第4話 知らぬは本人ばかりなり

「まぁ! それは宜しゅうございました、食事と睡眠以外全て必要な事を学ぶ時間にすれば5年以内にきっとご結婚できますわ。ソフィー嬢でしたか? 頑張って下さいね、応援致しますわ」



 にっこりと笑顔を向けるとソフィー嬢は真っ青になって後ずさりました。

 笑顔を保ったまま王子の方を向いて言葉を続けます。



「お勉強ばかりでお会いできないとやる気も出ませんものね、ガブリエル様もあと2カ国の言葉が手付かずですのでご一緒に学べばよろしいかと。そうすれば定期的に会えますわね」



「そ、そうだな…」



 あらあら、本気で5年間ソフィー嬢を勉強漬けにする気でしょうか、わたくしなら百年の恋も冷めますわ。

 一度お隣のソフィー嬢のお顔を見ればよろしいのに、側近の皆様に縋る様な目を向けておいでですよ?



「それにしてもガブリエル様はお心が広ぅございますね、いくら側近の皆様と仲がよろしいとはいえ…」



 そこで言葉を切ってチラリとガブリエル様を始め側近の3人に視線を向けると3人は顔色を変えた。



「ガブリエル様? 側近の皆様はガブリエル様の予定や行動をほぼ把握しておりますわね?」



「ああ…、側近だから当たり前だ」



 いきなり話題を変えた事に戸惑いながらも素直に答える王子、結構なヒントですのに気付かない様です。



「ガブリエル様はどうしてわたくしの予定を確認していたのでしょうか?」



「は?」


 先程わたくしが言いましたよ、鉢合わせしない為だと。

 まさかこの短時間で忘れる程残念な頭では無いと思いたいのですが。

 数秒考えてサッと顔色が変わりました、えらいえらい、ちゃんと気付きましたね。



「人の目というのは思っているより多いものでしてよ? 図書室で宰相の御子息と、訓練場近くの四阿で騎士団長の御子息と、裏庭の花壇前の片隅で魔導師長の御子息と、生徒会室でお兄様の(膝の)上に自ら乗って来たとも耳にしましたわ」



 うふふ、ソフィー嬢ったら今にも倒れそうな程真っ青になって震えていらっしゃるわ。



「恋人を共有して将来的に自分の子でなくても我が子として養育されるのですね、ガブリエル様の博愛精神には頭が下がりますわ」



「な、な、何を言って…」



「わたくしとの婚約破棄については個人の問題ではございませんのでその旨を王宮に伝えましょう。数年前から婚約そのものを破棄ではなく白紙に戻すという案が出ていたそうですし…」



 実は王太子殿下が3歳の頃から婚約していた公爵令嬢が奔放な方に育ってしまったらしく、王妃に相応しく無いと言われており、困った両陛下がいっそ王族教育が終わっているわたくしを婚約者に挿げ替えたいと内々にお父様に打診があったとか。



 しかしそうしてしまうとガブリエル王子の立場が無くなるという事で解決案を模索している最中にこの出来事、案外陛下は歓迎するかもしれませんね。

 会場内はシンと静まり返っており、誰もが息を詰めて成り行きを見守っています。



「皆様、折角の卒業パーティーに大変な余興をお見せする事になって申し訳ございません。若気の至りという事でガブリエル様をお赦し下さいね」



 ニコリと淑女の笑顔を振り撒き、遠い目をして壁際に立っていたお兄様に目で合図するとハッとなってエスコートする為に側に来て下さいました。



「わたくしが居ては落ち着かないでしょうからこれにて失礼致します。では皆様、ごきげんよう」



 優雅に見える様、渾身のカーテシーをして会場を後にしました。

 係の者が閉じた扉の向こうから王子の大きな声が聞こえましたが放っておきましょう、それより王宮に遣いを出さなければ。

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