第7話 竜人族の隠れ里
「君は一体……?」
俺は半分人間、半分爬虫類の外見的特徴を持つ少女に問いかける。
今気づいたが俺がゼスティアに来てから初めて人間以外の知的な種族に遭遇した事になる。
「あのね、人に名前を尋ねるのに自分が名乗らないなんてとても無礼だと思わない?
あなたは親御さんに礼儀を教わらなかったのかしら?」
今さっき会ったばかりの自分より年下の女の子に礼儀についての叱責を受けてしまった。
俺の様にアルバイトに明け暮れていると仕事上、客に企業名を名乗ることは多々あっても自分自身の自己紹介を形式ばってする機会が殆ど無い。
大体勤務初日に上司を介して同僚に紹介され名乗ることくらいが関の山か。
確かにこの子が言う事は正しい、それでは改めて。
「ああ済まない、俺はタク……速水タクだ」
「私はカガミ……
「カガミ様……初対面のどこの馬の骨とも分からない者にそこまで名乗るものではありませんよ」
脇の茂みからもう一人、
こちらは黒髪のポニーテールで、カガミと名乗った少女より大人びて見えるが角などの外見的特徴は共通している。
「済まないわねツルギ、だけど特に問題ないでしょう?」
「いいえ、そうはいきません……この者がもし我がナーガスの所在を暴きに来た者だったら如何いたします?」
ちょっと待て、ツルギと呼ばれた娘が背をっているのは……。
「ジェイク!! 無事だったんだな!!」
「お前の連れか? この者、毒がかなり回っているぞ、取り合えず
「そんな……おいジェイク!! しっかりしろ!!」
ツルギが言う通りジェイクは既に意識を失っており、こちらの呼び掛けに全く反応しない。
「仕方ないわね……ツルギ、彼らをナーガスに連れて行くわよ」
「なりませんカガミ様!! よそ者をナーガスに入れるのはご法度です!!」
「そうも言ってられないでしょう? 人の命がかかっているのよ……責任は私がとるわ」
「しかし!!」
さっきからナーガスがどうとか言ってるが一体どういうことなのだろう?
今の段階で俺に分かることは全くと言っていいほど無い。
しかしカガミはどうやらジェイクを助けてくれるようなことを言ってくれている。
ここはお願いしてみるしかない。
「頼む!! ジェイクは俺の友達なんだ!! 俺の仕事に着き合わせたばかりにこんな目に合わせてしまった、どうか彼の命を助けてはくれないか!?」
俺の身体は自然に膝と手をつき額を地面にこすり合わせていた。
所謂土下座だ。
しかし人生初めての土下座が咄嗟に出るとは思わなかったな。
きっとそれだけ俺はジェイクに死んでほしくないんだ。
だがそれが思わぬ効果を生んだのは意外だった。
「……ジャパニーズドゲザ……まさか実在していたとは……」
カガミとツルギの二人が愕然とした表情で硬直している。
それにしてもジャパニーズ? ドゲザ? 何故異世界の住人がその単語を知っている?
「分かりましたカガミ様、前言を撤回いたします……この方たちをナーガスに招き入れることに同意致します」
「ここまでされて突っぱねるのはナーガス王家の恥よね、あなた付いてらっしゃいな」
態度が急変した……恐るべし土下座パワー。
しかしその前に。
「ちょっと待ってくれ、もう一人連れが居るんだ」
「はて? 他に人間はいなかったと思うが?」
ツルギが首を傾げる。
「違うんだ、人じゃないんだよ……探すから待ってくれないか」
俺は茂みに向かって声を張り上げた。
「チャリオットーーー!! どこだーーー!?」
ジェイクの件もある、なるべくなら今の内にチャリオットを見つけておきたいが、時間が掛かる様なら諦めるしかない。
『ここだよ相棒ーーー!!』
いた、声を頼りに俺は茂みを突き進む。
「無事かーーー!? チャリオットーーー!!」
少しだけ開けた草原にチャリオットが横たわっていた。
『フレームが少し歪んじまったが何とか無事だぜ』
「そうか、良かった……」
チャリオットを起こすと確かにメインシャフトが僅かながら曲がっていた。
でもこれならまだ元に戻せるかもしれない。
しかしその為にはかなりの力を掛けなければ……誰かの手を借りなければならないかもしれないな。
それ以外もあちこち擦り傷が付いているがチャリオットが無事な事に安堵した。
「待たせたね」
肩にチャリオットを担ぎ、カガミたちが待つ場所まで戻ってきた。
「では改めて、付いてきなさい」
カガミの先導で移動を開始する。
「ツルギさん……でしたよね、ジェイクをおぶるの変わりましょうか? 女性には重いでしょう?」
「見くびらないでもらいたいな、
「そうなんですか……」
しかしさっきから気になっているのだがこのカガミたちの名前にツルギの言葉遣い、日本語ではないのか? そして話し言葉は古い言い回し……よく時代劇で侍が使うあれだ。
さっきカガミの自己紹介に出て来た長の名前もリュウジと言ったな、とても奇妙だ。
「着いたわ、ここが我が国ナーガスの入り口よ」
カガミが到着を宣言するがそれらしい場所は見えない、というかここは滝壺なんだが……しかもかなりの水量が流れ落ちて来ており、ここではさすがの修行僧も滝業は出来まい。
