【 短編朗読集 】

深海リアナ(ふかみ りあな)

1ページ目 「君のいた街」(男性目線)

【君のいた街】


「お疲れ様。 」

仕事の帰り道。

映るショーウィンドウの自分に声を掛ける。

ワイシャツのボタンをひとつ開け

くしゃくしゃの髪を整えた。

点滅する青信号。

街の灯り、行き交う人々。

その波に隠れるように俺は歩き出した。


すれ違う、懐かしい香り。

長い髪の後ろ姿にふと昔の面影を重ねた。

いつからだろう。

生きる意味を問うようになったのは。

考えては空(くう)に放り投げて、

結局何十回目のスタートライン。

重い足取りを煩わしそうに、行き交う人々は

俺の肩にぶつかって、また過ぎてゆく。

舌打ちする音が俺を責めた。

「ごめんなさい」という言葉が、

君の最後の記憶を繰り返した。


たどり着いた駅には、

まるでそこに吸い込まれていくような人の群れ。

自分もその1人でしかないのだという思いに逆らうように、手前の喫煙場で徐ろに煙草を取り出した。

安心材料を寄せ集めた麻薬を思いっきり吸い込む。

そして余計なものを吐き出すように

ゆっくりと、ゆっくりと煙を吐いた。

遠くをぼんやり見つめ、それを繰り返す。


ふと向こうの方に、君に似た姿を見つけた。

また、幻覚か。

今日は一段と疲れている⋯そんな事を思いながら

自然と目はその女性を追っていた。

近づいてくる女性の姿。ハッと目を見開いた。

「彼女だ⋯。」

咥えていた煙草が口からポロッと落ちた。


その瞬間、俺の足は彼女に向かって走り出していた。脳が燃えるような感覚で覆われ、

思考は固まり、全身がカッと熱くなった。


人の群れとともに駅の中に吸い込まれていこうとする彼女を大声で呼び止め、夢中でその手を引いた。


この駅を一緒にくぐれるのなら、

それがいつか別れに繋がるホームでも構わない。

今はただこの人ともう一度、

少しだけ未来へ行ける電車に飛び乗りたかった。


そこから先のことは、

まだ何も考えてはいない。


考えられなかった。

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