第4話

 


「……もうそろそろ来ると思うわ。呑みながら待ちましょう。お酒は嫌いじゃないでしょう?」


 風呂上がりの御手洗にビールを勧める宣子。


「……ええ、まあ」


 御手洗にビールを注ぐ宣子。


「ところで、御手洗さんは彼女は居るんですか?」


「えっ? ……いえ、いません」


「じゃ、もし、今日会って、ヨウコのことが気に入ったら付き合ってくれませんか?」


「あ、はあ」


「あの子はスタイルも良くて、スリムなんだけど、御手洗さんはどちらのほうが好み? ボヨヨ~ンと小さめでは」


 自分の胸に手を当てながらバストのサイズを訊く宣子。


「うむ……。あまり大きいのは駄目ですね」


「良かった。ヨウコは形はいいんだけど小ぶりなの。一緒に温泉に行った時に見たの。……どうしたんですか?」


「……なんか急に眠くなって。ちょっと横に」


「じゃ、枕を。仕事でお疲れなんだわ。ヨウコが来たら起こしますので」


 少し開いた押入れのふすまを開ける宣子。開けた押入れに美希子の笑った顔がある。目配せする二人。御手洗に枕をあてがう宣子。――


 押入れから出てくる美希子。


「私の次よ。今のうちにシャワーして」


 小声で話す美希子。宣子、にやけると浴室に行く。宣子のグラスに持参した睡眠薬を入れる。次に眠っている御手洗の背広を探り、内ポケットに入っていた名刺入れから名刺を一枚抜き取る。それを机の引き出しに入れる。ついでに宣子が撮ったという写真を探す。



 結局見付けられず、宣子が入浴中に、下駄箱の上に置いてあったアパートの鍵を持って一旦自宅に帰った。――木下が寝付くと、インスタントカメラを手に、再び宣子の部屋に戻った。


 そこには、ぐっすり眠っている下着だけの御手洗と宣子の姿があった。二人のツーショットを撮ると、再度、宣子が撮ったという写真を探した。だが、見付け出すことができなかった。


 どうしてこれまで、こんなグッドアイデアが閃かなかったのだろう。こっちも同様に相手の弱点を突けば良かったんだ。宣子が撮ったという写真は探せなかったが、二人を陥れることはできた。


 あなた、これで安泰よ。部長就任は確実になりました。美希子は、寝ている木下の背中に無言で教えてやった。


 翌朝、木下を送り出して間もなくだった。木下のセーターを編みながらテレビのニュースを聴いていた。


「――殺害されたのは、看護婦の井崎宣子さん――」


 吃驚びっくりした美希子が画面を視た。


「発見したのは同じアパートの住人で、ドアが少し開いていたので覗くと、首に紐のようなものを巻き付けた井崎さんが下着姿で仰向けで倒れていた――」


 ……私は宣子のグラスに睡眠薬を入れて御手洗とのツーショットを撮っただけ。殺してなんかいない。……ということは犯人は御手洗? 目が覚めた御手洗が、かつらが脱げた丸坊主の宣子に魂消たまげて、発作的に殺したのかしら?――




「――どうして、井崎宣子さんの部屋にいたんだ?」


 細木は、刑事らしくない柔和な眼差まなざしで訊いた。


「そんな人知りませんよ。僕はヨウコという女性に呼ばれてあのアパートに行っただけですから。目が覚めたら、その井崎? という人が寝てたので帰りました。僕は殺してません」


 御手洗は動揺を隠せなかった。


「被害者を知らないのに、どうして被害者の部屋にいたんだ?」


「ですから、ヨウコという女にあの部屋に呼ばれたんです」


「じゃ、そのヨウコとは何者だ?」


「分かりませんよ。手紙を貰って……」


「手紙? では、その手紙は?」


「ありませんよ。女房の手前、捨てました」


「妻がありながら、ヨウコという知らない女に会いに被害者のアパートに行ったのか?」


「……ええ」


 その返事に、細木は呆れた顔をした。


「手紙の内容は?」


「……片想いだから会ってほしいと」


「それで、鼻の下を伸ばして行ったのか」


「……ええ、まあ」


「呆れたもんだね。あんたほどのエリートでも、女にはだらしないか?」


「……」


「どうして、あんたのことが分かったと思う?」


「……さあ」


 御手洗が首を傾げた。


「被害者の机の引き出しに、あんたの名刺が入っていたんだよ。知らない人間がどうして、あんたの名刺を持っているんだ? そのヨウコという女の仕業かも知れんが、何か女に恨まれるようなことをしたんじゃないのか?」


「いいえ、してません」


 御手洗は慌て手を横に振った。体格に似合わず小心者のこの男に、人は殺せない。それが、細木の見解だった。



 それから間もなくして宣子を殺した犯人が逮捕された。


「――どうして殺したの?」


 細木は優しい物の言い方をした。


「……今の病院に井崎さんが転任してすぐ、食事に誘われて、井崎さんの部屋でワインを呑んだら急に眠くなって。……目が覚めたらはだかでした。もしかしてと思ったら、案の定、裸の写真を撮ったと。ばらまかれたくなければ、関係を続けろと言われ……」


 看護婦の結城郁枝は、つらそうに固く口を結んだ。


「脅されたんだ?」


 大人しそうな郁枝は、静かに頷いた。


「……井崎さんのことが嫌いでした。私には好きな人がいます。その彼にばらすと言われ、もう一度別れてくれるよう頼むしかないと思い、井崎さんの部屋へ行きました。すると、ドアの隙間から明かりが漏れていました。覗くと、井崎さんが下着姿で寝ていました。静かに入ると、撮られた写真を探しました。夢中で探していると、『何やってんの?』と、坊主頭の井崎さんが喋ったんで、びっくりした私は発作的に、傍にあったバスローブの紐で、井崎さんの首を絞めました……」


 郁枝は項垂うなだれた。


「あなたの写真はどこにあったと思う?」


「……いえ、分かりません」


「タンスの隙間に落ちてた。……大丈夫だよ安心して、恥ずかしい写真じゃないから。あなたの寝顔だ」


「……そうですか」


 郁枝は肩の力を抜くと、表情を緩めた。




 ――美希子は、自分の恥ずかしい写真が警察の手の中にあるのではないかと思うと、嫌な気持ちだった。いずれにせよ、警察がやって来るのを覚悟した。


 一方、木下の昇進は御手洗のしくじりのお陰で確実となった。




 ――そんな時、不測の事態が起こった。

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