3 戦闘、開始!
怖いとか嫌とか、そんなの考えてるヒマなかった。
訳わかんないことがいっぱい起こって、軽くパニックになってたせいか、自分でも驚くほどすんなりとアサンブラージュの前に行けた。
「ば、バランサーだ! きてくれた!」
近くにいたおじさんが言う。そう言われると嬉しいしまんざらでもないけど···ボクはついさっき、初のリリースをした訳で。戦い方なんてまるでわからない。
『空閑サマ』
「おわあ!?」
スーツの中から声が聞こえて、思わずびっくりしてしまう。
『戦闘のチュートリアルは、戦いながらしていきましょう。まず、アサンブラージュの気をこちらに引きます。普通にパンチをしてください』
ふ、普通にって言っても!!
でも、ボクがやらなきゃアサンブラージュは他の人を狙う。
……やるしか、ないよね。
「お、おりゃあ!」
ダッとかけだして、遠くの人を狙おうとするアサンブラージュに、強く拳を叩きこむ。
すると、びっくりするほどの力が出る。アサンブラージュの体はへこんで、うしろにのけぞった。
「ガガガ!」
「よしっ! できた……っ!」
けど、問題はここからだった。
アサンブラージュがボクを見て、うしろから生えるアームを動かす。つまり、ボクを相手として認識した。と、いうことは。
「わああああ!?」
アサンブラージュがボクを狙って攻撃をしはじめる。何本もあるアームは全部ボクに向かってきた。
思わずアームから逃げてしまう。ヒーローなら弾きとばせ! って言われそうだけど、そう思う人にはここに立ってほしい。
パニック中でもひどい恐怖を感じる。
それもそのはず。さっきはただ目の前にいただけだけど、今は攻撃されているんだ。それをなんとも思わない人なんてそうそういない。
「ひっ、ひいい」
『あまり避けすぎると周囲に被害が及びます。腕を使って受けとめる、もしくは先ほどと同じパンチで弾きとばしてください』
「そうは言うけども!」
『このリリーススーツは相手のアサンブラージュから予測される攻撃量にも耐えられるという計算結果を報告します』
「わかってても怖いものは怖いの!!」
でも、レイニーの言うとおりだ。このままじゃみんなを守ることなんてできない。
それに、こんなかっこわるい姿、見られたくない。なんとかしなきゃ。
「えいっ!!」
おすもうさんのする張り手のように、両手を前に突きだす。とりあえず、前のアームをひとつ弾こうと思ってなんとなくやってみた動き。
すると、予想外のことが起きた。
パアン!
「わっ!?」
広げた手の前に出たのは、膜のような薄く丸いもの。つまり、バリアだ。
バリアはアームを何本も跳ねかえす。アームは力をなくしたように、地面に落ちた。
「なっ、なにこれ!?」
『それはのちに説明しようとしていましたが···。それはサンセットスカイラクーンが解放した空閑サマのスキルです。おそらく『バリア』ですね。バランサーはすべて、固有のスキルを持っています』
「バリア……」
ええ、地味……。
明らかにサポートキャラクターの能力じゃん、それ。
そう思いながら手のひらを見ていると。
『空閑サマ!』
「……あっ!?」
アサンブラージュのアームが、遠くにいる男の人にのびた。
男の人は腰をぬかして動けなくなってて、ボクしか助けられない。でも、距離が離れてる。
ジャンプしたらいけないこともないけど、この状況じゃ間にあうかわからない。
「待って!!」
そんなことを言って待つ敵はいない。走って助走をつけるけど、アームはもっと速かった。
危ない――!!
手をのばしてジャンプするけど、間にあわない。
ドゴォン!!
大きな音があたりに響いた。
でも、男の人はケガをしてない。どころか無傷だ。
なぜなら。
「ふう、間にあったかにゃ」
男の人の前に颯爽と現れて、アームの先にある手を強く殴った人がいたからだ。
ボクとにた、機械的なデザインのスーツ···つまりはリリーススーツを着た、頭の上にふたつついた三角形が特徴的な、バランサーだった。
腰にはボクと違って、細長いコードのような装飾がついている。
「まっさか三日連続で出るとはなあ。にゃー、働きすぎで倒れちゃうぜ」
「……あ、えっと、その」
「んあ、見たことないバランサーだねい。新人さん?」
そのバランサーはボクを見て、首をかしげる。相手の声は、外からというより、耳もとからした。
なにか装置が外の音を伝えてくれてるのかな。
「は、はい」
「そっかあ。じゃ、いいとこ譲ったげるん」
「へ?」
なんか今日、変な声出してばっかだなと思うけど、実際問題訳わかんないからしかたない。
いいとこ、って?
