異世界デリバリー~転生先にはチャリで来た~
美作美琴
第1話 異世界にはチャリで来た
「お届け物です!! また【ユーザービーツ】のご利用お待ちしています!!」
俺、速水タクは本日十件目の配達を終え自転車に乗り街の中を移動していた。
【新型プロミネンスウイルス】……今世界を恐怖のどん底に陥れている感染症……感染すると数日の後に高い発熱、激しくせき込み最悪は死に至る。
名前の由来はウイルスを顕微鏡で見た時にまるで太陽のプロミネンスの様に広がった形をしているから。
この感染症は接触感染はもちろん空気感染もする上に恐ろしく感染力が強い。
新しいウイルスの為特効薬は無く、常にマスクを着用し事あるごとに手をアルコール消毒する以外に予防法がない。
そのおかげで世界的に経済活動は落ち込み、観光やイベントなど人の移動を伴う今まで当たり前に行われていた人間としての営みが大幅に制限される事となった。
会社や学校が休みになり家に閉じこもるようになる。
当然そのあおりを受け倒産する会社や販売店、閉店する飲食店など出始めた。
しかしそこで需要が増した職種があった、そう通信販売や宅配サービスだ。
出かけられないのであれば自宅に取り寄せるしかない、それはある意味なるべくしてなったと言ってよいだろう。
俺が登録している【ユーザービーツ】はそんな宅配サービスの一つだ。
専用のアプリをスマホにインストールするだけですぐに仕事が始められるのも手伝ってか、今回の騒動で職を失った人々がこぞって始めたため今や右肩上がりで急成長している企業の一つだ。
アプリを起動すると、画面にマップが現れ自分の現在地と集荷のオーダーを示すポインターが表示される。
その時配達先までの距離や取扱商品、報酬も一緒に表示されるので、自分に見合った条件のポインターをタップすればお仕事開始、という訳。
集荷先に行き荷物を預かり届け先に届ける、これが一連の流れである。
「さて、次の仕事を探しますかね」
俺は一度路肩で自転車を止め、スマホのアプリを起動した。
「おっ、イタリアンレストランのデリバリーがあるな、ここからそんなに遠くない」
俺の相棒、自転車の【チャリオット】に跨りペダルを踏みしめる。
自転車に名前を付けているのかと呆れられるかもしれないが、学生の頃から通学に使っているある意味親よりも一緒に居る時間が長い立派な相棒だ。
仕事を始めるに至って自転車を新調する事も出来たがやはり使い慣れているコイツがいい。
後部の荷台に【ユーザービーツ】用の大きな荷台を新たに増設しているが、不釣り合いなのは仕方がない。
なにせチャリオットは今では殆ど見かけない程の旧型だからな。
だが日々の手入れを怠ったことが無いので今でも実に調子が良い。
「この交差点を直進だったな」
俺が大きめの交差点に進入した刹那、対向車線のトラックが物凄い勢いでこちらに向かって曲がって来たではないか。
「なっ……避けられない……!!」
ガシャーーーーーン!!
