遊んで、遊んで、遊ぶ!!
9 デパートで五人、楽しむぞ!
友だちと遊んだことがない訳じゃないけど、それでも、中学校入って初めてのことだ。まさか、緊張しすぎてほとんど寝られなかった、なんてべたなことやるとは。
朝のしたくも、早くに終わっちゃった。遅れるなよ、と月湖ちゃんは言ってたけど、遅れるどころかめちゃくちゃ早く着いちゃいそうだ。
なんか、それもそれではずかしいなあ……。
「けどまあ、すぐ終わっちゃったものはしょうがないか。もう出ちゃおう」
『空閑サマ、カバンを忘れてます』
……楽しみにしすぎだな。我ながら。
お母さんには、昨日のさわぎのこともあって心配されたけど、なんとか説得した。
……本当は、家から出ないほうがいいんだろうけど。先生とかに見つかりませんように!
バスの中は、平日なのもあって、制服姿やスーツの人が多い。バスの運転手さんは少しボクを見たけど、昨日あったアサンブラージュのことをニュースで知ってたのか、特になにも言わなかった。よ、よかったー……。
「あ、おはよ」
「パトリスちゃん!」
『おはようございます。パトリスサマとそのBSAIサマ』
奥の座席には、金髪がめだつパトリスちゃんが座っていた。前会ったときと同じ、黒のパンクな服を着てる。
「えへへ、楽しみで早くに家出ちゃって」
「……わたしもだよ」
「そっかあ」
ふ、二人きりって緊張するなあ。なに話せばいいのかわかんなくなって、頭まっしろになっちゃう。
他の子がいれば、もうちょっとうまく話せるんだけど……。
「あ、あのさ、パトリスちゃんって、髪の毛綺麗だね」
「ありがと」
「すごく、めだちそうというか」
「そうだね」
「えーっと」
「…無理して話さなくてもいいよ?」
『空閑サマ、無理をしている様子が確認されます。リラックスしては?』
「い、いや! 話したいんだけど、あのー……口下手で……。不快にさせたならごめんね!?」
わたわたと手を振りながら謝る。
うう、だめだ……。おもしろそうな話題も思いつかないし、かといってパトリスちゃんに「外国語しゃべってみて!」とか言うのは失礼だし……。思わず頭をかかえる。
「……じゃ、わたしから聞こうかな」
「うえ?」
「直陽は、好きなものとか最近はまってるものあるの?」
「はまってるもの……ちょっと前にサービスが始まったスマホゲームとかやってるよ。『フラワーイーリス』っていう、RPGなんだけど」
「へえ。わたしはあれやってる。『スカイアイドル』って音ゲー」
「あ、名前聞いたことある! 有名な、キャラのかわいいやつだよね」
パトリスちゃん、ゲームするんだ。こう、クールなイメージがあったから、そういうのあんまりしないと思ってた。
「デパートのゲームもよくするよ。『バンドの達人』とか、『プロジェクトメロディー』とか」
『検索結果から、どちらも音ゲーと呼ばれるジャンルということがわかりました』
おお。音ゲーが好きなのかな?