「さっきからここで戦ってたってことは、あれぐらいの敵ならもうワクチンできたでしょ」
「……そ、そうなの、レイニー?」
『ええ』
レイニーはそっけなく言う。
「できてるみたい……です」
「そうかい。それじゃあワクチンをあいつにぶちこみな。そしたらあいつをアサンブラージュにしてるウイルスがやられて、退治完了ってことにゃ」
そういえば、さっきそんなことをレイニーが言ってたような。
でも、ぶちこむって、どうやって。
「思いきりパンチなりキックなりすれば、あとは全部BSAIがやってくれるにゃん。やってみ」
さっきまでひるんでたアサンブラージュは、もう立ちあがろうとしてる。
早くボクがやらなきゃ!
「よー……し! いくよ、レイニー!」
『ワクチン完成度百パーセント。これより、ウイルス撃退に移ります』
またアームをのばそうとするアサンブラージュに向かって走る。
勢いがついたあたりで、ぴょん、と高くジャンプをして、拳を握った。
いける、ヒーローなら!
「おりゃあああああ!!」
ダン、とアサンブラージュの頭らしきところを力のかぎりパンチする。
すると、ボクの腕から光が流れこみ、アサンブラージュの全身をとおる。
「これでいけた!?」
『……反応、確認中』
相手はおかしな動きをしながら、どんどん小さくなっていく。十秒ほどで、アサンブラージュはただの洗濯機になって、ごろんと傷だらけの床に転がった。
『反応、完全に消失しました。クリアです。おつかれさまでした』
「……よ、よかった」
力が抜けて、へなへな地面に座りこむ。
安心したら一気にいろんな気持ちが爆発して、頭がどうにかなりそうだ。
「落ちつくのはいいけどさ、とりあえずここ離れにゃいと」
隣のバランサーに言われてはっとする。
周りには、終わったのかと顔を見せる人たち。
長居しすぎたらいろいろ聞かれそうで危ない。
「ほら、こっち」
「はいっ!」
先輩バランサーに手をひかれるまま、その場から逃げるように走った。
着いたのは、ショッピングモールから少し離れた、人気のない公園。ブランコが風に揺られて、さみしそうにぎいぎい音をたてる。
「にゃ。その様子だと、本当についさっきバランサーに選ばれた子なんだねえ」
アニメのキャラみたいな声をしたその人は、変身を解いてベンチに座っていた。
高校生ぐらいの、髪を猫耳みたいに縛ってる、変わった髪型の女の人だ。
服装のほうも、フィクションのキャラクターが着てそうなデザインのパーカーを着てる。
「そりゃあぺーぺー中のぺーぺーだ。でもあんだけ戦えたなら充分だぜ。かっこよかったにゃん」
「あ、ありがとうございます……」
『その喋り方やめなよ。もう戦い終わったんだし……。この子とまどってるじゃん』
女の人が持ってるスマホから声がした。そこにいたのは、レイニーににた少女。
でも、レイニーと比べてはきはき感情のこもった声で喋る。
「ごめんごめん。まあやめないんだけど」
「やめないんですか!」
「いや、嘘」
「嘘!?」
思わずつっこんでしまう。
「あの喋り方はスイッチみたいなものなんだ。戦ってるときだけああいう喋り方して、今は戦いのときだって自分を覚醒させてるの」
「へえ……」
「そういえば自己紹介がまだだったね。私は
「花の袋……? それでかたいって、変わってますね」
「田山花袋って昔の小説家さん知らない? その人もそう書くんだよ」
「へえー」
というか。
「リリーススーツも喋り方も猫っぽいのに、犬養って苗字なんですね···」
「桃って名前の子が全員桃が好きかって言ったらそうじゃないでしょ?」
たしかに、それもそうか。
なんとなく納得して、話を進める。
「というか、そのBSAI……」
「あー、この子? この子ね、つきあいが長いからだいぶ人間味出てきてるんだよ。AIは学習するからね」
『キミがちゃらんぽらんのどじなのもあるけどね』
「えい」
『あっ、ちょ――』
ぶつん。
花袋さんはスマホの電源を切った。
花袋さんのパートナーの声も聞こえなくなる。
「よし」
「いいんですかそれで!?」
「だいじょぶだいじょぶ。それじゃ、いろいろ説明していこー。説明のお礼はアイスクリーム屋の三段アイスでいいよ」
「たかられた!?」
