34話 全面戦争だから!
真一が天文部のポスターが剥がされていることを発見した放課後。
俺たちは部室に集まっていた。
「生徒会の仕業だろうね。」
琴美が重々しく口を開いた。
確かに決めつけることは良くないが、現状、他に天文部のポスターを剥がしそうな者に心当てはない。
「一度確認しない事にはなんともだけどな。その可能性は高いな。」
問題は、なぜそこまで生徒会、いや、あの生徒会長の藪という男はここまで天文部を目の敵にするのだろうか。
以前、最初に俺とすみれさんが生徒会室を訪れた際には、すでにその兆候は見られていた。
「でも、一度張ったものを一言もなく剥がすかな?」
優子は理解できないといった風に呟く。
「そんなの、あいつならやりかねないわよ!」
琴美は興奮気味に返す。
「とりあえず、状況把握ができない事にはどうしようもない。美海、生徒会室に一緒に来てくれるか。」
美海は静かに頷く。しかし、その表情からは笑みが消え、よく見ると小刻みに手指を震わせている。これは相当怒っているのだろう。
皆を部室に待機させ、俺と美海は生徒会室の前までやってきた。
俺は大きく深呼吸で息を整え、美海に諭す様に言う。
「話は俺がするから。美海は隣に居てくれたらそれでいいから。」
俺の言わんとすることを流石理解しているのか美海は目をいったん閉じ、その瞳の奥に密かな炎を灯して小さく頷いた。
俺はそれを確認してから、意を決して扉をノックした。
「どうぞ。」
扉の中からは以前と変わらぬ無機質な声。
「失礼します。天文部です。お聞きしたいことがありましてこちらに来ました。」
挨拶をしながら扉を開ける。すると、以前と変わらず生徒会長の藪という男が一人、そこにはいた。
「ポスターのことかな?」
こちらが要件を言うまでもなく、藪はポスターの事を口にする。やはり何か関わっているのだろうか。
「ええそうです。先日張り出した天文部の部員募集ポスターが、剥がされているのをウチの部員が発見しまして、何かご存じではないかと思いまして。」
「あれは生徒会で剥がした。」
藪は悪びれる様子もなく言い放つ。
俺は自分自身の心拍数が跳ね上がるのを感じ取り、必死で平静を保つ。
「いったい何故でしょうか。ポスターの内容に問題があったとも思えませんし、あの掲示箇所も空手部に相談して譲っていただいたものです。すべてルールに則ったことだと思いますが。」
俺の説明を耳半分といった風情で聞いた藪は、やれやれと言わんばかりに軽く手を払い、七面倒臭そうにため息交じりに答える。
「どこがルールに則っているんだ。あんなもの、全くのルール違反だ。」
以前から感じてはいたが、藪はナルシストなのか、かなり自分に酔っている。きっと今、彼の脳内には歓声が鳴り響いていることだろう。
「どこがルール違反か教えていただけますか?」
あくまで冷静に、自分の中に湧き上がる怒りを、抑えつけながら藪に問う。
「わからないのか?まず、校内掲示物はすべて生徒会で精査した後、校内に張り出される。キミたちはあのポスターを生徒会に提出していない。」
藪の言葉に、反射的に美海が前に出ようとするのを片手で制する。
「しかし、先日、ポスターの見本をこちらにお持ちした際、受け取ってももらえず、約束を違えて張り出しの抽選さえ、受けさせてくれなかったのはそちらです。そのことを思えば適切であるかどうかの精査も掲示物で直接するのが筋です。」
俺はポスターの見本を提出しようとしたことの正当性を訴えたが、藪はそのことに返答せずに続ける。
「それに、あの場所を抽選で得たのは空手部だ。空手部に張り出しの権利があっても、キミたちにはない。」
藪は俺をビシッと指差し、言い放つ。
コイツ、人に指差しちゃいけないって習わなかったのか。
「それについても、空手部の者と話はつけております。それに、もともと抽選は金曜までの提出と言いながら、期限内に提出に来たにも拘らず、取り合ってくれなかったのはそちらです。」
ダメだ。こんな不毛なやり取りに意味なんてない。ハッキリさせよう。
「あの、僕達天文部を、えらく目の敵にされているようですが、なにかご不満な点でもありますか?」
俺の言葉に、藪は待ってましたと言わんばかりに、瞳を怪しく光らせる。
「わからないのか?なぜ校内暴力で停学にまでなったキミがのうのうと部活なんてしていられるんだ?以前の生徒会長は気にしていなかったようだが僕は違うぞ。そんなことは認められない。」
ついに来たか。こういう事で騒ぎ出す生徒が、いつかは現れるかもしれないと思ってはいたが、まさか生徒会長に睨まれてしまうとは。
しかし、学校側との密約の件もあり、真実を話すわけにもいかない。
俺が答えに窮していると、隣の美海が冷静さをある程度取り戻したのか、藪に反論する。
「そのことは、相手も結城君も処分を受け、すでに終わった案件です。私達天文部も、いまさらそのことを掘り返されたくありません。」
美海の反論に藪はますます口の端を歪め、得意気に言う。
「それだ。相手は自主退学したそうじゃないか。なのになぜ結城君は停学で終わっているんだ。キミも平等に自主退学するべきではないのか?昨年の練武展でもケンカ紛いの試合をして、図に乗っているとしか思えないな。」
驚いた。サラリーマン時代も含めて、ここまで人の悪意、敵意をストレートに向けられたのは初めてのことではないだろうか。
「会長がなにを根拠に、僕の退学を要求されているのかは、理解が及びませんが、わかりました。そこまで言うのであれば。」
俺の言葉に美海は不安そうに俺を見る。生徒会長の藪はますます口を吊り上げ歪な笑みを浮かべる。
「戦争しましょう。徹底的に戦いますよ。俺たちは何一つ、後ろめたいことはしてません。それに今回の天文部の処遇を鑑みて俺たちは生徒会を訴える十分な理由があります。お互い、どちらかが潰れるまで徹底的にやり合いましょう。」
俺の言葉に、藪は期待していた言葉とは、真逆に近い言葉が飛んできたのだろう。口をあんぐりと空け、今聞いたことが、信じられないといった顔をした。
美海に至っては、見る見るその顔に光を取り戻し、その瞳を闘志の炎で光らせていた。
「では、こちらも準備して参りますので、ご存分に僕たちの事はお調べになってください。それでは。」
そう言い残し、美海と生徒会室を出る。
部室に戻った俺たちはみんなに事の仔細を話した。
「いいじゃん!やろうよ。アタシも頭に来てたんだ。」
琴美は前のめりに賛成する。
「良いよね!こういう展開、アニメみたいでワクワクするぅー。」
優子も目をキラキラさせて琴美と手を合わせる。
「でも、誠、勝算はあるのか?」
真一は心配そうに俺を見る。
「安心しろ。寧ろ勝算しかない。俺たちには切れるカードが両手で抱えきれないほどある。」
しかし、相手のバックボーンをもっと詳しく知っておく必要もある。
俺はチラリとすみれさんに目配せする。
「わかってるよ。藪君について調べておくね。」
「お願いします。あと、残りの生徒会役員についても調べていただけますか?」
俺の言葉にすみれさんはウインクしながら舌を出し、右手でビシッとサムズアップする。
「よし、みんな、俺に力を貸してくれ。後悔させてやろうぜ。」
こうして、俺達天文部と生徒会の全面戦争は始まった。
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