復活、あるいは消滅 3
振り下ろされた腕を掴み、ナイフを押しとどめた。
だけど相手はバスケ部に所属する良二。チカラで帰宅部が勝てるわけもなく、若干の体格差もある。押し負けるのも時間の問題だ。突き立てようとする切っ先を見ながら、僕は冷や汗をかく。
なにができる、どうすればいい!?
必死にナイフを留めつつ、限られた数秒間に頭を働かせる。焦るなかで良い結論など出るわけもなく、僕は全身の体重をのせて良二の身体を突き飛ばした。
一瞬生まれる隙間。
手を伸ばせば届く距離が空くが、すぐにまた刺そうとしてくるだろう。咄嗟に蹴りを繰り出そうと足をもち上げ――
「ラァアッ!!」
下方から、
「か、はっ!」
やはり二対一では不利。小浪の横やりがクリーンヒットし、立つことすら難しくなる。
身体の奥から痛みと苦しみが押し寄せ、気が遠くなって。そこへ、さらに小浪の蹴りがとんできた。受け身をとることもできず、背後の壁に叩きつけられればもう立てない。その場に倒れ込み、荒い息とともに咳き込む。
決着はあっという間についた。
「っ、ぐ……」
その後も二人から数度の蹴り。内蔵に響く衝撃を立て続けに受けて、呼吸もできなくなる。喉の奥に酸の酸っぱさを感じ、意識が飛びそうになった。
「はぁ……! はぁぁああ……これ、これで、終わる」
「い、いいんだよな!? や、やややって!」
「いいに決まってんだろ! みんなやられてるんだぞ! こいつを殺せばきっと新しい行方不明者も出ないはずだ!」
「そ、そうだよな……! そうだよなぁ! こ、これは正当防衛だ、そうだ!」
「あの変な黒いやつも、これで――」
黒、い……やつ?
ダメだ、痛みが酷くてうまく理解できない。
殴られたり胸ぐらを掴まれたりすることはあったけど、ここまでされたのは初めてだ。
でも、どこかで……。
ああ、そうだ。夢か。
「っ、は、ぁ……」
ここ最近はあの影の夢ばかりを見せられているけれど、その前はよくこういう夢を見ていた。
高いところから突き落とされる。
首を絞められる。
今みたいに何度も蹴られたり。
思い出すのも嫌な残酷な夢だってあった。
そう考えると、あの影の夢もまだマシだったかもしれない。
男二人の足が、僕の方へ向くのが分かった。
グイッと、髪の毛ごと引っ張られ上を向かされる。狂気に満ちた二人の顔が僕を笑っている。
「ぅ……」
「――、……!」
もはや、なにを言っているのか聞き取れない。
良二がナイフを目の前に見せつけてくるが、目の焦点が合わずハッキリとは認識できず。
無力な僕は、もう抵抗することもできない。ただこのまま、死を待つのみだ。もしかしたら、これで良かったのかもしれない。こいつらの言うように、僕の死が行方不明事件を止めるのならそれでいい。
しのぎを殺した弟。
みんなが僕を恨んでいる。僕もそれを受け入れている。
影がどいつか知らないが、犠牲を以て『助け』を成すのであれば、僕は喜んでこの身を差し出そう。
生きるべきは、僕ではなかったんだから。
良二が、ナイフを握り直した。
日光の眩しさに眩む中、ソレは天高く振り上げられて――。
「いやぁぁぁぁぁあああああああああああああッ!!!!」
耳をつんざくような悲鳴で、現実に引き戻される。
同時、良二と小浪がバッと飛び退き、僕から距離をとった。
「……?」
なにがあった?
徐々に力が戻ってきた全身を起こすと、顔を青ざめさせた男二人が歯をガチガチ鳴らしていた。奥でうずくまる甘坂はさっき以上に震えている。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだ死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないシニタクナイ! こないでおねがい! もうイヤぁ!」
異様な光景だった。
僕はその場にいるだけなのに、三人は恐怖している。
甘坂は呪詛を吐くように懇願し、小浪は尻もちをついたまま後退し、良二はナイフを取り落として固まっている。
「なななななんだよ、なんなんだよ!」
「シニタクナイ、シニタクナイ」
「やめろ、たのむ、俺たちだけは……!」
見えないなにかに怯える彼ら。
そのウチの一人――甘坂が、足から宙に浮いた。
「ひっ……! やっ、やだっ、待って! ごめんなさい! おねがい謝るから許して!」
右足をなにかに掴まれ、逆さに吊られる甘坂。スカートがめくれているのも気にせず、手を振ってもがく。顔は恐怖でぐちゃぐちゃだった。
「や、やだぁああああああひぎぁっ」
「っ!?」
次の瞬間、甘坂の身体は地面に首から叩き落とされた。ゴキリと折れる音を最後に、地面の亡骸が空気に溶け――そして、消えた。
不可解な現象に我が目を疑う。
だが、直感で理解する。これと似た恐怖を僕は味わっている。それも一度じゃない。
「うああああああああああああああッ!!!!」
走って逃げ出した小浪が、ありえない吹っ飛び方をして校舎の壁に叩きつけられた。耳を背けたくなる音を最後に、飛び散った血ごと空気の色に呑まれる。
立て続けにゴリュ、と生々しい音がして、最後のカラダが沈み込んだ。見れば、良二の足元が揺らぐ土に沈み込み、徐々に地面へと引き込まれていた。ゆっくりと死を待つ身となり、絶望の顔で涙を流す。
「な、なん、ななななんで……」
見開かれた目が、僕の背後に向けられる。
次いで、しぼり出された言葉を聞いた途端、僕の背筋が凍った。
「……、のぎ」
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