物凄い音を立て俺はトラックに撥ね飛ばされた……。
俺の身体はまるで陸上の走り高跳びの背面飛びをしているような体制で宙を舞っている。
事故を沿道で目撃している人々の驚愕の表情が見える……とてもゆっくりと時間が流れているような錯覚を覚えた。
これが噂に聞く走馬灯って奴か。
そしてアスファルトの路面に頭から落下、痛みを感じたのかも気づかぬまま俺の意識は遮断されたのだ。
「あれ? 何だここは?」
気が付くと俺は病院の待合所のような長椅子が沢山並ぶ屋内に居た。
室内を見渡すと俺以外にも何人か椅子に座っている。
しかし気のせいか高齢者が多いような……。
『次の方、速水タクさん面談室一番にお入りください』
天井近くに設置してあるスピーカーから俺を呼ぶ声がする。
よく見ると俺は長椅子の一番はじに座っており、すぐ横の壁には【面談室1】と書かれたプレートが張ってあるドアがある。
隣に座っているおばあさんに促され俺はその扉を開け中に入った。
入室した部屋はやっぱり病院の診察室を彷彿とさせる佇まいであった。
「こんにちわ速水タクさん、さあこちらへ来てお座りください」
そこには白いブラウスに紺のミニのタイトスカート、ブラウンのストッキング、白衣を着た髪を後ろにアップした眼鏡の女性が机に向かって座っており、その横にある背もたれのない椅子に俺を案内する。
「こんにちは……あの、ここは一体どこなんでしょうか?」
「ウフフ、ここに来た方はみんな初めにそう聞いてきます……お答えしましょうここは天命を終えた魂が留まる場所……次に生まれ変わるための面談を行う場所なんです」
持っていたペンを口元に中て優しく微笑む眼鏡の女性。
「天命を終えた魂? えっ!? 俺、死んじゃったんですか!?」
「はい、あなたは交差点でトラックに撥ねられて死んでしまいました……それも激しく路面に頭から落下したことで脳みそが派手に周囲に散らばりました」
変わらず優しく微笑んだまま恐ろしい事を淡々と語る女性。
「そんな……嘘だろ……」
俺の背中に冷たいものが走る。
確かに俺の直前の記憶はトラックに撥ねられて宙を舞った所だが、そう簡単に自分の死を受け入れられるものではない。
「それで次の転生なのですが、タクさんには何か要望はありますか?」
「要望?」
「はい、なるべく本人の要望をお聞きしているのですよ、前世で余程の大罪を犯していないのであれば要望を叶えられる可能性は上がっていきます……あなたの場合はレベル3、そこそこ良いと言えるでしょう」
「そこそこ……それはどういった事で?」
「はい、全く罪を犯さない人間はいないのですが、そうですね例えば生後間もなく亡くなった赤ん坊などですとレベル5……最高位なので望めば天使にすらなれることでしょう
レベル4は俗にいう善人と呼ばれた方々、人間に転生するのは確実です、幸せな生涯も保証されます。
そしてレベル2、1は犯罪者……両者の違いは罪の重さですね、良くて犬猫などの動物、悪くて昆虫や微生物などに転生できます
極悪人だとレベル0、最悪魂を消滅させられ無に帰されます、よくて植物でしょうか……ですからあなたは上から三番目のレベル3……所謂普通の人ですね、ギリギリ人間に転生できるのでそこそこの要望は叶うと思いますよ」
またそこそこって言われた。
所詮俺の人生はそこそこですよ、そこそこですとも。
この基準もその人間の生を受けてから死ぬまでの行いが基準だろうから、今更文句を言った所で覆らないのだろう。
しかし死後にこんな振るい分けがあると知っていたらもう少しマシな人生を送ろうと努力したのになぁ……こんな事を考えてもそれこそ後の祭り、どうしようもないのだが。
ならば転生を受け入れ、要望を言うだけ言っておいた方が建設的だろう。
「そうだなぁ……子供の頃にはいじめも無く、大人になってからは経済的に困ることがないようにしてほしいな」
「そんなことで良いのですか?」
「えっ……そんな事って、それ以上何があるっていうんです?」
心外だな、平穏無事な生涯を送れる事以上に幸せな事があるのだろうか。
「あっ、お気に障ったのならご免なさい、別にあなたを馬鹿にした訳では無いのです
他の方々はもっと具体的に『お金持ちになりたい』とか『異性にもてたい』『容姿を良くして欲し』などと欲望丸出しに訴えて来るものですから……あなたのように無欲な方はある意味珍しかったもので……」
「いいですよ、こちらも過剰に被害妄想を持ってしまいました」
困り顔の眼鏡の女性、本人に悪気があった訳では無いようなのでこれ以上この件を引っ張る気はない。
それなら俺も一つだけ自分の欲望を吐露させてもらうとするか。
「それじゃあ俺からもう一つ、俺が愛用していた自転車を転生後も使わせてほしいです……言っても無理ですよね?」
「はぁ、確かに実現は難しそうですね……でも言うだけは自由ですので構いませんよ」
「マジですか……」
ダメ出しされるのを覚悟しての無茶振りだったが予想に反して受け入れられてしまった。
少し拍子抜けしたと共に若干の罪悪感があった。
しかし飯を食う時と寝るとき以外は常に一緒に居たと言っても過言ではないチャリオットと来世でも一緒に居られるならこれ以上の贅沢は無いと俺は思っている。
「ではそのご要望を添えて上に提出させて頂きます、予め申し上げておきますがこれは確実にご要望を叶えることをお約束するものでないことをご了承ください」
「分かりました、期待しないでおきます」
想像するに転生後は今の記憶が残ると思えないので確認のしようがない訳で、期待しても無意味であろう。
眼鏡女性が書類に残りの必要事項を記入していると、別の白衣の職員が一枚の書類を手渡していった。
眼鏡女性がその書類に目を通すと徐々に目が見開かれていった。
何だろう、その時何故か俺は一抹の不安を感じた。
「タクさん、あなたはとても運がよろしい……あなたには恩赦が付加されるようです」
「えっ? どういうことですか?」
「こちらの出す条件を飲んで頂けるのなら次々回の転生はレベル4、いえレベル5も夢では無いですよ!!」
眼鏡女性は半ば興奮している、目の色が先ほどまでとは明らかに違う。
それに今なんて言った? 次々回の転生……要するに次の次、これから転生する更に次の転生の話しじゃないか?
