第一章 脱出篇

第四話 理不尽

序章


突如太平洋上に降り立ったもう一つの巨大な日本列島。

新たな超大国、神聖しんせい大日本だいにっぽん皇國こうこくによって世界情勢は経済危機、アメリカの敗戦などにより混迷を極める。


そんな激動の時代の中で、幼馴染の剛腕美女、麗真うるま魅琴みことに密かに思いを寄せる青年、岬守さきもりわたるは海岸で何者かに拉致された。 

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 雨漏りの音が聞こえる。


 岬守さきもりわたるが目を覚ましたそこは、視力を失ったのかと疑うほど何も見えない暗い怖い闇の中だった。

 一定のリズムでしたたる水音だけが響き渡る何とも恐ろしい空間は、太陽の光という概念さえも拒んでいるかのようだった。


 記憶を辿るに、彼はどうやら何者かに拉致らちされたらしい。

 全身に意識を巡らせ、五体の無事を確認する。

 それほどの恐怖がわたるの置かれた闇を支配していた。

 お陰で判ったことだが、どうやら体は拘束されていない。


 今度は自分の置かれている空間の様子を探ってみることにする。

 注意深く耳を澄ますと、呼吸音がかすかに聞こえる。

 どうやらわたる以外にも数人この空間に囚われているようだ。


 ガラキリガラギリガラキリガラギリと音を立て、突如四角い光が差し込んできた。

 誰かが扉を開けたようだ。


 男の影がバケツを持って歩いてきて、わたるを含めその場にいた者たちに柄杓ひしゃくで水を掛けた。


「起きろ!」


 男は怒鳴った。

 一人寝覚めが悪かったようで、男に蹴りを入れられていた。


「おい何すんだ、やめろ!」


 わたるは叫んだ。

 瞬間、男はわたるに銃を向けた。


「おまえの事は覚えているぞ、4番。流石の正義感だ。それでこそ、我々の同志にふさわしい……。」

「あ……。」


 仄暗い中で対面した男の顔には見覚えがあった。

 殴り倒される前のわずかな記憶がスローモーションで蘇る。

 そう、間違いなくわたるを捕らえただ。


 男は部屋の明かりをつけた。

 そこに囚われていたのはわたるを含め男女それぞれ四人の計八人だった。

 見た所いずれも若いが、三十代の男もいれば十代の少女もいた。


 そして、その中にはわたるの見知った人物も含まれていた。


虎駕こが! そしてそこにいるのは、もしかして久住くずみさんか?」


 中学の同窓生にして大学の同期、虎駕こが憲進けんしん

 高校の同窓生、久住くずみ双葉ふたばだった。


 双葉ふたばわたるのイメージよりほんの少し垢ぬけた印象だったが、全く問題なくすぐにわかるほど高校時代の面影を残していた。


岬守さきもり……、おまえもか?」

岬守さきもり君……。」


 二人は戸惑いを隠せない。

 勿論わたるも同様である。


 そしてもう一つ、二人の顔にはマジックの様なもので数字が書いてあった。

 虎駕こがには5、双葉ふたばには2と書かれている。


「なんだおまえ達、知り合いだったのか。妙な偶然もあるものだ。まあそれも良い。今後互いの団結に繋がればな……。」


 男はそう言いながら懐から薬剤包装を取り出した。

 八個、人数分がセットで繋がっており、男はそれを一つ一つそれぞれの目の前に落とした。


「二時間猶予ゆうよをやる。それを飲んでおけ。」

「はあ? ちょっと待てよ!」


 囚われた男の一人、3と書かれた男がすかさず声を上げた。

 目つきの悪い、いかにもガラの悪そうな男だった。


「いきなり拉致らちられて、わけのわからねえ薬渡されて、飲めるわけねえだろうが!」


 この場に囚われているのはわたる(4)、双葉ふたば(2)、虎駕こが(5)、それからこの目つきの悪い男(3)、更にもう一人の男(8)は人相も悪かった。

 宛らチンピラとガチの極悪人といった容貌ようぼうだ。


 女性陣は双葉ふたば(2)の他に小柄な十代と思われる少女(1)、おそらく双葉ふたばと同じ年頃だが少し大人びた女(6)、そして見たところアラサーの女(7)だった。


