第6話
「……姉はどうして自殺なんか」
美希子は独り言のように呟いた。
「……さあ」
御手洗のその返事は何かを知っているかのように聞こえた。が、訊いても答えてくれそうもないと、美希子は判断した。
「……これからどうするつもりですか? 仕事とか生活とか」
美希子は気になった。
「……そうですね、友人のコネがない訳ではないんですが、
御手洗が柔らかな笑顔を向けた。
「良かった」
御手洗の前向きな言葉が、美希子は嬉しかった。
タクシーに乗った御手洗を見送ると、ホテルに戻り、自分の身の振り方を考えた。
……木下と別れるべきか。騙されたと分かった今、一緒にやって行く自信はなかった。別れるには、騙したことを確実にする証拠が必要だ。……紹介者の安達夫人に訊いてみることにした。
「――つかぬことをお伺いしますが、木下とはどちらで知り合ったんでしょうか」
お礼の挨拶を終えると、単刀直入に訊いた。
「あら、どうなさったの? 今頃になって」
夫人が
「実は、私が訊いても勿体ぶって教えてくれないものですから、奥様にお尋ねしようと思って」
「あら、そうなの? 主人からの紹介なのよ。うちの人、釣り好きでしょ? 横須賀で知り合って意気投合したみたい。『いい男が居たよ』なんて、自分が好きになったみたいな言い方をするんだもの――」
長々と続きそうだったが、話の腰を折る訳にはいかない。美希子は
「――で、ミキちゃんにどうかなって」
「そうですか。釣りでご主人と。今度、ぜひ、釣りに誘ってくださるようご主人にお伝えくださいませ」
……そうか。身辺を探り、父と
あんたのために、こっちは四苦八苦しながら部長昇進の画策を練ったり、忌まわしい宣子とのことも打ち明けず、一人で耐えてきたのに。すべてが馬鹿馬鹿しいよ。ったく。あんたは自分の手を汚すことなく、“果報は寝て待て”で、
――門灯は消えていたが、窓からの明かりは煌々と輝いていた。それはまるで、「お前なんかいなくても、何ら影響ないさ」と言われているように思えた。
美希子は、自分が否定されたみたいに思え、自分の家なのに鍵を使って入ってはいけないような気がして、チャイムを押した。
やがて、無言で鍵が開けられた。そこには、眼鏡のレンズに遮られて判断できない、不明瞭な木下の眼光があった。
「……寒いから入れ」
抑揚のない言い方だった。
……誰が寒いの? 私? それともあなた?
他人の家に来たような居心地の悪さの中で、美希子は居間のソファに腰を下ろした。
「……御手洗から聞いたのか」
木下がレギュラーコーヒーを淹れながら、
「何を?」
美希子は
「……姉さんとのことを」
木下は小声だった。
「ええ、聞いたわ」
美希子は木下を見なかった。
「……すまなかった」
木下はテーブルを挟むと、煙草に火を付けた。
「何がすまないの?」
木下を睨み付けた。
「……君に言わなくて」
「私を騙していたの?」
「だったら、佑利子と付き合っていたことを話しても俺と結婚したか?」
「するわけないじゃない!」
美希子は物凄い形相で怒鳴った。
「……だろ? だから言わなかったんだ」
木下は腰を上げると、カップにコーヒーを注いだ。
「そもそも、どうして私と結婚したのよ。姉への罪滅ぼし?」
カップを二つ置いた木下を見た。
「バカ言え。そんなんで結婚なんかしないさ」
「じゃ、どうして」
「……君のことが好きだったからだよ」
木下は横を向いて答えた。
「よく言うわよ、私の顔も知らなかったくせに」
「いや、知ってた」
「どこで?」
「佑利子の告別式で。……セーラー服の
「……」
「……君の姉さんのことを悪く言いたくないが、君に不審を抱かれている以上、真実を話す
佑利子は服やら食事やら、俺に貢いでくれた。尽くしてくれる年上の佑利子は、俺にとってぬるま湯に浸かってるみたいで心地よかった。……ところが、最後には結婚をせがんできた。就職を目前にした学生の身で、結婚なんてとんでもない。俺が断ると、これまで貢いだ金を返せと言い出した――」
木下の持っていた煙草が灰になって
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