「ちょ、ちょっと待った、何が何やら俺には理解できない……分かり安く説明してくれないか?」
「あっ、私としたことが失礼しました……では説明します、次の転生は我々が決めた世界にその姿で記憶を持ったまま転生し、ある条件を満たしてもらえばさらに次の転生での優遇をお約束するというものです、先ほども言いましたがレベル4以上の待遇も夢ではありません」
「何でそんな事になったんです? さっきあんたが言ってた恩赦ってのは何です?」
「さあ、私共末端の者には残念ながら分かりません、しかしこんなことは滅多にないのですよ? 私もこの仕事に着いて長いですがこんなことは初めてですから」
それで興奮していたんだな。
しかし二回先の転生が優遇されるってのは微妙な特典だなぁ。
それにそこはかとなく嫌な予感がするが……さてどうする?
「お悩みですか? ではこれでどうです? お望みの自転車も一緒というのは」
「やる!! やります!!」
あっ、しまった……チャリオットの件を餌に俺を釣るとは些か卑怯ではないかな。
「ありがとうございます!! では早速向かってください!!」
俺の座っている椅子の足元の床に魔方陣めいた模様が現れ赤く輝いた。
「ちょっと待ってくれ!! 俺はまだ心の準備が!!」
「大丈夫です、やるべきことはあちらの世界に行ったら分かるようになっている筈ですから……では行ってらっしゃいませ」
眼鏡女性はこれ以上ない程満面な笑みを浮かべて俺に手を振っている。
「マジかい!! うぉああああああ……!!」
光は更に強くなり俺を包み込み、それっきり俺は意識を失った。
「はっ!?」
目を見開き一気に覚醒する意識……眼前には雲一つない青空、周りからは青々とした緑の香り……どうやら芝生の上に寝転んでいるらしい。
「しかし我ながらおかしな夢を見たもんだな……あっ、そうだ俺は確かトラックに撥ねられて……!!」
慌てて自分の身体をあちこち触るも骨折どころかかすり傷一つ負っていないしどこも痛くない。
「あれも夢だって言うのか? そんな馬鹿な……」
何が何だか分からない……いや落ち着け、こんな時は一つづつ物事を確認していくのが肝要だ。
「まずはスマホで現在位置のチェックを……って何!? 」
【ユーザービーツ】のアプリを起動するといつも通り地図が表示されたのだが、それは見たことも無い地形でどこにも建物を示すものが存在していなかったのだ。
「どういうことだ……ここはいつもの街じゃないのか?」
道路すらまともに表示されていない、今更周りの景色を見渡すが確かにここは緑の沢山ある郊外の田舎の風景の様でもある。
目の前に小高い丘がある、こうなったら目視で場所を確認してみるしかない。
おれは不安で押しつぶされそうな気持を押さえつけ取り合えず足を動かす、今はそれしかない。
丘の頂上に到着して唖然とする、眼下には鬱蒼とした森林が広がるだけで街はおろか民家一軒見当たらないのだ。
「マジか……」
ポン……。
失意の中、俺の手に握られているスマホが微かに揺れる。
「うん? まさか【ユーザービーツ】の依頼か? 何でこんな所で?」
スマホの画面を見ると確かに集荷依頼のアイコンが現れている、さっきは無かったはずなのに……しかもそれはここからそう遠くない位置に。
ここでぼっーっとしていても仕方がない、手掛かりが他にない以上取り合えずそこ目指して移動してみよう。
スマホをナビ代わりに俺は歩き出した。
「あっ!! お前は!!」
ポインターの示す場所には一台の自転車、【チャリオット】が横たわっていた。
「ああチャリオットーーー!! お前に会えただけでも心強いぜ!! よく無事でいてくれた!!」
思わず俺は【チャリオット】に駆け寄り抱きしめていた、傍から見たら頭のおかしい自転車フェチに見えた事だろう。
『熱い抱擁とは照れるぜ相棒、気持ちは分かるがそういうのは人目に付かないところでやるもんだぜ』
「うわぁ!!」
思わずチャリオットから手を放してしまった、ガシャンと音を立てる。
何だ? もしかして今しゃべったのか? 自転車であるチャリオットが?