 この場と状況についての思いは怒りを覚える者、未だ戸惑う者、ただ打ちひしがれて嘆くものと様々だったが、薬を前にして思ったことは皆おおむねこの3番の男と同じだろう。


 しかしこの抗議の言葉に、この場を支配する犯人の男は冷たい笑みを浮かべて言葉を返した。


「なるほど、こんな何が起こるかわからない薬は怖くて飲めないと……。まあそれも結構。おまえらから見れば飲めば最悪死ぬ毒か、あるいは麻薬の類かもしれないと思うのも無理はない。だがこれだけは言っておく。飲めば死ぬかもしれないが、飲まなければこの後確実に死ぬことになる。賢明な選択をすることだ。二時間後を楽しみにしておく。」


 そう言うと男は水の入ったバケツをもう一つ部屋の真ん中に置き、扉を開けたまま部屋から出て行った。


 廊下から男の不気味な笑い声が響いていた。


 虎駕こが、それと先程食って掛かった3番の男は、二人で部屋の外の様子を見に行っていた。


 女性陣は双葉ふたばと最年少の少女(1)が、おそらく女性の中では最年長であり、ぶつぶつと独り言を呟いている7番の女の背中を撫でて、彼女を慰めていた。


 わたるは天井の雨漏りを見上げていた。

 雨音が聞こえないという事は、上で何らかの水漏れが発生しているか、雨が止んで間もないという事だろうか。


「駄目だ……。建物自体が閉ざされてる。ガラス窓はあるが分厚すぎて割れそうにねえ。」


 虎駕こがが戻ってきた。


「ガラス窓? ってことは外が見えたのか?」

「ああ。見た感じ山の中だ。」


 わたるの問いに虎駕こがが答えたところで激しい打音が廊下から響いてきた。

 音の鳴る方へ行くと、3番の男がガラス窓を殴っていた。


「っえ……マジで割れねえじゃねえか。」


 ぶらぶらと降られる男の手は真っ赤になっていた。

 そもそも監禁している犯人が部屋の扉を施錠せじょうしなかった時点で、この建物から出られるようになっているとは思えなかった。


 三人は元いた部屋へと戻った。


「出る手段は無かったようだな。」


 囚われた最後の男は壁にもたれて座ったまま凶悪な顔を獣の様に歪ませて笑っていた。


「いけないよおきみ達……。おれみてぇな極悪人を女と一緒に一人残しちゃあ……。」


 極悪人、その言葉で何か思い出したように虎駕こがが声を上げた。


「どこかで見たことがあると思った。おまえ折野おりの折野おりのりょう。ついこの間公判中に退場を命じられたどさくさに脱走した殺人事件の被告人!」


 折野おりのりょう、会社員の男性自宅に押し入り、その妻を殺害。

 金目の物を漁っていたところ5歳の子が起きてきたため、父親まで起きて来るとまずいと思い首を絞めてこれも殺害。

 結局家主が起きてきたので何も盗まず逃走したが、行き当たりばったりの杜撰ずさんな犯行だったためあっけなく逮捕された。


 裁判ではその身勝手な犯行動機と経緯、さらに子供を含む二人の殺人で死刑の判例があったことから、検察側は十分な証拠を持って死刑を求刑した。

 しかし判例の事件と罪状が大きく食い違っていたことから弁護側は量刑を争い、最高裁まで巻き込んで裁判が続いていた。


 そしてその中で世間を戦慄せんりつさせることが起こった。


「逮捕された事件以前にも年少期から七人も殺していたと、その中には両親まで含まれていたと打ち明けた……。」


 折野おりのりょう虎駕こがの言葉にその巨体を揺らしながら大声で笑い始めた。

 その声に、先程まで独り言を言っていた女とそれを慰めていた二人は身を寄せ合って震えていた。


「どうも裁判の旗色が悪そうだったんで、いっそおれが過去にやらかしたことを洗いざらいぶちまけてやったのさ。そうすりゃ全部の裁判が終わるまで刑は執行されないと思ってな。そうしたら公判中に隙が出来たんでチャンスだと思って逃げ出してやった。だが所詮何の当てもない悪あがき、捕まるのは時間の問題だったよ。万事休すかと思ってたら、都合良くあいつらがここにさらってくれたってわけさ。だから犯人様には、寧ろ感謝してるくらいだぜ。」


