おばあちゃんの誕生日

@youscream

第1話

 これから僕はこのことを忘れたくないのでスマホに文章として書いて残そうと思う。


 充電 残り8%

 

 車窓から田んぼを眺める。

 いかにも田舎って感じの風景がどんどんと流れていく。

 今日はおばあちゃんの誕生日だ。

 おばあちゃんは癌の末期で余命一週間だと医者に言われている。

 母さんの話によるとモルヒネとか言う麻薬のようなものを使用したらしい。

 この前会ったときには抜け落ちてしまい寂しくなった頭にまた薄く髪が生え始めていた。

 口が震えて会話のキャッチボールも少し怪しかったけれど楽しそうに昔話を話してくれた。

 でもモルヒネを使うと意識も朦朧とするそうだ。

 しかも痛みも激しくなり昨日母親が会った時には苦しみ悶えてまともに話はできなかったと言っていた。

 いつもだったら近くの川でついでに水切りでもしようかとウキウキしているところだ。

 母が近くの広場に車を止めて僕が三ツ矢サイダーを持って家に向かう。

 白いワゴン車も止まっていたから従兄弟もいるのだろうか。

 

 充電残り7%

 

 下り坂を降りながらお墓が目にとまる。

 陸軍なんたら高須賀どうとか書いていた。

 家までの短い距離でも草木が繁茂し一昔前の建物が並んでいるこの道を通るとノスタルジーを刺激される。

 家の前に来ると改めて古さを痛感した。

 おばあちゃんが植えた草花が好き勝手に茎を伸ばしたり花を咲かせたりしている。 

 家自体もひどく劣化して見える。

 小さい頃は綺麗な庭に明るい祖父母が迎えに来てくれたが今はそんな面影はどこにもない。

 玄関の重いドアを慎重に開ける。

 昔手を挟んで爪が剥がれたことが今もトラウマとして残っている。

 中に入るとすでに三つほど見慣れない靴が並んでいた。

 やはり従兄弟もいるようだ。

 僕を先頭に弟、母の順でダイニング兼キッチンの部屋に入る。


 充電残り6%


 「今、苦しんどる。この前まで三度にしとった薬を看護師さんが呼吸が苦しそうだから二度にしたけん、痛がっとるんよ。」


 入るや否や母親に爺ちゃんが話しかけ始めた。

 

 「ちょっと待って、今来たばっかりで荷物置くから。」


 この部屋にはすでに兄弟のいとこ二人と母親が狭い子の部屋に各々、食事用に配置された椅子に腰をかけ、コロナも流行っているのに密だ。


 「あんたらは別の方から入って。」


 そう言いながら母親はさっさと荷物を置き

おばあちゃんのいるリビングへ足早に向かう。

 僕ら兄弟も玄関の近くの入り口から入る。


 「あんたらちゃんと手洗った?消毒しといてよ。」


 入ったかと思うとすぐに母からそう言われてUターンし手を洗った。

 その間も母たちが看護師さんに電話したかとかいつ来れるかとかそんな話が耳に入ってきた。

 改めてリビングに入った。

 おばあちゃんは介護用の大きなベットに寝そべり苦しそうにしていた。

 おばあちゃんの手を母親が握って労わっている。

 

 「おばあちゃん、達也も海斗も来てるよ。」


 母の言葉にまともに応じることもできず目を瞑ってひたすら唸っている。

 

 「これチューブなんでつけてないん?」


 「看護師さんが来た時はつけとんやけど帰ったらすぐ外すけん。」


 酸素チューブのことだろうか。

 おばあちゃんは息が浅くなっているからつけ始めたと母親が言っていたような気がする。

 母親たちが何か話し合ったかと思うとすぐに僕らにチューブをつけるからこの部屋から出ていくように言った。


 残り充電5%

 

 部屋から出て椅子に腰掛けて待つ。

 ダイニングのテレビには川に行くのが流行ってるとかそんなニュースが流れている。

 僕には小学二年生と中学2年の従兄弟がいる。

 共にサラサラヘアーの少しチャラい兄弟だ。

 いつもならふざけたりするのだけれど流石にしんみりとしている。

 小学生の従兄弟の方はそんなのお構いなく最近流行のゲームをしている。

 少し経った後許可が下りてリビングに入れるようになった。

 おばあちゃんの鼻にはチューブが付いている。

 チューブはKM12とか言うよくわからない機械から伸びている。

 僕ら兄弟たちは低くて高級そうな机を挟んで長ソファーと二つのソファーにそれぞれ向かい合うように腰を下ろした。

 僕の隣にはまだゲーム機を握っている小学生の従兄弟がいる。

 屈託のない笑顔を浮かべて楽しんでいるようだ。

 この子は今おばあちゃんが危険な状態だと言うことをわかっているのだろうか。

 多分おばさんから言葉では教えてもらっていると思う。

 しかし、どうせまた治るとでも思っているのか、それさえ思っていないのか。

 何にせよ小さい子は残酷だと思った。


 残り充電4%

 

