夏の終わり

山田維澄

第1話 夏祭り

 僕には年に一度だけ会う友達がいる。夏祭りの日、彼女はいつもそこにいる。彼女が小さい時からずっと。

「こんばんわ」

 彼女は僕に気付くと、笑って話しかけてくれる。去年よりも大人っぽい浴衣を着た彼女は、去年と変わらず一人でいる。

「キミも一人?」

 石畳の階段の端に、僕らは並んで座る。階段が長いせいか、人は全く来ない。

「そうだよ。君も一人でしょ?」

「なんで決めつけるかなぁ。誰かを待ってるかもしれないのに」

 拗ねたような彼女の言い方に、僕は思わず笑ってしまう。

「なんで笑うかなー」

 ぷくっと頬を膨らませる姿が愛らしくて、また頬が緩んでしまう。

「君は何か買わなくていいの?」

 僕はバレる前に話を逸らした。階段を降りた鳥居の先には多くの屋台がある。町の人達が楽しそうに笑っているのが、ここからでも見てとれる。

「今はいいかな。凄い混んでるし。それに、そろそろ花火が始まるよ?」

 彼女のその言葉を合図にしたかのように一発目の花火が打ち上がった。

「やっぱりここは見晴らしがいいねぇ!」

 眩しそうに、彼女は花火を見上げた。色とりどりの花火が咲いては散っていく。この時間が永遠に続けばいいのにと、思うのは僕だけではないはずだ。

 大音量の歓声が、花火が咲く合間を縫って聞こえてくる。隣に座る彼女も、目をきらきらと輝かせて花火を見ている。どんな花火よりも美しい瞳で。

 こんな感情を、僕が持ってはいけないのに……。

 最後の花火が打ち上がって、今年の夏の終わりを告げた。屋台はまだ開いてはいるが、彼女はこの場所から帰ってしまう。

「花火、キレイだったね」

 君の方が綺麗だと、そう言えればどれだけ良いことか。僕は、黙って頷いた。

「また来年も、楽しみだなぁ」

 もう、終わりの時間だ。彼女は立ち上がった。僕はそのまま動かない。

「キミは帰らないの?」

 彼女の問いに、僕はまた頷いた。去年は一緒に階段を降りたけど、今年は行けない。

「そっか。残念」

 彼女はゆっくりと階段を降りた。彼女の背中が、どんどん小さくなっていく。寂しい気持ちで見送っていると、不意に彼女が振り返った。

「ねぇ、キミ。名前は?」

 もう何度目かになるその問いは、いつでも僕の心を締め付ける。仕方のない事だけど、やはり悲しいものだ。

「すおう、だよ」

「いい名前だね! 私は朱里。また来年会おうね。すおう」

「うん。また来年」

 そう言って、彼女を見送るのは何度目になるだろう。彼女がああ言うのは、何度目だろう。

 僕は、彼女と毎年初めましてを繰り返す。叶わぬ恋心を抱きながら。いつの間にか、身長も抜かされてしまったと言うのに。


 僕はもう、来年この場所には来れないかも知れない。年々信仰が薄れて、僕は祭りの日にしか人間に見えなくなってしまった。力も弱まって、鳥居の外には出られなくなってしまった。来年君と会う僕は、本当に初めましてなのかも知れない。

 ここは蘇芳神社。僕はこの神社の、何代目かの神様。僕が死んでも、また次の僕が蘇る。

 それでも僕は、君のことを忘れたくはない。

「また来年、ね」

 僕は来年の夏に思いを馳せた。

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夏の終わり 山田維澄 @yamada92613

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