 ぞっとするような声だった。

 他人の命を何とも思っていない、この世のありとあらゆるものへの侮蔑に満ちた声と表情。


 彼はおそらくこの場にいる中では最年長であろうが、到底頼りになる大人ではなかった。

 狭い部屋を不穏な空気が支配する。


 そんな場を収めるべく、二発の手拍子が鳴らされた。


「脱線はそこまでにしとけ。」


 わたるが取り仕切ろうとしたのは、自分がこの場をどうにかしなければと思っての行動だった。


 年長者の一人はいたずらに恐怖を撒く迷惑な凶悪犯、もう一人の女はずっと塞ぎ込んでいて頼りにならない。

 虎駕こがともう一人の男はこういう状況で冷静になれそうにない。

 双葉ふたばはこういう時に度胸のあるタイプではない。

 あとは子供と、どうにも他人事のように他の人間を見ている女だ。


 とはいえ消去法で仕方なくというわけではなく、わたるはこういう時に率先して動く人間だった。


「さっきの男は何かぼく達の命をおびやかすようなことをするつもりだ。アンタも死刑になりたくなくてここまで来たんなら死ぬのはごめんだろ? ここは協力しないか?」


 折野おりのわたるを睨み上げている。

 直視が躊躇ためらわれる、体の芯から震えが込み上げてくるほど恐ろしい視線だった。


 常人には大抵備わっている、こいつは次の瞬間殺しにかかってくるという事はまずないだろうという当然の安心感がこの折野おりのりょうには存在しない。

 背丈はおそらくかつて直接会った中で最も長身の根尾ねお弓矢きゅうやよりやや高いくらいだが、その恐怖感は比ではなかった。


 ここでビビらないほどの胆力はわたるには無かった。

 幸いなことに争うつもりは無いらしく、折野おりのは小さく笑った。


おれは協力しないなんて一切言ってないんだがな……。」

「あ、じゃあ!」


 突然声を上げたのは1番の、おそらく十代の少女だった。


「折角だからみんな自己紹介しましょう!このままお互いの事を何も知らないとやりにくいし。」


 先程までと打って変わって何とも間の抜けた空気が部屋を流れる。

 塞ぎ込んで独り言を呟いていた7番の女まで、脇の少女をわけもわからず開いた口が塞がらない様子で見ていた。


「せっかく顔に落書きしてくれてますし、この順番で行きましょう。まず1番の人は…。あれ? 1番の人、いませんか?」


 彼女は場を和ませようとしているのか、本当に自分が1番だと気づいていないのか、周囲を見渡して1番の顔を探していた。


 わたるはため息を吐いた。


「1番は君だよ。じゃ、自己紹介お願いします。」

「ふえ? あ、そういう事ですか……。」


 少女は軽く咳払いして立ち上がった。


⦿


「えー、ではまずわたしから。1番、二井原にいはら雛火ひなび15歳。この春高校に入学しました。趣味はカラオケ、将来の夢は声優です。よろしくお願いしまーす。」


⦿


 手を挙げて聴いてもいない情報まで喋った二井原にいはら雛火ひなびの振る舞いは一々大袈裟な物だった。

 おそらくこのうら若き乙女は日頃からこの天真爛漫てんしんらんまんな愛らしさを周囲に振りまいているのだろう。


 大きな目をした、15歳という年齢よりもさらに幼く感じる顔立ちは実に愛らしく、先程の天然な振る舞いも厭らしさを感じさせない。

 体格的にはこの場で最も小柄な双葉ふたばに次いで小さく、子猫のようなちんまりとした出で立ちだが、反面肉付きはこの場の女性陣で最も良く育っており、大変男好おとこずきのするボディラインの持ち主と言えるだろう。


