幻視。かつて、確かにそこに在ったもの。
澄乎
蜃気楼
茹だるような日が続いている。
「早く冬が来ないかな」
四肢を投げ出すきみの額に手を置いた。
「そんなこと、言わないでよ」
瞼を閉じてしまったきみは、わたしの表情なんか見えていない。
「わたし、夏はすきなんだよ」
口付けしても、きっと気づかない。
「だって、夏しか、きみに会えないんだもの」
この涙も、きみにはきっと届かないし、触れられない。
残酷だ。こんなに近くにいるのに。
こんなに抱き締めてあげたいのに。
「…嘘だよ」
眠ったと思っていた唇が小さく動く。
「季節なんか何だって良かった」
すぅと開いた瞼。瞳が天を見上げる。
視線は交差した。そうしてすれ違った。
「あなたが、隣に居たなら」
見つめ合うのに、交わらない。
それでも、きみが、わたしが、確かに触れ合えている、そんな幻覚がして。
「夏になると思い出すの。入道雲と、ラムネの味と、屋台の匂いと、あなたの笑い声」
きみの目元から、雫がシーツに落ちた。
「ずっと一緒なんて言葉、嫌いだったのにな。」
嘲笑は、君自身への皮肉だろう。
「君となら、なんて、考えたからなのかな」
「───ごめん、ね」
震える声を絞り出した。
いいや、震えるような声など、疾うに、疾うに、失ってしまったのだけれど。
「責めるつもりなんか無いの」
きみがひとつの写真を手に取る。
「あなたはきっと、いつも傍に居る。わたしの心が、あなたの傍にあるように」
青空の下、最後の写真。
笑いあう二人が手を取り合って、本当に、本当に、しあわせだった。
そうして時が過ぎて、わたしはまた来年、会いに来る。
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