4 リリースしたボク、いかほどか!?

 バスの中に、『次は舞鳥町』とアナウンスが響く。用意しておいた小銭を出して、バスのタラップを降りる。

 すると、心地いい風が顔にあたった。

 春だから、花壇や生垣にある花がみんな綺麗に咲いてる。

「うー……ん、いい天気!」

 あれから一日。花袋さんからの連絡はすぐだった。

『明日舞鳥町の駅前にきてね。わざわざ歩かせることになるけど、ごめん』

『……おーい? 既読がつかないんだけど』

『大丈夫?』

『ねえ』

『ねえねえねえ』

 しつこいぐらいのメッセージで、アプリの通知は大変なことになった。

 めんどくさい恋人か!

 けど、呼びだしたってことはなにかあるってことだよね。

 ……いや、あの人なら、『なにもないけど呼んじゃった~、アイスおごって!』とか言いだしそうではある……。

 えーっと、このバス停は駅前にあるから、ここらへんにいると思うんだけど。

「あの」

「え?」

 そのとき、急にうしろから声をかけられた。

 そこには、花袋さんほどではないけど身長は高く(ボクの身長が低いから、よけい高く見える!)、まっすぐなショートカットの金髪、黒でまとめたクールな服装をした少女がいた。

 口には棒のキャンディをくわえている。

 うわ、かっこいい……。外国の子だ。大人って感じ。

「急にごめん……。ここから木曜学園までって、どうやって行くかわかる?」

 小さいながらも聞きとりやすいさらっとした声で、ぽつぽつとつぶやく。

「木曜学園? あ、わかりますよ! ボクもこの春からそこの生徒なんで」

「そっか……よかった。地図アプリ見てもわからなくて」

「じゃあ、ちょっとその地図アプリ見せてもらえませんか?」

「うん」

 その人が、はいとスマホを見せてくれた。

 そこには、赤い線が地図の上に引かれている。これがルート案内の線だろう。

「あー……これ、早くつくルートではあるんですが、道がわかりづらいんで、もうひとつのルート選んだほうがいいですね。こっちの国道行って、ガソリンスタンドを右に曲がると、ドラッグストアがあるんですよ。ピンク色の看板の。そこを左に曲がってまっすぐいくと、学園につくと思います」

「へえ……ありがとう」

「いえいえ、あ、ついていって案内しましょうか?」

 花袋さんを待たせることになるけど、連絡したら大丈夫だろう。

「いや、大丈夫。ありがとうね」

 その子はふっと笑って、頭をさげ、向こうへ行ってしまった。

「……あの子も新入生なのかな?」

 だとしたら同級生か。あ、でも高等部への編入ってのも考えられる。

 大人びた子だったし、そうかもしれない。

『待ちあわせの時間を二分すぎてます。早く合流しましょう』

「わかったわかった。というか、人がけっこういるところであんまり話さないでよ···」

 そう注意しても、画面の中の少女はつんとした表情を崩さず、『早く合流しましょう』と繰り返す。

 この子、本当に花袋さんのBSAIみたくなるのかな···すごくつまんなさそうな顔ばっかしてるし、パートナーとして不安。

「レイニー、ちょっとさ、笑ってみてよ! ほら、にっこり」

『にっこり』

 レイニーの口のはしがあがる。

 でも、それだけ。目はあいかわらず冷たげだし、口も、楽しくて笑ってる感じがまるでしない。

 ……やっていけるのかな、ボクたち。

「あ、花袋さん! 見つけた!」

 ふと顔をあげると、駅の柱にもたれかかっている花袋さんを発見する。今日は袖がだぼだぼの空色パーカーに、黒のスキニーパンツをあわせてる。人が多くいる駅では浮いた格好だ。

「花袋さん! お待たせしました!」

「……えーっと」

「どうしました?」

「誰?」

「ふええっ!?」

 きょとんとした顔で言われ、おかしな声が口から出る。

「ボクですよボク! 空閑直陽!」

「……あはは、冗談冗談。からかっただけー。おはよう直陽ちゃん」

 ひ、人が悪い……。びっくりしたじゃんか。

「というか、敬語とかかたっくるしいし、なしでいいよ。私のことも花袋って呼んで」

「い、いいんですか?」

「いいよいいよ。ほら」

「か……花袋」

「えへへーなに? 駅のカフェでホットドッグおごってくれる?」

「そんなこと言ってないっ!」

 つい漫才のようなつっこみをしてしまう。

 この人、年上なんだよな……?

