滅びの宿命
ディスカルの話は何度も言い澱み、時に口をつぐみ、時に涙で絶句してしまうものでした。その度にミサキたちは見守り、ディスカルが落ち着いて話し出すまで辛抱強く待ちました。ユッキー社長は何度も、
「ディスカル、もうイイわ。無理に話さなくたって。わたしたちが知ったところでどうしようもないことだもの」
「いえ、聞いてもらう必要があります。地球がああならないためにも是非」
前回の地球遠征にジュシュルが乗り込んできたのは、やはり地球への航海のリスクの余りの高さもあったようです。時空トンネルの内部の情報はエランの力を以てしても、
『入ってみないとわからない』
これもかつては、トンネル付近に監視衛星を置いて、かなりの情報を集めていたそうですが、今のエランにそんな力はありません。三十四年前の大船団の帰路の時と同じ状況であれば、到底通り抜けることが出来ないと誰もが考えたのでした。
もう一つは宇宙船自体のリスクです。既に二回の離発着を行っているうえに、三十四年前のロートル船。そもそもエランから飛び立つことが出来るのかも疑問視されたぐらいだったようです。
それでも結果から言えば地球遠征は大成功だったはずですがディスカルは、
「前に小山代表は、エランの滅びの原因は意識分離技術にあり、これがある限り滅びは免れることは出来ないと仰いましたが、その通りになりました。我々の決死の努力など虚し過ぎるものとしか言いようがありませんでした」
ディスカルに聞く限り、エランはすべて滅びの方向に運命づけられている気がしてなりません。その最後の希望がジュシュルとガルムムであったで良さそうです。この二人は本当の盟友だったそうです。ちょうどユッキー社長とコトリ副社長の関係のように。
五年戦争を勝ち抜いた二人の命題はエラン再生であり、エラン再生のための焦眉の急は人類滅亡兵器の脅威への対処です。対処法のカギはアラ時代に既に見つかっており、地球人の純血種の血液と純血種の地球人です。ここで、より重視されたのはエランへの宇宙旅行を経た地球人です。
ガルムムとジュシュルが地球に来たのは宇宙旅行のリスクに誰もが尻込みしたのもありますが、地球の神の存在を重視したようです。地球に行けば交渉相手は地球の神であり、人では相手にならない懸念です。とくに地球人の提供となると交渉が難しくなるのは必然です。
ガルムムはシンプルな計画を立てていたようです。前回が友好使節でしたから、今回も友好交渉を装って降り立ち、サッと神戸空港を制圧して、何人かの地球人を拉致してトットとエランに連れて帰るぐらいです。
しかし、あの時にはコトリ副社長が神戸空港にスタンバイしており、ガルムムの計画は一瞬に崩れ去ります。あの時にコトリ副社長さえ空港にいなければガルムムの計画は成功したはずです。そうなんです、エランに運命の女神は微笑まなかったのです。
ガルムムの帰りを待ちわびたジュシュルでしたが、ついに帰って来ないと判断せざるを得なくなります。可能性として、
・地球にたどり着かなかった
・地球から離陸できなかった
・エランへの帰路に遭難した
いずれにしろ、誰かがもう一度地球を目指さないとエランの再生はありえません。ジュシュルは自分が長期にエランを留守にするリスクに苦悩したようですが、行かなければエランの滅びは確実に来ます。
「ザムグ副総統は我々も信頼を置いていたのですが・・・」
ザムグがエランの最後の命運を握っていたかもしれません。ジュシュルは地球での交渉に成功し、大量の血液製剤の入手と、浦島夫妻を平和裏にエランに招くことが出来ています。これでザムグが権力への野望に燃えなければエランは土壇場からでも再生した可能性はあります。
しかしザムグは神になる魅力に屈してしまいます。シリコンはザムグが管理していたのです。そしてエラン最後の意識分離が行われる事になります。神となったザムグは権力奪取と、ジュシュル排除しか念頭になくなってしまったのです。運命の神はエランを見放したとしか言いようがありません。
かつてコトリ副社長は意識分離技術こそが最終兵器であると喝破されました。この技術がある限り、人は神になる魅力を押さえきれず、神になれば覇道に走るのです。人類滅亡兵器の使用もそうで、神が覇道に走れば必ず使われてしまうぐらいでしょうか。
エランは千年戦争の時、いや千年戦争の原因となった意識分離技術の普及で一直線に滅びの道を突き進んでいたのです。そんなエランがすぐに滅びなかったのは、まずアラの存在になります。
アラは他の神々を打ち倒し、その後も断続的に現われる神々も悉く始末しています。意識分離技術も可能な限り封じ込み、シリコンの採取さえ不可能な状態にしています。そこまでして九千年の平和をエランにもたらしましたが、アラでさえ自分のための意識移動技術は残さざるを得なかったのです。
アラが残さざるを得なかった意識分離技術の火種はアラが追放された後に再びエランで燃え盛ります。その時に登場したのがジュシュルとガルムムです。二人はアラの政策の継承を忠実に行い、他の神々を打ち倒し、エランに平和をもたらし再生のチャンスを得ます。それも後一歩まで漕ぎ着けていたのです。
こうやってエラン再生の機会を考えると、ガルムムが来た時がラスト・チャンスだったのかもしれません。あの時にガルムムではなくジュシュルだったら、たとえガルムムであっても武力による地球人奪取を選ばず、平和裏に交渉していたら。
運命の綾はいくらでもありますが、後悔は先に立ちません。あれもまたエランに定められた宿命だったとしか言いようがないのかもしれません。今のエランの状態は、
『船、遂に覆る。ジュシュル溺る。エラン亡ぶ』
嗚呼、ジュシュルの死はエランの滅びしかもたらしません。勝利者であるザムグは覇権を握るでしょうが、リル運動はさらに徹底推進されるとしか考えられません。地球人の血を引くエラン人排斥はさらに徹底され、人類滅亡兵器の対抗手段は完全に無くなります。
たとえ新たな神が出現し、ザムグを倒したとしても、もうエランに地球に行ける宇宙船を作れる能力は残されていません。ディスカルが乗って来たのが最後の一隻なのです。ディスカルもあれを新たに建造するのは不可能だとしていました。
ミサキにはエランの弔鐘が聞こえる気がします。百年も経たないうちにエランは無人の惑星になり、いつの日か地球人が訪れる日が来ても、目にするのはかつての高度文明の痕跡ぐらいです。
亡宋三傑の一人文天祥は元の張弘範に捕えられ、宋軍に降伏勧告を書くように命じられます。文天祥はこれに対し所過零丁洋詩を贈ります。その文末には。
『人生古より誰か死無からん。丹心を留取して汁青を照らさん』
生きるより歴史に名を残すことを選ぶぐらいの意味です。文天祥は願い通り歴史に名を残しましたが、アラもジュシュルも、その名も偉大な業績を覚えるものはいなくなります。そう伝える人自体が死滅してしまうからです。
ディスカルからジュシュルとアダブの死を聞いたユッキー社長とコトリ副社長は、毅然として、
「ジュシュルは首座の女神の男である証を立てた」
「アダブの至高の勇気は、次座の女神の男の証として相応しいものであった」
涙を必死になって堪えているのが見てられませんでした。ミサキもエランの最後を飾った英雄たちの名を永遠に忘れません。せめてエレギオンの女神が永遠の記憶に残さずして誰が遺すと言うのでしょうか。
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