「冗談冗談。君なんも知らなそうだし、ただでざっくり説明したげるよ」
そりゃそうだ。急に変身させられて、急に敵を倒せと言われて。
これで状況がわかる人間はとんでもない理解力の持ち主だ。
「とりあえず、君……えっと」
「あ、空閑直陽です」
「直陽。……直陽ちゃんは、簡単に言うと選ばれたんだ。アサンブラージュ、ブリコラージュと戦う人間に」
「選ばれたって、なんで?」
「リリーススーツはそれを着た人間の能力を解放して強化する。すごいスキルも使えるようになる。でも、それは着た全員がなる訳じゃないんだなー」
「そうなんですか?」
「そ。解放って、すごく体の機能を強くしちゃうから、耐えきれないほど強化されて動けなくなったり、強化方法が体にあわなくて倒れちゃう人が多いの。だから、適性のある人が変身しなきゃいけない。だからそういう人を大きなリーダーのAIが選んで、『あなたは選ばれました』ってその人専用のBSAIを送る。そういうシステムなんだよ」
「へ……へえ」
選ばれたっていうと嬉しいけど、なんかすごすぎて気持ちが追いつかない。
宝くじで一億円当たった気分だ。当たったことないけど。
「だからま、これから直陽ちゃんは戦わなくちゃだめなんだ。もちろん、なにかを人質にとられてる訳じゃにゃいから、断ることもできる。戦うの怖いからねー。私も最初のころめちゃくちゃ嫌だったもん」
「嫌、だったんですか?」
「そう。嫌に決まってるじゃん。テレビの向こうの怪人と違って、目の前で自分の命を狙ってる。怖くてつらくてしかたなかった」
「じゃあ、どうして」
「お金」
「え?」
「バランサーとして戦ってるとね、給料的なものとか、いろいろな優遇とかもらえるんだよねー! いやあ、世の中やっぱお金ですわ!」
……この人、すごいマイペースというか、素直というか。
「で、直陽ちゃんはどうするの?」
「……戦います」
「へえ。すぐ決めたじゃん。こういうのって、だいたいの子がめっちゃ悩むんだけどな」
「ボクは、小さいころから、ずっとかっこいいヒーローになりたかったんです。……諦めてたけど、今だって」
みんなに認められて好かれるヒーロー。それが目標で夢。
今の普通の自分じゃ、絶対になれない。
だったらバランサーになるしかない。
『そうですか』
「わっ」
ポケットに入れてたスマホから声がしてびっくりする。レイニーの声だ。
『歓迎します、空閑サマ』
「……ありがとう」
歓迎してる顔に見えないけど。すごい無表情。
「けど、戦うって言っても、これからどうすればいいんでしょうか」
「うーん、まずは」
花袋さんがボクのうしろを指さした。
「お母さんと家に帰ったらいいと思う」
「へ」
「直陽!!」
振り向くと、うしろにいたのはお母さんだった。
慌てた顔をしながら、ボクのほうにかけよってくる。
「よかった……よかった! いなくて心配したんだよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「すみません。お母様とはぐれて不安そうだったので、人混みから少し離れた場所に勝手に連れてきてしまいました」
急に花袋さんの声が澄んだはきはきとしたものになって、ふにゃりとしてた顔もきりりと引きしまる。
これはあれだ、大人向けの猫かぶりだ!
「まあ、ありがとう。失礼じゃなかったら、お名前教えてくれる? お礼がしたいの」
「いえいえお礼なんて……」
体の前で手を振りながら、人当たりのいい笑顔を浮かべる。
「けど、ここで断るのも逆に失礼ですね。私は犬養花袋といいます。
お礼もらう気満々じゃんか!!
さっきから思ってたけど、がめついぞこの人……。
「あ、直陽ちゃん」
ぽそ、と小声で花袋さんが言う。
「あとでまた連絡するね」
「は、はい···」
連絡、っていっても連絡先と……あ、BSAIどうし繋がってたりするのかな?
だとしたらすごいハイテクだ。
にしても今日はいろんなことがあって疲れたから、早く帰って寝ちゃおう……。
そんな心の中のひとりごとに答えるように、ボクのスマホはピロンと鳴った。
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