 とざされた空間の中で、二井原にいはら雛火ひなびはその愛嬌を太陽の様に輝かせていた。


 しかしわたるはそんな彼女の笑顔がふと妙に強張った不自然なものに見えた。

 無理をしているんだな。――そう察したのはわたるだけではなかったようだ。


 拍手を始めたのは次に控える2番の双葉ふたばだった。

 それに続くようにわたるも拍手を始め、更に3番の男、それから虎駕こががそれに続いた。


「ありがとうございます、ありがとうございます。では次、2番のあなた! あなたが2番ですよー!」


 マイクを手渡すようなジェスチャーを受け、双葉ふたばも立ち上がって自己紹介を始めた。


⦿


「2番、久住くずみ双葉ふたば、21歳です。今大学で人文社会学を勉強しています。よろしくお願いします。」


⦿


「イエーイ! では次、3番のお兄さん!」


 指名された男は頭をかいて渋々自己紹介を始めた。


「3、虻球磨あぶくま新兒しんじ二十歳はたち。あー、えーと……。高校生だ! 文句あっか? 卒業したら働くつもりだから夢は特にねえな。」

「じゃあ次は僕か……。」


 わたるが続くことで、どうやら完全に流れはできあがったようだ。


⦿


「4番、岬守さきもりわたる21歳。大学生。理学部だけど専攻はまだない。よろしく。」


「5番、虎駕こが憲進けんしん22歳。同じく大学生、岬守さきもりとは同じ大学の同期だけどおれは法学部だ。よろしく。」


「6番、椿つばき陽子ようこ22歳。ていうか、何でアンタ達余計な事べらべら喋ってんの?」


⦿


「えー? だってお互いの事よく知った方が良いじゃないですか!」

「とにかく、わたしはこれで終わりにするから。」

「もー……。」


 今の流れに乗り気じゃない椿つばき陽子ようこに対し、二井原にいはら雛火ひなびは膨れ面になって不満をあからさまにした。

 漫画であれば「むー。」だとか「ぐぬぬ……。」だとか、そういう書き文字が脇に添えられていただろう。


 不機嫌な様子の雛火ひなびに促された次の7番は先程まで塞ぎ込んでいた女だった。

 彼女は座ったままか細い声で自己紹介を始めた。


⦿


三日月みかづき由奈ゆな29歳、大企業でバリバリ働いて同棲中のバンドマン彼氏の夢を応援したい人生でした……。」


⦿


「うわ、ヒモかよ……。」


 3番、虻球磨あぶくま新兒しんじが思わず漏らした。

 学校を出たら働くつもりの彼からしてみればヒモ男の生き方は理解できないし、そんな人間を養う女はもっと理解できなかったらしい。


「彼の何がわかるのよ! いい男だったのよ! あの時だってわたしを逃がそうとして……うぅっ……。」


 三日月みかづき由奈ゆなは言葉を詰まらせ、悲痛な呻き声をあげて再び塞ぎ込んで泣き始めてしまった。

 察するに巻き込まれて殺されてしまったのだろう。


「わ、悪かったよ…。そんな事情があったのか……。」


 これには流石に新兒しんじもばつが悪くなったようだ。


「おーい!」


 折野おりのが水を差すように声を上げた。


「これ、おれもやるのか?」


 ただでさえ微妙な空気になった場をさらにややこしくする折野おりのの態度。

