫野?」

「いや、その話は後にしてさ。早くタイムカプセル掘り出そ!!ほら、私もスコップ持ってきたからさ。」


 そう言いながら姫野は持ってきたスコップを得意げそうに見せた。その得意げそう笑顔はあの頃のままだ。


 俺達は夕暮れで薄暗い中。一生懸命タイムカプセルを埋めた場所を掘りだす。しばらく掘り続けると僕のスコップが何かに当たって、カンッ!という音を立てる。その場所を見てみるとそこにあるのはまさしく俺達が埋めたタイムカプセルだった。


「ふう、結構深くまで掘ったんだね私達。」

「そうだな……」

「中に何が入ってるか早く確認してみよっか。」


 そう言われて俺は早速タイムカプセルの中身を確認してみた。その中に入っていたのは、昔、集めていたカードゲームのカードだとか町のお祭りのくじ引きで当てたスーパーボールのような端から見ればガラクタのような物ばかりだった。


「これ懐かし!!昔こんなカード集めてたなあ……」

「そうそうレアカード出るまで何度もパック買ったせいでお小遣いなくなっちゃって、お母さんによくしかられてたっけ……」


 その一見ガラクタに見えるような物の数々にはその一つ一つに思い出が詰まっている。もう二度と振り返ることも無いと思っていた大切な思い出がぎっしりと。


 俺達はそんな思いに浸りながら、時間を忘れて、いくつもの思い出話をしていた。本当に本当に楽しい時間だった。気がつけばあたりはすっかり真っ暗になっていた。姫野が持ってきた明かりが無ければお互いの顔が見えないぐら


「こうやって一緒に話すの何年ぶりだったかな……」

「ほんとね……そういえば、切間、中学生になってから全然口きいてくれなかったじゃん。」

「あれは、その……ほら!!ああいう時期は女子と話すの恥ずかしかったというか……」

「ふうん、そういうものなのかな……」


 姫野は俺が言ったことに対してあまり納得していない感じだった。


「……なあ、本当にここに来て大丈夫だったのか?色々忙しいはずなのに……こんなとこ来ちゃって。」


 


「私ね……アイドル止めようって思ってるの……」

「え!?」


 俺はその言葉を聞いて強い衝撃を受けた。アイドルを止める?一体何言ってるんだ?


「え、ええとなにかトラブルでもあったのか?」

「ううん、そういうわけじゃないんだけどさ……」


 姫野は酸いも甘いもかみ分けたような顔をしている。やっぱりアイドルということもあって複雑な心情があるのだろう。


「最初アイドルにならないかって言われたときはね……アイドルに憧れてたのもあってOKしちゃったんだ……」


 確かに姫野は小さいときからモーモイ娘。が好きとよく言っていたな……


「でもね……いざアイドルになったらさ色々とプレッシャーに感じることも多くてさ。無理も結構してたんだよね……」


 やっぱり大変なんだなアイドルって……正直俺なんかが理解できる領域を超えている。


「しばらくは体調不良で休業するっていうことにして、ほとぼりが冷めてきたらそのまま引退するつもりなんだ……」

「そうか……えっ、てことはもしかしてこの街に……神尾町に帰ってきたってことか?」

「うん、後、高校も切間と同じ古鳥高校ことりこうこうに転入することになったから」

「え、それじゃあ……」

「……これからもよろしくね切間!!」










 ……今日は本当に色々なことがあった。正直、理解が追いつかない。まさか、本当に姫野がこの街に戻ってくるなんて、しかも同じ高校で一緒に過ごせる。こんなに嬉しいことはない。


「ただいま!!」


 俺は一生で一番元気に扉を開けて大きな声でただいまを言った。だが、返事は返ってこない。まあ、両親は今仕事の都合で海外に行っているのだから当然ではあるが……


 俺はご飯を食べ、風呂に入ったあと自分の部屋入り寝転ぶ。


 そして俺はおもむろにスマホを取り出した。LINEにはちゃんと「姫野真理」の名前が友達登録されている。それを眺めているだけで自然と顔が緩んでしまう。……さすがにこの時間にメールするのは悪いと思いそっとLINEのアプリを閉じた。


 ……その後、俺はなんとなくGoogleで『MINE』での姫野のことを調べてみた。改めて見てみるとさっきまで対等に話していた相手とは思えないぐらいすごい経歴だった。これが本当に同じ16歳の経歴なのかと疑ってしまうぐらいに……


「ん?これは……」


 しばらくすると俺はとある記事を見つけた。それは、姫野の非公式ファンクラブ「マリン:ブラック」についての記事だ。

 非公式にも関わらず、その規模はファンクラブの中でも世界トップレベルで各界隈の著名人から、裏社会に属する人間まで様々な人達が会員になっているとかいないとか……


「こんなすごいファンクラブがあるのかあいつ……」


 やっぱり、姫野とは住んでいる世界が違う……俺は、ただただ驚嘆していた。


「もう、一時過ぎてる。そろそろ寝る準備しないと……」


 俺は歯を磨くために自分の部屋から出ようとした。だが、突然ドン!!と何かをぶち壊したような大きな音が玄関の方から聞こえた。そして、だだっ!!と家に誰かが上がり込んでくる音も聞こえる。


「……な、なんだ?」


 俺はドアを少し開いてリビングの方を確認してみる。そこにいたのは……武装し覆面をかぶった二人の人間だった。


「う、うわあ!!」


 俺は慌てて部屋の扉を閉じた。さっきの叫び声を聞きつけてか武装した二人組がこちらに向かってくる足音が近づいてくる。ゆっくりとだが、確実にこちらに近づいてくる……


 


 





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