「じゃあ、今日もやるの?」
「うん。時間があったらね」
そう言うパトリスちゃんの顔は、嬉しそうだった。のんびりぼんやりとした表情ばっかだと思ってたけど、それもかんちがいだったみたい。ゲームをやる姿、隣で見ててもいいかな。
駅前に着くころには、話はすっかり盛りあがってた。
「おはようー!」
「あ、おはよう。えっと……」
「花袋! 花袋も早いね」
バスから出て歩いてると、花袋がいたので挨拶をする。そこで、失敗に気づいた。
……ボク、前に花袋と会ったときと今、おんなじ服装じゃん! は、はずかしい……。花袋もなんかこまった顔してるし。
「えっとー……花袋、ごめん……」
「いや、別に気にしないよ。私もそういうことよくあるし」
「というかそんなこと言ったら、わたしなんていっつもまっくろの服だから、毎日同じ服みたいなもんだよ」
パトリスちゃんのフォローで、思わず笑ってしまう。
パトリスちゃんは、黒色が好きなんだろうか。
「黒色だと、コーディネートをそんなに考えなくてもまとまるから、楽なんだよねー。くつしたも、かたっぽなくしてもだいじょうぶだし」
……あいかわらずのずぼらっぷりだった。
「あとはあの二人だけど……」
「あれ、みんなもう着いてたの?」
その声に振りむくと、結ちゃんがいた。ひらひらした花柄のワンピースがにあっている。
「いやあ、楽しみでなかなか寝られなくて……ベッドの中で『きりぎりす』と『斜陽』を読んじゃったよ」
「きりぎり……?」
読んだ? なにか、小説のタイトルかな。聞いたことないけど……。
「あ、ううん、なんでもないっ。あとは月湖だけ?」
結ちゃんはあわてたように首を振って、話を変える。
「多分、月湖ちゃんもみんなと同じで──」
「ああっ!? い、一番のりだと思ってたのに!?」
自動ドアをとおってやってきたのは、月湖ちゃんだった。動きやすい短パンにパーカーの彼女は、がっくり肩を落とす。
きっと、自分が一番だと思ってきたんだろう。
「くそう、負けたあ……」
「まあまあ、みんな一番ってことじゃだめ?」
月湖ちゃんの背中を撫でながら結ちゃんが言う。それを聞いた月湖ちゃんの顔は、ぱっと明るくなった。
「そうか、みんなが一番か。そうか!」
いつもどおりの、にんまり笑顔。
月湖ちゃんが笑ってるのを見ると、こっちまで笑顔になる。ムードメーカーってやつだ。
「さすが結だな! オレの友だちはいいやつばっかだ!」
「て、照れるなあ。でも、ありがとう!」
結ちゃんは他の子のフォローがうまいなあ。うらやましい……。
「とりあえず、どこに行こっか。みんな、どこに行きたい?」
「わたしはゲームコーナー」
「私は、そうだなあ……本屋さんとか」
「オレは楽しそうなところならどこでもいいぞ!」
「うーん……ボクは、お腹がへってきたらクレープ食べたいな」
みんなが口々に言う行きたい場所を、結はメモする。「あたしも本屋は行きたいなあ」と言いながら、指をたてた。
「じゃあ、まずは本屋さんに行こっか。一番近いし」
「さんせ〜い!」
そう言って、月湖ちゃんは走りだす。わっ、早い!
「月湖ちゃん、危ないよ!」
みんなで月湖ちゃんを追いかけながら、通路を歩いた。
デパートの本屋さんは、専門書や絵本、ライトノベルまではば広く扱っていて、けっこうな広さだ。
新しく発売された本が、みんな照らされて表紙のビニールがぴかぴか光っている。
「じゃあ、私はあっちの小説コーナー見てくるね」
「オレは子ども向け小説見てくる!」
そう言いながら、みんなあちこちのコーナーに行く。ボクはどこ見よう? 最近まんがばっか読んでるし、たまには小説とかいいかもしれない。
小説のコーナーと一口に言っても、いろいろジャンルでわかれてる。
いつも行くのは、月湖ちゃんと同じ、角川つばさ文庫とかがある、子ども向けのコーナーなんだけど。
もう中学生だし、ちょっと背のびして難しい本を読んでもいいかもしれない。
そう考えて、アクタガワショウとかナオキショウとかそういう言葉が並ぶコーナーに行く。
『空閑サマには少し難しいのでは?』
「いいの!」
でも、予想どおり、漢字の多い、ちょっとめくって文字を追っただけでつかれちゃいそうな本ばっかだった。ちょ、ちょっと早すぎたかな…?
