37話 これは嵐の前兆だから!

 衝撃の全校集会からおよそ一ヶ月と少し、生徒たちの生活もすっかり日常を取り戻した。


 あれから藪は、たまに天文部を訪れるようになり、新入部員を獲得できなかった天文部の準レギュラーの如く、部員たちとも打ち解けていた。


 以前であれば、準レギュラーは旧ワンゲル部の元三年生、古池先輩と梶原先輩だったが、彼女たちが卒業した今、そのポジションは確かに空白となっていた。


 実際、藪が天文部を訪れることに一番好意的だったのはすみれさんであり、二人は事あるごとに一緒に勉強をし、お昼には二人で昼食を食べ、藪が天体観測に参加した際には一緒に星を眺めてもいた。


 そんな二人の様子を、俺も含め他の部員たちは、ニヤニヤしながら見守っていた。


 彼の中二病は相変わらずのようだが、本人もそれを自分の個性として受け入れることにしたのか、以前にも増して痛々しいセリフ回しやキメポーズが増え、その度に皆から冷静なツッコミを受けたり、たまに優子と解釈違いを起こし意見をぶつけ合ったりしていた。


 なによりも彼は本当に楽しそうに笑うようになった。きっと中二病も彼を守る盾ではなく、人との交流を深める武器となったのだろう。


 さて、そんな彼はさておき、俺たち二年生は目前に大きなイベントを控えていた。


 そう。修学旅行である。


 学校行事の中でも特に重要度が高く、青春とは切っても切れないそのイベントは、もちろん俺にとっても楽しみ以外の言葉で表現しようがないものだった。


 ここで、以前の高校時代の修学旅行をダイジェストで振り返ってみたい。


 以前の修学旅行、行き先は沖縄だった。そして……そして……


 しかし、いくら考えてもダイジェストどころかそれ以上、修学旅行の記憶を思い出すことができない。


 確かに高校生活を堪能することを疎かにしていた俺は、以前いかに学校生活を送っていたかの記憶におぼろげなところがある。


 しかし、修学旅行の記憶が丸々抜け落ちてしまったかのように思い出せなかった。


 こんなことは今までにはなかった。ところどころに記憶が抜け落ちていたとしても部分的な事は覚えていたりするものだが。


 「誠、どうしたの。さっきからうんうん唸って。」


 不意に優子に声を掛けられ、俺の意識は引き戻される。


 俺たちは今、修学旅行の班分けを終え、自由行動時の行き先の相談をしている真っ最中だった。


 優子、真一、志信、一年から同じクラスの遠藤さん、そして俺と、あまり変わり映えしないメンツとなっていた。


 遠藤さんは今時の女子高生と言った雰囲気で、髪は明るめの茶髪に高めに留めたポニーテール。その毛先は微かにウエーブがかっている。


 身の回りの物にはいろんなアクセサリーをジャラジャラ付けてはいるが、当時ではかなりのオシャレさんと言える。


 そして、言動もかなり活発で、クラスの中では優子と揃えばかなりのトップカーストと言える。


 そんな遠藤さんがどうしてこの班になったかというと、端的に言えば優子の友達だ。一年の時から、優子はクラスメイトからなかなかの支持を受けており、クラスのムードメーカーとも言えるポジションだった。


 しかし、そんな優子だが、クラスメイトには重度のオタクであることを伏せていた。なので、クラスメイト達は優子のことをノリのいい、普通の女子高生と思っていることだろう。