「そういえば、花袋は何歳なの?」

「十五歳。今年から高校生だよ~」

 と、いうことはけっこう歳が離れてるんだ。

 そんな人とタメ口なんて、やっぱり緊張するな。

 まあ、花袋は気にしてなさそうだけど。

「それじゃ、目的の場所に行こっか」

「そういえば、今日はどこでなにをするの?」

「近くに人気のない公園があるんだぁ。そこで直陽ちゃんの能力のおさらいをしようかなと。ほら、あのときは戦いながらだったから、自分でもわかんないところ多いでしょ」

「あー、たしかに」

 なんとなく、自分のスキルがバリアってことはわかったけど、それ以外はぼんやりとしかわかってない。これから戦うとなると、ちゃんと自分の能力や戦い方を把握しておかないとだめだろう。

「それじゃ、レッツゴー!」

「ゴー!」

『ごー』

 ……なんか、どきどきしてきた!


 花袋が公園と言ったそこは、思った以上にさみしい場所だった。

 遊具はブランコとすべり台、鉄棒だけ。砂場もない。周りは木

 覆われていて、危なげな感じだ。不審者が出そう。

「よっし、じゃあ……エノコー」

『はあい』

 花袋のBSAI……エノコが返事をする。

「テストバトルフィールド、起動して」

『了解』

 花袋がそう言うと、ブウンという音とともに、周りが青いパネルのようなもので覆われていく。すっかりあたりが青くなると、色は白く変わって、公園は不思議な空間に変わってしまった。

「うわっ」

「びっくりした? さすがにその場で変身して戦うのは危ないからね。練習ができる空間を作ったんだ」

「すごい……」

 びっくりして、目をぱちぱちさせる。

 もう、昨日からハイテクを見すぎて、感覚がマヒしちゃいそう。

「そんじゃ、まず変身……リリースしてみよっか」

「うんっ。えーっと、BSAI、リリーススタート!」

 昨日覚えたセリフを言い、レイニーの確認にオーケーをすると、ホログラムはスーツのパーツになって、ボクの体を覆う。

 なれない感覚だなあ。

『『サンセットスカイラクーン』、解放完了』

「よし!」

「ふうむ。ラクーンねえ」

 すると、花袋があごに手をあてて、なにかを考える素振りをする。

「な、なにかまずかった?」

「いや。……リリーススーツにはいろんな種類があってね。全部がスーツの色の名前と、スーツがリリースしやすい能力に由来した動物の名前がくっついたものでわけられてる。私の場合がロビンズエッグキャット。ロビンズエッグっていう色の名前に、キャットって動物の名前がついてる。だから、素早さや身のこなしっていった能力を重点的に解放されてるんだ」

「へえー……」

 じゃ、ボクの場合は、この朱色みたいなのがサンセットスカイで、ラクーンが動物か。

 ……ラクーンってなんなんだろ?

『検索結果を報告します。ラクーンは日本語でたぬき。なお、たぬきは臆病で、死んだふりをした姿がたぬき寝いりの語源になってます。また、動物並に感覚は優れてますが、これといって秀でたところはなく、ネット上でも弱いという意見が――』

「ああ、もういい! なんだよそれー! はずれじゃんか!」

 耳をふさいで頭をふる。そんな動物みたいな能力リリースされたって、どうにもなんないよ!

「いや、秀でたところがないっていうけどさ、扱いやすい平均的な性能とも言えるじゃん。防御力がすごく高くて攻撃力が弱かったりとか、そういう使いづらいやつと違って、どんなたちまわりもできるってことでもあるし」

「な、なるほど……」

 そう言われて少し納得する。

「それに戦っていくうちに、どんどんアップデートされていくから、最初のうちはそんな気にしなくて大丈夫だよ」

「ならいいけど……」

 でも、スキルは地味なバリア。スーツは弱い動物の名前。

 大丈夫なの、これ?

 花袋はこう言うけど、これからの戦いに関係することだし……気になるよ。

「じゃー、次はスキル使ってみよっか」

「バリアなんて使ってもどうにもなんないよ……」

「バリアが使えるってことは、前のほうで敵の攻撃を受けて注意をひきつけたり、もしくは防御しながらアタッカーと一緒に戦うことができる。なかなかいいスキルだと思うよー」

「攻撃なんて怖いから受けたくないよ」

「そうだね。バリアだって全部を弾く訳じゃないだろうし」

 うんうんとうなずきながら花袋は言う。

 さらっと言ったけど、その場合、ボク大変なことにならない?