ベッドの周りを母とおばさんと祖父が囲んでいる。

 毛布からはみ出した足は骨と皮だけになっていた。

 母はおばあちゃんの手を取り大丈夫とか声をかけている。

 何か答えようとはしているがわからない。

 下の歯は抜け落ち、口は震えている。

 

 「うるさい…。」


 やっと聞こえた言葉もこんなものだ。

 それに従い、みんな静まる。

 僕たちにはその痛みが分からない。

 言葉ではわかっても実際に経験するのは死に際だと思う。

 一人で、誰にも理解されず死の恐怖と戦う。

 なんて辛いことだろう。 

 この言葉も痛みを理解できない僕たちが言うと途方もなく無責任に聞こえるけど。


 残り充電3%

 

 そのうちおばあちゃんの要望もあり静かにハッピーバースデイを歌うことになった。

 ゲームのキャラについて自慢げに語る従兄弟の下の子を僕はなだめて歌った。

 僕史上一番静かで虚しい曲になった。

 そして母親がお前もおめでとうを言えと手招きしてきた。

 僕はおばあちゃんの手を握って言った。

 ちょっぴりだけど確かに目を開けて僕の顔を見てくれた。

 続いて弟、いとこ。

 でもやっぱりおばあちゃんは苦しんでいる。

 はぁはぁと息を吐いて。

 クーラーのきいた部屋ら涼しいと言うより冷たく感じた。

 母が急にダイニングに駆け込んだ。

 すすり泣く声が聞こえる。

 せめて泣く顔だけは見せたくないのだろう。

 おばあちゃんの苦しむ姿を見るのは耐え難い。

 いつも元気で愉快な人がこんなに周りを顧みず苦しんでいるのだから当然だ。

 母は戻ってくるとケーキを準備するから誰かおばあちゃんの手を握っておくように言った。


 残り充電3%


 大人たちはダイニングで準備を始めた。

 年長の僕が手を握るのは必然だった。

 母たちの準備ができるのを待っていると弟が先ほどからゲームばかりしている従兄弟の弟にカタカタうるさいと文句を言い始めた。

 場を弁えろと言うことだろう。

 そんなことみんなわかっているのだ。

 でもこの子には未来を見るって言う考え方がまだ育っていないんだと思う。

 だからしょうがないのだ。

 おばあちゃんのいなくなった生活を想像できないのだ。

 そしてそんな風に文句を言う弟も理解できていないのだと僕は思う。

 注意したのはあくまで空気に合わせただけ。

 本当におばあちゃんの死が何か想像出来たらまずベットに駆け寄って少しでも長く近くでおばあちゃんを見て目に焼き付けるべきじゃないのか。

 僕はそのまま弟に言った。

 弟は「だってこいつだってゲームしてるじゃないか」と拗ねて弟と同年代の兄の従兄弟の方に陰口を言い始めた。

 それも僕の目の前で。

 僕は本当にそれが下らなくてイライラした。

 それを飲み込みおばあちゃんの腕をさすり続けた。


 残り充電2%


 僕は気の利いたことは言えないし、出来ることはこのくらいだった。

 そうするとおばあちゃんはゆっくりと眠り始めた。

 祖父はそれを見て安心していた。

 そしてケーキが運ばれてきた。

 よくあるショートケーキだけれどその上に乗っかっていた数々のフルーツはあまりに明るすぎると思った。

 どっちかっていうと今はチョコレートケーキの方がいい気がする。

 

 残り充電1%


 もうそろそろ切れてしまう。

 こんなことなら充電すべきだった。

 少しでもおばちゃんとの記憶をとどめて後で見返して泣くことができるように。

 僕ら残された人ができるのは記憶に留めることだけだ。

 おばあちゃんは静かに寝ている。

 静かすぎて心配になることもある。

 でも痛がるおばあちゃんを見て安心する。

 これだけ聞くとひどく醜いかもしれない。

 そろそろスマホは真っ暗になる頃だ。

 それでもギリギリまで書き続けよう。

 話は逸れたが死は身勝手だと思った。

 いついつ死ぬとかそう言うのは教えてくれない。

 だから最後の別れを告げるのも叶わないことが多い。

 でも実際、目の前でおばあちゃんが死ぬのは耐えられない。

 確かに苦しむおばあちゃんを見ていたらもういいんじゃないかとも思う。

 そんなに苦しんで生きる必要があるのかとも思う。

 けど僕たちはおばあちゃんに死んで欲しくない。

 これは完全に自己中で愚かなエゴだとわかっている。

 だから最後まで一生懸命生きてほ


 

 残り充電0%


 


 

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