35話 相手を知るから!

 俺が生徒会長に宣戦布告をしてから一週間が過ぎた。この間、俺たちは生徒会長や、生徒会の情報集め、空手部や七海、理子を始めとした教師陣への段取り合わせなど、着実に俺たちの足元を固めていった。


 意外だったのはその間、生徒会長の藪に動きはなく、それはかえって不気味に感じられた。余程の自信の表れなのか、それとも…


 肝心の生徒会側の情報だが、すみれさんが色々と聞いて回ってくれたようだが、たいした情報は得られるに至ってはいない。


 というのも、皆あまり口を開きたがらない様子だったらしい。


 もともと、すみれさんも同学年で仲のいい友達は少ない。それも相まって、会長に対する情報収集は難航した。


 しかし、収穫もあった。なんとウチの生徒会、副会長と書記、会計としっかりいるそうなのだが、ほとんど生徒会に顔を出していないそうだ。


 すみれさんが副会長に話を聞きに行ったところ、まともに取り合ってもらえなかったそうだ。


 しかし、なんとなく生徒会の構図が見えてきたような気がする。


 果たして、俺たちは本当にこのまま突っ走っていいものだろうか。


 一応、空手部には志信を通じて、ポスターの掲示場所の権利を、俺達天文部に譲渡した旨を証言してもらえるよう、約束は取り付けた。


 教師側には俺が文化祭の折、どういった経緯で暴力事件に発展したのか、会長の藪本人に限り、伝えてもいいと許可をもらった。


 はっきり言って、負ける要素など皆無だ。


だが、問題の本質がずれている。これは俺たちと生徒会の戦いだと思っていた。


 でも違う。きっともっと重大な事の片鱗なのだと、俺は感じずにはいられなかった。


 放課後の天文部。俺はみんなに話しておきたいことがあった。


 「みんな、聞いてくれ。本当に申し訳ないんだけど、今回のポスターの件、天文部が折れようと思う。」


 俺の言葉に一同は納得のいかない憮然顔を向ける。


 「どうして。あそこまでケンカ売られてウチが折れなきゃいけないのよ。」


 琴美の指摘はもっともだ。


 「それに、会長の要求は誠の退学でしょ?どうするの?」


 優子も心配そうに俺を見る。


 「それについては、もちろん会長と話はする。だが、俺と会長だけの話し合いで十分だ。これ以上、話を大きくするつもりもない。」


 「誠君、理由があるんだよね。ちゃんと話して。」


 すみれさんの問いかけに俺は小さく頷き、俺の考えをみんなに話し始めた。


 みんなに思いを伝えた後、いつでも生徒会室に向かえば良かったのだが、どうしても最後のピースが埋まらなかった俺は保健室で理子と考えを整理していた。


 「どう思う?」


 俺の抽象的な問いかけに理子はため息交じりに俺にコーヒーを手渡す。


 「どうも何も、誠の想像力って豊かよね。ってくらいしか思わないわよ。」


 「…俺もそう思う。でもな、状況を考えたらそれしか思いつかないんだよな。」


 頭をくしゃくしゃと掻いてから理子から受け取ったコーヒーを一口煽る。


 「で、どうなの?よく保健室に来てたとか、そういうのない?」


 「そうねえ、特になかったと思うわ。あ、会計の倉田さんなら、ちょくちょく来てるわよ。」


 「そっちじゃないんだよなあ。で、なんで来るの?」


 俺の下世話な質問に理子は眉を顰める。


 「誠、それはマナー違反。」


 そう言いながら俺の頭を軽くコツンと小突く。そこでようやく理由に思い当たる。


 「あー。なんか、ごめん。」


 そう言いながら俺はまだ上の空だった。


 「その倉田さんって何組?」


 コーヒーをチビチビ飲みながら理子に、一応問う。


 「9組よ。」


 「9組かぁ。国際科だろ。苦手なんだよなぁ。」


 「行くの?」


 理子は嬉しそうに目を細める。俺がつらそうにしていると理子は楽しそうにする。


 「一応。話だけでも聞いとかないと。」


 俺は重い腰を上げ、理子に空になったコーヒーカップを渡す。理子はそれを受け取りながらニコニコし、手をヒラヒラ振って俺を見送った。


 次の日、三年9組のクラスに来た俺は、近くの先輩に倉田さんを呼んで欲しいと声を掛ける。


 しかし、その先輩は顔を傾げるばかりで、不思議に思って聞くとこの教室に倉田さんはいないそうだ。


 俺はたぶん、真っ赤な顔をしていたんじゃないかと思う。それは、ガセネタを掴ませられたという思いや、教室を間違えたという気恥ずかしさ。その教室が苦手な国際科の教室だったこと。いろんな要素が絡み合って俺の恥ずかしさは最高潮に達していた。