 それを遮ったのは虎駕こがだった。


「あ、悪いな。そういえばアンタが言う事おれが全部言っちまってたっけ。」

「いい度胸だなあんちゃん……。ちなみに31歳、この中じゃ最年長者だぞ。すべからく敬え。」

「そんな義務はないね。」


 笑う折野おりのと明らかに彼を嫌う虎駕の間に険悪な空気が流れ、さらにややこしいことになる気配がしていた。

 そんな中、椿つばき陽子ようこが話を戻そうとする。


「ちょっとアンタ達! 自己紹介が終わったんなら本題に入りましょうよ。アンタ達はどうすんの? この薬。」


 すっかり忘れていた。

 あの男が言っていた、飲まなければ確実にこの後死ぬという胡散臭い薬の話だ。


「人攫いの言うことだぞ? 信用できるか?」

「同感だな。」

わたしも。」


 慎重派は虎駕こが新兒しんじ、それと双葉ふたばも薬を飲むことをためらっていた。


わたしは飲んでおいた方が良いと思う。そもそも、毒殺するつもりなら今まで生かしておく必要は無くていくらでも殺す機会はあったはず。」

「おお、急にべらべら喋るようになったな姉ちゃん。だがおれも同意見だ。それにおれは生きる機会をくれた犯人様の言う通りにした方が良いと思ってるぜ。」

「ちょっと怖いけど、確かにこんな風に人を集めていきなり毒殺も無いかなって。」


 椿つばき折野おりの雛火ひなびは薬を飲む気でいるようだ。


「どうでもいい、何もかも……。」


 三日月みかづきはもう全てを諦めて、生きる気力すらない様子だった。


「うーん……。」


 わたるは態度を決めかねていた。


「飲むこと躊躇ためらってんならそいつらと同じでしょ。三日月みかづきさん、仮に飲む飲まないを決めるとしたらどうする?」


 椿つばきは何かを考えたようで、三日月みかづきに態度を決めさせたがっている。


「どうでもいいからそっちで決めて……。言う通りにするから……。」


 心底投げやりといった答えが返ってきた。

 椿つばきの腹は決まったようだ。


「じゃあこうしましょう。わたし折野おりの二井原にいはら三日月みかづきの四人がまず薬を飲む。それで何事も無ければ後の四人、虎駕こが虻球磨あぶくま久住くずみ岬守さきもりも飲む。」

「ほー、上手くまとめたな。いいんじゃねえか? 下らねえことやってる内に時間が過ぎちまったからさっさと飲もうや。」


 一々茶々を入れる折野おりのだったが、椿つばきは構わず薬剤包装から錠剤を取り出し、それを口に含んだ。

 そしてバケツの水を柄杓ひしゃくで掬い、飲み込んだ。


「うわ、みんな同じ柄杓ひしゃくで取るの? 嫌だなあ……。」


 双葉ふたばは周囲を見渡しながら嫌悪感をあらわにした。


「唾で飲めるんならいらねえだろ。」


 椿つばきに続いたのは折野おりのだった。

 彼は水には手を付けず、そのまま飲み込んだ。

 続く雛火ひなび三日月みかづきは水で飲み込んだ。


「何事もなさそうね……。」


 椿つばきは自分の体を確かめるように胸に手を当てて言った。


 その様子を見てわたるは薬剤包装から錠剤を取り出した。


「じゃぼく達も飲もう。」

 

