不穏の影 旅立ち

仲仁へび(旧:離久)

本文




「みんな! とうとう完成したわよ。これで世界は救われるわ!」

「本当か、リーダー!」

「良かった。これでみんなの苦労が報われる」

「ああ、長かったなぁ!」







 私には使命がある。

 過去を変えて、この争いが満ちる世界の運命を書きかえるという、大きな使命が。


 そのために、何十年もかけて時をこえる魔法を完成させた。

 この魔法を完成させるために、今まで様々な人が協力してくれた。けれど、今はもう彼らは生きていない。


――すべて「奴ら」に消されてしまったからだ。


 私達が生きている世界には、二つの勢力がある。


 一つは天使と共に戦う人族の組織。

 もう一つは悪魔と共に戦う魔族の組織。


 両組織の力関係は長いあいだ拮抗していたが、何十年か前に状況を大きくかえる出来事が起こった。


 それは宇宙からの侵略者だ。


 そいつらは悪魔や魔族と手を組んで、私達を徹底的に排除しようとしてきた。


 赤子も老人も、力なき市民達も、次々と手にかかっていった。

 私の仲間達は必死に、そんな残酷な現実に抵抗していたが、戦力の違いから次々と死んでいった。


 もう、戦える力を持った者は私一人しか残っていない。


 時をさかのぼるというこのプロジェクトを立ち上げた時にはすでに、侵略者が訪れる前の半数のメンバーも残っていなかった。


 このままでは私達人間が死に絶えてしまう。


 だからプライドを捨てて逃げに徹し、仇討ちしたい感情を涙と共にのみこんで、逆転の策を練りながら隠れ続けた。


 その計画は、ついに実った。

 私はこれから並行世界にとび、時をさかのぼって、奴らがこの星に来れないようにする。


 過去に戻った私が出現するのは宇宙。

 酸素がない点と有害な環境に放りだされる点が大変だが、特殊な魔法を付加しているため、数秒間は生身でも生きていられる。


 その間に、宇宙から飛来してくる侵略者の船を、大規模魔法で攻撃して落とす作戦だ。


 そしたら私達の世界で培った知恵と技術を詰めたポッドを地上に落とし、平和になった並行世界の人間へ助けをもとめる。


 時を超える魔法に、宇宙船の迎撃。

 多大な魔力を消費する魔法を、連続で使用する事になる。


 おそらく私は、真空の闇の中で魔力枯渇状態に陥るだろう。

 そうなったらもう、なすすべなどない。

 使命を果たし終えた私は、生きて地上には帰れないだろう。


 だが、それでも良い。


 あの絶望しかない未来を、たくさんの仲間達が死んでいくしかない未来を、別の世界では変えられるというのなら、こんな命など安いものだ。


 でも、最後まで希望は捨てずにいよう。

 勝利の感動にひたりながら、守るべき美しい星を宇宙から眺める時間くらいは、あってほしい。


 侵略者に攻撃されながらも、あきらめなかった父さんが逃げ延びて、運命の人である母さんに出会い、私を生んでひと時の幸せを得たように。

 この過酷な世界にもある、小さな希望の捨てずに。


 あきらめなければ、きっと何らかの救いはあるはずだ。


 私は、ひそやかな夢を胸にしまい込んで、時をこえる魔法を発動した。


 輝く魔法の光につつまれて、過去の世界に思いをはせる。


 脳裏に思い浮かべるのは、最後の仲間とのやりとりだ。






「これでやっと時超えの魔法が完成ですね。リーダー。……いや、サニィちゃん。おじさんはもう、思い残すことはないよ」

「ありがとう。安らかに眠っていてください。使命は私が必ず果たしますから」

「小さい頃はお父さんの後ろに隠れて、こんなおじさんを見ただけで震えて怖がってた君が大きくなったね」

「恥ずかしい事思い出さないでください。人見知りだったんです」

「こんな大変な事を君に押し付けることになって、ごめんよ」

「私は好きでやっているんですよ。あやまらないで。大丈夫、私達は仲間であり大事な家族なんですから。どんな時でも一蓮托生、そうでしょう?」

「そうだね」


 逆転の一手はすでに完成している。


 自分より何十年も歳の離れた者達と、行動を共にするのはこれが最後だ。

 この組織は、もともと父と父の友人たちが立ちあげた抵抗組織。

 リーダーであった父が死んだあとは、私がその役目を引き継いでいた。


 こんな小娘といえる年代の少女の下で、彼らはよく働いてくれたものだ。

 私は、その苦労に報いなければならない。


 仲間の最後を看取ってから、世界を救うための方法が書かれた資料を手に取る。


 並行世界の過去、宇宙空間に転移して、侵略者達の船を撃破。人々に有益な情報を渡して未来をかえる。

 その後に、その世界の人たちが恩を感じて、こちらの世界の人たちを助けてくれたならば……。


 この策が成功すればどちらの世界でも、侵入者や悪魔、魔族の手にかかって死ぬものは劇的に少なくなる。


 不幸も、悲しみも、うんと減るだろう。


 そうしたらもう一つの世界の私も、幸せな子供時代を送れるだろか。


 父と、母の、愛する二人の両親に囲まれて。


 あれ?

 けれど、侵入者達を倒したら、父と母と出会あわないかもしれない。二人の間に生まれた私は、並行世界ではどうなるのだろう。


 生まれない事になる?


 そしたら絆を育んできた大切な家族、仲間達とも会う事すらないできない。


 今さらながらに、体が震えてきた。


 重くのしかかった使命感。

 もう一つの世界に起きうるかもしれない自分の、不穏な未来。


 今までどんな不幸な出来事も跳ね返してきた心に、暗い影がさした。


 けれど、ふと目にしていた資料に最近付け足されたような手書きのメッセージを見つけた。


 その言葉を見つけた私は、思わず顔をゆるめる。


「おじさんったら。私はもう子供じゃないって言ったのに」


 体の震えは止まっていた。

 心にさしこんでいた影も、とりはらわれた。


 なら後は迷わず進めばいい。


 自分と、ここまで支えてきてくれた人たちの力を信じて。


「みんな、いってきます」




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不穏の影 旅立ち 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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