 俺は真っ赤な顔のまま保健室に飛び込んだ。


 「理子、倉田さん、居なかったぞ。」


 飛び込むなり理子に声を掛けた俺だったが、すぐに自分の失態を理解した。


 理子の前には一人の女子生徒が居た。


 「倉田さんはこの子よ。」


 理子は呆れたように目の前の女子生徒を見る。


 「あ、あの、何か私に用ですか?」


 倉田さんはおずおずと申し訳なさそうに声を挙げた。


 倉田さんは気の弱そうな女子生徒で、上目遣いに俺を見上げている。

 「あの、倉田先輩ですか?ちょっとお話が聞きたくて…」


 俺の言葉に理子も倉田さんもきょとん顔で俺を見る。


 「4組の結城君ですよね。私、二年です。」


 「は?」


 思わず素っ頓狂な声が漏れてしまう。もしかして、俺は勝手に勘違いをして三年生だと思い込んでいたのか。


 「ぷ!あはははは!」


 笑いを堪えていた理子が思わず吹き出す。


 俺の顔はさらに真っ赤になっていることだろう。


 「あの、私に話ってなんですか?」


 業を煮やした倉田さんは小さめの声で問いかける。


 俺は少し咳ばらいをしてから本題に入る。


 「倉田さん、生徒会のことでお聞きしたいことがあります。」


 倉田さんはバツが悪そうに視線を逸らしながら小さな声で「はい」と答えた。


 「なぜ、生徒会役員の皆さんは生徒会活動に参加していないのでしょうか。」


 ど真ん中直球ストレートに疑問をぶつける。


 倉田さんは不安そうに視線を泳がせ、やがて観念したかのように呟いた。


 「ふ、副会長の柳下さんが出なくていいって。」


 「生徒会長の藪先輩は嫌われているのですか。」


 またもや直球だ。言葉に決して逃さないと圧を込める。


 「私は、別に。でも、先輩は…嫌いって。」


 どうやら、俺の感じていたことは当たっていたようだ。


 「わかりました。ありがとうございます。」


 そう、短く礼を告げ、保健室を出ようとする。


 「あの!わ、私も、こんなのよくないって思っていたんですけど、先輩に言われて…」


 俺は足をいったん止める。


 「よくないって思ってても、行動できないなら、進んでやってる奴と同じだよ。」


 そう言い残し、保健室を後にした。


 保健室を出たそのままの足で生徒会室へと向かう。


 コンコンとノックをする。


 「どうぞ。」


 以前と変わらぬ無機質な声が生徒会室の中から聞こえる。


 「失礼します。」


 「ああ、キミか。」


 生徒会長の藪は以前よりも疲れた顔で俺を一瞥すると、再び手元の書類に目を落とす。


 「決着、付けに来ました。」


 藪は、俺の言葉に特に驚く様子も見せず、ゆっくりとした動作で手元の書類の束をコンコンと机で揃え、脇に寄せる。そして、静かに言った。


 「ちょっと屋上の空気でも吸おうか。」


 藪はまるで何かを観念したかのような、そんな諦めに近い雰囲気を醸し出していた。


 重たい屋上の鉄の扉を開けると藪はフェンスに寄りかかり、空を見上げる。


 「僕に言いたいことがあったんだろう。」


 藪は空を見上げたまま言う。


 先日の勢いはどこへやら、藪の様子は全く弱々しいものだった。


 そんな彼の様子を見ていると、用意していた言葉はどこか彼方へ追いやられ、俺は言葉を発することが出来なくなった。


 「じゃあ、僕の話をしようか。」


 彼は何かを決心したかのように、静かに、淡々と言葉を紡ぎだした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る