 「それでね、やっぱり首里城は外せないと思うんだー。」


 優子と遠藤さんは行き先をどうするかを、女子高生らしく、楽しそうにキャッキャ言いながら話し合っていた。


 「首里城なら、全員見学で行く。」


 真一が鋭いツッコミを入れる。


 「それなら美ら海水族館は外せないよね。」


 遠藤さんはガイドブックをビシッと指差しながら言う。


 「そこも全員見学のルートに入ってるよ。中では班行動でいいみたいだけど。」


 今度は志信にツッコミを受ける。


 「もう、そしたらどこに行けばいいの!?他に何があるのよ!」


 遠藤さんが業を煮やして言う。


 「ここなんかどうかな?琉球ガラス体験もできるみたいだし、他にもほら、ここは眺めも凄そうだし、ここなんか手作りシーサーも作れて女の子はこういうの好きじゃない?」


 俺はガイドブックのページを指差しながら提案する。そんな俺を優子は不思議そうな顔で見つめる。


 「どうした?」


 そんな優子と目が合った。


 「ううん、なんか、今日の誠、違和感がある気がしただけ。多分気のせいなんだと思う。」


 その時は気にも留めなかったが、それは紛れもなく違和感だったのだろう。そう、俺たちのことを常に傍で見続けていた優子、だからこそ気付けた小さな変化。


 しかし、その重みと意味にその時の俺はまだ、気付く由もなかったのだ。


 その後も俺たちはいくつかの観光地や景観地をピックアップし、メモしていく。


 一応学校にはこれらの目的地を告げる必要があるが、実際にはすべて回る必要もなく、また、他の目的地に行ってもいい。学校が俺たちの居場所を簡単に把握しておくためのものだろう。


 「こんなところかな。あとは当日までに面白そうなところがあれば適時修正していこう。」


 俺の言葉に優子と真一は頷く。しかし、遠藤さんは不思議そうな顔で俺を見る。


 「どうした?足りないところがあるのか?」


 俺の言葉に遠藤さんは不思議そうな顔のまま言う。


 「いやいや、誠君って変な言葉使うなあって。」


 そうだ。もう天文部の部員たちは慣れたかもしれないが、一般の生徒たちには俺の事情はもちろん伏せてある。面倒事を避けるためにも言動にはもっと注意を払わなくては。


 遠藤さんの追及をはにかみ笑顔で何とか誤魔化し、その日のHRは終了を告げた。


 放課後、部室での話題はやはり修学旅行のことだった。


 「美海と琴美、同じ班になったんだね。よかったぁ。」


 優子が満足そうに二人の手を握る。


 「じゃあ、自由行動の時、一緒に回ろうよ!」


 琴美の提案に優子は不安そうにする。


 「でも、他の班員の子はいいの?振り回しちゃうんじゃない?」


 優子の心配に琴美は手をひらひらさせ、ため息交じりに言う。


 「ダメダメ、ウチの班、他は男子なんだけど、判別行動の時は他の仲の良い子と回るんだってさ。だから、みんなと回れたほうが嬉しいのよ。」


 琴美の言葉に優子の顔も明るさを取り戻す。


 「じゃ、一緒に回れるね!でも、それって大丈夫なの?」


 俺に振り返り言う。おそらく、以前の実績を聞いているのだろう。


 「え、いや、多分大丈夫じゃないかな。」


 俺の歯切れ悪い言葉に琴美は不満そうに詰め寄る。


 「覚えてないの?誠って前は結構ボッチだった?」


 琴美の失礼な勘繰りに俺は顔を左右に振って否定する。


 「いやいや、確かに友達は多くなかったけど、ボッチって程じゃなかったぞ。なんか、修学旅行の事、思い出せないんだよなぁ。」


 俺の言葉に皆は仕方ないと言った風情で溜息を吐く。


 そんな俺の手を取り、美海は心配そうに声を掛ける。


 「誠、大丈夫?」


 美海と視線がぶつかり合う。


 「ほら、そこ。急にイチャイチャしないの。」


 琴美が俺たちに冷ややかなツッコミをいれる。


 「そういえば今日はすみれさん、やけに静かですね。」


 優子がキョロキョロと周りを見渡すと、すみれさんは机の端で頬を膨らませていた。


 「私だけ、会話入れないもん。みんなズルい。」


 「ま、まぁ、すみれさんが去年どうだったかも知りたいし、一緒に考えましょうよー。」


 琴美がすみれさんを引っ張ってくる。


 その後もみんなで行き先などをみんなで話しあい、大いに盛り上がりをみせた。


 修学旅行か、楽しい旅行になるといいなぁ。


 この時の俺は何も知らず、そう、呑気に身構えていた。

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