 その様子に双葉ふたばはやや慌てて錠剤を口に含み、水をすくって飲み込んだ。

 わたるはその様子に違和感を覚えながらも錠剤をそのまま飲み込んだ。

 残りの二人も渋々後に続いた。



⦿⦿



 争いの種は無くなり、再びわたるは何をするでもなく天井の雨漏りを見つめていた。


 部屋では双葉ふたば雛火ひなびが何やらアニメや漫画の話で盛り上がっているようだ。

 それと虎駕こが新兒しんじに何やら歴史問題や安全保障について一方的に話している。


「やべー予感がするな……。」


 天井を見上げるわたるに話しかけたのは折野おりのだった。


「窓から外を見たところ今雨は降っちゃいねえ。じゃこれはなんだ? 少し前まで結構きつく降ったってことだ。そしてここは山ん中……。」


 丁度言い終わるや否やのタイミングだった。

 突如大きな爆発音の様な轟音が響き渡り、部屋は大きく傾く。


「きゃあ‼」

「何だ⁉」


 双葉ふたば新兒しんじが叫びながら壁に叩き付けられる。


「畜生、土砂崩れか‼」


 折野おりのが気付いた時には既に完全に建物は落下し始めており、八人は死の谷底へと真っ逆さまに落ちて行った。





⦿⦿⦿





 わたるは不思議な感覚に包まれていた。


 誰かが自分を優しく包み込むように抱き締めている。

 まるで幼い頃に戻ったようだった。


 そして懐かしき幼い少女のイメージがわたる微笑ほほえみかけていた。


魅琴みこと……?」


 その面影に気付くと同時に、わたるは瓦礫の中で意識を取り戻していた。




⦿⦿⦿




 どうにか這い出すと、既に何人かはわたると同じようにボロボロになりながらもなんとか瓦礫から抜け出していた。

 わたるは五人目だった。


「他のみんなは?」


 そう言うとほぼ同時に新兒しんじがどけた瓦礫がれきから双葉ふたばが這い出てきた。

 歪んで割れてしまった眼鏡から悲しそうにほこりを払っていた。


 わたるもまた助けを呼ぶ声に気付き、急いで瓦礫を動かした。


「死ぬかと思ったー‼」


 三日月みかづきわたるに抱き着いてきた。

 年上の威厳も何もない姿で彼女はわたるに泣きすがっていた。


 わたるの視線の向こうでは虎駕こが椿つばき折野おりのがへとへとの様子でたたずんでいる。


 一人足りない――。わたるに嫌な予感がよぎった。

 同時に、予想された、しかし決して見たくはなかったむごい光景が視界に飛び込んで来た。


 わたるがそれを見るのは二十一年という人生で二人目である。

 だがほんの少し前まで元気に動いていた人間については全く初めての事だ。


 二井原にいはら雛火ひなびは頭から大量の血を流し、瞳から光を失い、事切れていた。

 人形のように動かない命を失った幼い体が、一欠片ひとかけらの力も無く横たわっていた。

 青白い顔の目尻からあふれた赤黒い筋は、年端も行かず終焉しゅうえんを迎えてしまったことに対する無念の涙のようにも見えた。


 先程語っていた彼女の夢は、余りにも理不尽な予期せぬ形で破れてしまった。

 他にもやりたいことは沢山あったろうに、二度と叶わないまま終わりを迎えてしまった。


 わたる雛火ひなびの遺体の目をそっと掌で閉ざし、一歩離れて手を合わせた。


 罪悪感と無力感にさいなまれる心を、六月にしてはあまりに冷たい風が吹き抜けていった。

 照りつける太陽すら冷たく感じてしまうほどの不条理に、誰も何もできない。


 残された七人が立ち尽くす中、聞き覚えのある声が響き渡った。


「『守護神為しゅごしんい』の発動は全員確認できた。だが、一人不十分だったな。残念だ。」


 瓦礫がれきの上から犯人の男が再び現れ、飛び降りてきた。


「どういうことだ! おまえの仕業か‼」


 わたるは男の態度に怒りを覚え掴みかかる。


 男はその腕を軽くひねってわたるを地面に叩きつけた。


「やめておけ。今のおまえらでは束になってもおれには勝てん。おまえらは黙って我々の言うとおりにするしかないんだよ……。」


 藻掻き苦しむわたる

 その様子を見て、三日月みかづきは泣き崩れた。


「もうやだ……帰りたい……。」


 男はわたるを蹴飛ばすと、彼女の嘆きを嘲笑うかのように言葉を発した。


「帰れるさ、皇國こうこくを倒せばな。」


 突如告げられた突拍子もない目標。

 彼らは本気でそんなことを考えているのか。


「そういえばその瓦礫がれきの中で死んだ餓鬼が面白いことを始めていたな。おれも一つ自己紹介しておこう。おれの名は屋渡やわたり倫駆郎りんくろう皇國こうこくを打倒する同志を育てる革命戦士だ‼ そして歓迎しよう、新たな同志諸君! 我々は反皇國こうこく政府組織、『武装戦隊ぶそうせんたい狼ノ牙おおかみのきば』‼」


 高らかと名乗りを上げる声はどこまでもおどろおどろしく渓谷けいこくに響き渡った。




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二井原にいはら 雛火ひなび

西暦2010年(皇紀2670年) 3月3日生

身長 152㎝

3サイズ B99 W61 H96

血液型 B


屋渡やわたり 倫駆郎りんくろう

皇紀2654年(西暦1994年) 10月10日生

身長 186センチ

体重 84キロ

血液型 B


次回更新は、9月11日㈮

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