第14話 転移陣
この国には、転移陣というものがそれぞれの街に設けられている。
こんな田舎子爵の街にも、それは存在した。
転移陣は石で作られた台座の上に、雨でも消えない不思議な塗料で魔方陣が描かれているだけのものだ。
大きい街なら、商店が集まるところや爵位持ちの家の前など、何ヵ所も置かれているところもあるそうだ。
この街では、子爵家の横に設置されているのみ。
これを使えば、国中どこでも一瞬で移動できる。
しかし、シャルはこの転移陣を一度も使ったことがなかった。
理由は簡単。使用料が高いのだ。
「セオ。これってたしか、一回使うのに金貨一枚かかるのよね?」
「ああ。爵位のあるものは金貨一枚。それ以外は銀貨一枚だ。商人がよく荷物の運搬に使っているんだぞ。俺も今日ここから来たんだ」
「えっ。そうなの? 知らなかった。意外と良心的な価格なのね。……でも、私は金貨一枚かかるのよね」
「いや。シャルからお金は取らないよ。しかし、ここの転移陣はほとんど使われていないな……」
そりゃあ、王都からも離れたこんな廃れた田舎街に、転移陣を使うような金持ちはいない。
「さてと。俺の家はゼロ番地だから。もしも転移陣を使って家に帰るときは、ゼロ番地。って言うんだぞ」
「ゼロ番地?」
「ちなみにここは、ヒャクサン番地だ。場所ごとに名前があるから、ちゃんと間違えないようにな。地図はこれだ」
セオが指差したのは台座に描かれた魔方陣だった。
よく見ると魔方陣には、この国の地図と場所の名前、そしてその隣に番地名が描かれていた。
「ふぅん。すごいわ。……でも、どうしてセオはここに来たの? もっと食堂の近くに転移すれば良かったのに」
地図の中にはこんな辺鄙な街より発展した街が沢山描かれている。
海の幸で有名な街、山の幸で有名な街。
シャルも名前だけなら知っている。
セオはお金は持っているのだし、選びたい放題だ。
にゃん子サマは魔方陣に飛び乗ると、にやにやしながら話しだした。
「セオは、
「あっ! にゃん子サマ。それは言うなよ。恥ずかしいだろ」
「娘とぶつかっただけで吹っ飛んでしまう男のほうが恥ずかしいのじゃ」
「はいはい。その話はおしまい。帰るぞ」
セオは魔方陣に乗ると、シャルに手を伸ばしエスコートしてくれた。
「ありがとう」
「シャル、ちょっと失礼するよ」
セオはシャルの両の手の平を自分の手と合わせた。
シャルよりも一回り大きなセオの手は、白くて細くて綺麗な手だった。
セオが何か呟くと、手の平からほんのりと温かい光を感じた。
「──はい。おしまい。これでシャルも自由に転移陣が使えるようになるから」
「どうして? ちゃんとお金を払わないと……」
「払っても、どうせ俺のところに来るだけだから……。あ、この転移陣、俺が作ったものなんだ」
「へ? 作ったって?」
「そのままの意味だけど……。ほら行くぞ? ──ゼロ番地!」
「きゃあっ」
セオが目的地を叫ぶと、魔方陣から光が溢れた。
真っ白い光に包まれた瞬間、浮遊感に見舞われる。身体が浮いたかと思うと、光はあっという間に消え、見知らぬ場所にいた。
そこは森の中だった。
空気が澄んでいて、川のせせらぎが聞こえる。
そして目の前には小さな小さな家が一軒建っていた。
赤と茶色のレンガで出来た、とても小さな家だ。
「ここが俺の家だよ。狭い家だけど、自分の家だと思って寛いでくれよな?」
「ええ。ありがとう……」
でも、真正面から見たところ、部屋はひとつしかなさそうな程、小さな家だった。
横から見たら、すごく長い家なのかもしれないと思い、横手に回るが、そんな事もなかった。
三メートル四方の小さなレンガの家だ。
あんなにお金持ちだから、大きな家に住んでいるのかと思っていた。
まさかこんな可愛らしい家だとは……。
でも、流石に小さすぎませんか?
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