「もっと攻撃的なスキルがよかった……はあ」

「ま、とりあえず出すだけ出してみて、どれだけ攻撃に耐えられるか試してみようよ」

「……バリア!」

 前やったみたいに手を前に出すと、なにもなかったところからほんのり赤い色のバリアが出る。

 大きさはボクの下半身ぐらいだけど、力を少しいれると小さくなった。多分大きくもできるだろう。

「で、試すって……」

「BSAI、リリーススタート」

「え」

「はーいよっと、ロビンズエッグキャット、猫かぶり完了だにゃ」

 花袋はかけ声とともに淡い水色のリリーススーツに身をつつんで、くるんと一回転。

 ……変身したってことは、つまり。

「じゃ、今からそのバリアに思いきり攻撃するから、頑張って耐えるにゃ」

「待って待って待って!!」

 そんな急に言われても、心の準備とかできてないよ!

 これバリア壊れたらうしろのボクにダメージいくんだよ!?

「最初だから弱めの攻撃だよん。だーいじょぶにゃ」

「う、うう……よし、お願い!」

 深呼吸をして、手に力をいれる。お願いだから壊れないでよ···!?

「それじゃあいくぞぉー、ねこぱーんちっ!」

 ビュ、と風を切る音が耳に入る。それと同時にパンチが繰りだされた。

 怖くて目をつむりかけたけど、バリアは見事それをガードする。花袋の拳は、軽い音と一緒に弾かれた。

「ふんふん。防御力はそんにゃ弱くはないね」

「そりゃバリアだもん。というかこれだけで壊れたら嫌だよ···」

「じゃあ次はどんどん力強くして連続でいくから、何発耐えられるかためそっかにゃ」

「お手柔らかに……」

「せーのっ……にゃにゃにゃにゃなー!」

 言ったとおり、花袋は連続で攻撃をしだした。

 バリアは頑張って全部を受けとめ、弾くけど、五発目あたりからヒビが入りだした。

 八発目で、ついに。

 パリン!

「壊れちゃった……」

「けど、それなりに頑丈だね。これにゃら相手の攻撃をひきつけることもできそうにゃ」

「盾になれってことですか? 怖いから嫌だよ……」

 ボクがやってる協力して戦うゲームでも、敵のアタックをひきつける、『タンク』って役割のキャラクターがいるけど、そういうキャラはずっと注意をひかないといけないから、すごく攻撃される。

 そんなの、昨日バランサーになったばっかのボクには無理だ。ゲームの中ですらタンクは動き方がむずかしいのに。

「ま、さすがに今の直陽ちゃんにそんな危ない役目は任せにゃいよ。動き方は、とりあえず戦いになれてから決めたほうがいい」

「うーん……」

 けど、バリアって守ること以外なんにも使えないしなあ。

 選択肢はだいぶ限られそう。

 バトルヒロインアニメとか特撮でも、そういうのって四人目や五人目、追加戦士が得意な技だし。

 もっと主人公みたいなスキルがよかった。

 こう、炎をまといながらパンチとか、風と一緒にキックとか!

「残念そうな顔だねー」

「そりゃあそうだよ……」

「けど、スキルを生かすも殺すも自分だにゃ。落ちこんでもスキルは変わらないから、どう生かすかを考えるのがいいにゃ」

 そう言いながら花袋は変身を解いた。顔はいつものふにゃりとした笑顔。

「……そうだね」

「そうそう! 悩んだらいつでも相談にのるよー。なんたって後輩だもん」

 それにしても、花袋ってやけにボクによくしてくれるな……なんでだろ。他の仲間とかいないのかな?

 それともマイペースだからひとりが好きとか。ありえそう。

「えっと、今日はありがとう。お礼になにかおご――」

「えっ今おごるって言った? 言ったよね? やったちょうどおなかへってたんだー! じゃあコンビニのバーゲンダッツとー、マルチキンとー、サーモンサンドとー」

「いやいやいやどんだけおごらせるつもり!?」

「あははじょーだん。棒アイスとかでいいよ」

 この人は……。

 なんでそんなにがめついんだ。

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