「こっちよ、滑るから気を付けて」
カガミの手招きで滝壺の脇から滝の裏側へと入ると激しい水滴が弾け俺たちの身体を濡らす……なるほど、滝自体がナーガスと言う国を隠す天然のベールになっている訳だ。
滝の裏側は巨大な洞窟になっており、そう遠くない距離に門構えと、更にその奥に樹々の緑が見えている。
「水竜の血を引く竜人の都、ナーガス王国へようこそ」
こちらへ向き直りカガミが恭しくお辞儀をしてきた。
「へぇ~~~凄いな……」
思わず感嘆の声が漏れる。
門をくぐり辺りを見回すと、ここが岩場の中に作られた場所とは思えないほど明るく、無数の木造建築の建物が乱立する立派な集落があった。
「ツルギ、その背負った御仁を診療所へお連れして、早急にね」
「御意」
カガミの指示を受けツルギが走っていく。
「俺も付いて行っていいかい?」
「そうね、あなたも擦り傷があるようだから一緒に診てもらうといいわ」
「ありがとう」
「あっ、後で使いをよこすからあなたは私の所へ来て頂戴」
「えっ?」
「是非合わせたいお方が居るのよ、じゃあまた後でね」
何だろう? いや後で分かるか、早くツルギを追いかけないとはぐれてしまう。
「済まないチャリオット、今お前を動かしたくない、ちょっとここで待っていてくれないか?」
『ああいいぜ、相棒はジェイクに付いていてやってくれ、俺も少し休ませてもらうよ』
「本当に済まない、なるべく早く戻るからな」
『ああ』
取り合えず近くにあったベンチにチャリオットを立てかけ俺はツルギを追いかけることにした。
「おいマジか……」
他の建物と違い一目で病院と分かる建物の前に来た。
それは何故か、建物の上部に備え付けられた看板に赤い十字が描かれているからに他ならない。
ゼスティアにもこういった記号が常用されているのだろうか、まだよく分からない。
ツルギが病院の職員に話しを付けてくれたのでスムーズに事が運ぶ。
俺は擦り傷に包帯を巻いてもらい治療終了……問題はジェイクの方だ、滑車付きのベッドに載せられ奥の部屋へと運ばれたからだ。
何だかちぐはぐだな、ファンタジー世界なはずなのに所々がやたらと近代的なのは何か理由があるのだろうか? さっきも思ったが物凄い違和感だ。
程なくして俺の前に白衣を着た医者らしき竜人とツルギが一緒に現れた。
「あなたのお連れさんですが解毒は成功したのですがそれによって著しく体力が消耗しています……暫くは絶対安静ですが命に別状はありませんよ」
「そうですか、ありがとうございました」
とりあえずは一安心といった所か、しかし普通に元の世界の病院でのやりとりと変わらないな。
一礼して医者は去っていった。
「あなたにもお礼をしなければ、ジェイクを助けてくれて本当にありがとう」
「他種族であろうと救える命を救うのは我ら竜人に脈々と受け継がれる教えにして誉れ、礼を言われる筋合いはない」
そう言いながらもツルギは頬を赤らめ照れている。
最初はとっつき辛そうな雰囲気の彼女も実際はそうでは無かった様だ。
「でも悪かったね、今までの話しから思うに君たちはこのナーガスという国をあまりよそに知られたくなかったろうに、俺たちの為に……」
「もう済んだことだ、先ほどはああ言ったが初めからこうしておくべきだった……こちらこそ済まなかった……カガミ様にもよく言われるのだが私は堅物で頭が固いらしい、少しは柔軟にならねばな」
ツルギぎこちない笑顔を俺に向ける。
ここでそんな事は無いというのは簡単だが彼女の性格上謙遜の言葉が延々と紡ぎだされる事だろう。
気の毒なので敢えて俺は言葉を飲み込む。
「失礼ながらタク様ですよね?」
俺の前にピンクの髪を頭の両側でお団子に纏めたあどけない竜人の少女が現れた。
「はい、そうですが」
「良かった、私はタマと申します、カガミ様の命によりあなた様をお迎えに上がりました」
「ああ聞いています」
カガミが使いをよこすといっていたがこの子の事なのだろう。
「タマ、お前が来るなんて珍しいな」
「あらツルギ、だって私、竜人以外の種族を見るのは初めてなんですもの、二つ返事でこの役を引き受けましたわ」
「現金だな」
「何とでも言って頂戴」
何となくだがこのタマと名乗った少女は見かけの愛くるしさに反してしたたかと言うか腹黒というか、そんな印象を受ける。
「では参りましょうタク様」
タマが俺の腕に自分の腕を絡ませてくる、その際胸の柔らかな膨らみが俺の腕に当たった。
「あっ、はい、でもジェイクの容態が心配なんだけど……」
「あの御仁なら大丈夫だ、体力さえ回復したら人里に帰れる」
ツルギはそう言いながら俺とタマの間に手を突っ込み腕組みを解かせた。
「何よ、ツルギは付いてこなくてもいいわよ」
「そんな訳にいくか、私はカガミ様の傍付きだぞ」
両手に花の状態で俺は病院を後にした。
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