あれ。
「結ちゃん、ここにいたんだ」
「あっ、直陽」
本を何冊か持った結ちゃんがこっちを見る。
結ちゃんとは、他の子と比べてそこまでしゃべれてないから、これをきっかけに仲よくなりたい。
「なんの本買うの?」
「えーと…その。とりあえずお会計すませてくるね!」
結ちゃんはさっきみたいに慌てだして、走りだした。けど。
「わわわっ!?」
べしゃ、と床にすべって転んでしまう。その勢いで、本が床に散らばった。
「だ、だいじょうぶ!?」
ボクは足もとに落ちた本を拾おうとかがむ。すると、本のタイトルが目に入った。
「『パンドラの匣』、『ろまん燈籠』、『堕落論』、『D坂の殺人事件』……」
どれも聞いたことのないタイトルだ。
書いた人の名前は、坂口安吾といった知らない人から、江戸川乱歩、太宰治といった知ってる人まで……だざい、おさむ?
「太宰治って、あのすごく暗いイメージの…」
ボクでも知ってる。太宰治。『人間失格』っていう、暗くて悲しい作品を書いた人だ。
読んだことはないけど、タイトルからして、読んだら気持ちが落ちこみそう。
「ち、違うよ!」
急に結が起きあがって、ずいっとこっちにくる。
「たしかに太宰治は、生きてるときは何回も自殺しようとした人だけど、ユーモアのある文章や笑える作品だって書けたし、暗いだけの作家じゃないのが魅力なんだよ! 『禁酒の心』とか『お伽草子』とか!」
思わず、ぽかんとしてしまった。結ちゃんのこんなに必死な顔、見たことなかったから。
ボクの顔を見て、結ちゃんはほっぺを赤くする。
「ご、ごめん。つい大きな声出しちゃって」
「いや…結ちゃん、そんなに太宰治が好きなんだね」
いつもの明るいイメージと違って、意外だ。
他の作品も、どれも古い時代の人のもので、文学って感じがする。
「太宰治とか…近代文学っていう、昔の作品が好きなの。はずかしいけど…」
「なんではずかしいの? いいじゃん」
「だって、周りで読んでる子なんていないし、あたしのキャラじゃないし、こんなの……」
たしかに、イメージとはあわないけど、はずかしがるほどのことでも…。
『そうよ結。はずかしいことじゃないって言ってるでしょ』
「ノネ。そうだけどさあ」
結ちゃんのBSAIであるノネが言う。でも、自信なさげに結ちゃんは続けた。
「『昔の難しい本読んできどってる』とか、『太宰治なんて読むな、根暗になるぞ』って言われたことあったし」
「なにそれ!? それは相手が百パーセント悪いよ! 他の人の好きなものにケチつけるなんてさ!」
思わず大きな声を出してしまう。
人の好きなものを誤解するのはまだしも、知らないくせにバカにするのはおかしい。
「ボクは、むしろ新鮮だけどな。近くにこういう本読む人いないし」
「そ、そうかな…」
『あら、結、よかったじゃない』
鈴を鳴らすみたいに、ころころとノネが笑う。少し照れくさい。
「あ、なにかおすすめあったら貸してよ! 読んでみたいからさ」
いままでさわったこともないジャンルだ。難しそうだけど、すごく気になる。
「じゃあ、江戸川乱歩さんの『少年探偵団』シリーズとかいいかも。子ども向けでわかりやすいし。あとは、太宰治さんの『走れメロス』とか、宮沢賢治さんの『注文の多い料理店』とか、読みやすくておもしろいからおすすめだよ」
それならタイトル聞いたことあるし、いいかもな。
結ちゃん、明るくて活発なイメージあったけど、人は見かけによらないなあ。いい意味で![#「!」は縦中横]
「じゃあ、あさってぐらいに家から何冊か持ってくるね。学校でわたすけどいい?」
「いいよー!」
えへへ、さっそく約束しちゃった! 楽しみだなあ…。
「そういえば、直陽はなにか本探しにきたんじゃないの?」
「あっ、うん…そうだったんだけど、難しそうなやつばっかだから、今日はいいかなと……あはは」
「…よければ、あたしがなにか選ぼっか?」
「えっ、いいの?」
「うん。まあ、お礼みたいな感じ」
お礼。そう言われるとむずむずするなあ……。
でも、せっかくだし頼んじゃおう。
「じゃあ、漢字の多くない作品で!」
「と、なると……角川つばさ文庫とか?」
「そうだけどそうじゃないの〜〜!!」
『うふふ』
ノネがまた笑った。
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