『おいおい痛いじゃないか、そんなプレイの趣味はオレっちにはないぜ?』
「チャリオット、お前……しゃべれるのか!?」
震える手でチャリオットを指さす。
『おっ? そうだな、お前と会話が成立したもんだからおかしいとは思ったんだ』
「マジか……」
信じられないことが起こるとつい『マジか』というのが俺の口癖であった。
馬鹿っぽいからやめたいと思っては居るのだが完全に癖になっていて中々止められない。
『所でここはどこなんだ? 気が付いたらオレっちはここに倒れていたんだが……』
「それはこっちが聞きたい、俺だってさっき目が覚めたところだよ
しかし奇妙なもんだな、まさかこうしてお前と話せる日が来ようとは……」
『そうだな、折角しゃべれるようになったんだお前には礼を言わせてもらうぜ』
「礼? 何の?」
『今まで丁寧に手入れをしてくれて感謝してる、他の仲間が次々と壊れたり乗り換えられてもお前は俺を捨てなかった』
「よせよ、俺はお前を気に入っていたから大事にしたしいつまでも乗りたいと思っているんだ」
『照れるぜ』
チャリオットがどこか照れ臭そうに俺に語り掛けるもんだから俺も背筋がむず痒くなってきた。
しかしチャリオットと再会できたはいいが結局何一つ問題は解決していない。
これからどうする?
『なあ相棒、取り合えず移動してみないか、こんな所で途方に暮れていても仕方が無いだろう』
「ああそうだな……頼めるか?」
『何を今更……まさか俺としゃべれるようになって気兼ねしているのか? 何を水臭い、今まで通りオレっちに乗ってくれりゃいい、オレっちたち自転車は人を乗せてなんぼだからな』
「そうか、そうだな、これからも頼むよチャリオット」
見た目が同じなのに会話が出来るようになったことでどこか抵抗があったのかもしれない。
しかしここは割り切って今まで通りチャリオットに世話になることにしよう。
特にこんな何もないだだっ広い場所を移動するにはチャリオットは心強い。
早速俺はチャリオットに跨りペダルを漕ぎだした。
「ダートだが大丈夫か?」
『問題ない、タイヤは先週替えたばかりだろう』
やはりチャリオットの乗り心地は最高だな、スイスイと移動できるのは実に快適だ。
ポン……。
「おっと、ちょっと待ってくれ、また反応だ」
俺は一度チャリオットを止める。
街中ではないとはいえ自転車の運転中にスマホをいじってはいけない。
「また集荷依頼か、少し離れているがお前とならそうでもない」
『おう、任せな』
「行こう」
そこからは暫く何事も無く進んでいた。
キャアアアアアアア!!
「何だ!?」
当然、若い女性の悲鳴が林道沿いに響き渡る。
『もしかして今向かっている集荷先じゃないのか?』
足を止めて改めてスマホの画面を確認するとポインターの位置にほぼ一致する場所まで俺たちは来ていた。
「そうみたいだな、急ごう!!」
何故かその時俺の頭の中に逃げるという選択肢が思い浮かばなかった。
普段の俺なら確実に逃げていただろうから。
怖いと言えば嘘になるが、俺はありったけの力を足に込めペダルを踏みこんでいた。
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