復活、あるいは消滅 2

「それで、今回はなに」


 学校に着いて間もなく。

 僕が倉庫の外壁に背中を預けながら聞くと、取り囲むように立つ三人の人影が睨んだ。

 ここへ呼び出されるのも何度目だろうか。

 三糸ヶ先のウチの学校。体育館横からプールの方へと抜ける細道の先には、校舎からもプール側からも見えにくい死角が存在する。備品などをしまってある倉庫が並んでいるため、彼らは好んで使っているらしい。

 甘坂彩菜。岸川良二。いずれも僕の昔からの顔なじみで、噂を吹聴ふいちょうし続けている二人だ。昨日の事情聴取にも呼ばれていた。もう一人のがたいの良い男子生徒は……確か小浪勇こなみいさむとかいう名前だった気がする。たまに良二と一緒にいる生徒だ。服の上からも鍛えられていることがわかる。


「また刑事さんが来てるんじゃないの? こんなところで道草してる場合じゃないと思うんだけど」


 授業とはワケが違う。警察の人が僕らを待っているのに、それを無視してこんなことをしていいのだろうか。そんな疑問を投げかけたのだけど、返ってきたのは三人の敵意だけだ。

 普段は手紙を靴箱に入れて呼び出すが、ゴールデンウィーク中は教員玄関から入るため不可能。そのため、今日のこいつらは校門前で待ち伏せしていた。

 僕が聞かされていた時刻の少し前にやってくるなり、威圧で強制連行され……今に至っている。


「手っ取り早く終わらせて。殴れば満足だろ」

「るせぇよ」

「昔からそうだね良二。ここぞってときに、一瞬だけ躊躇する。だから手遅れになる」

「……」


 今日の良二はいつにも増して機嫌が悪い。ポケットに突っ込んだ拳が震えているのが傍目はためからでもよくわかる。

 正直、この時間は不愉快だ。できればさっさと終わらせたいと常々思っている。

 わざと煽るような話題を持ち出すのも、こいつらの鬱憤を吐き出させて解放されるためだった。


「しのぎに言いたいことがあったのなら、思い立ったそのときに言うべきだったんだ。でも君は――」

「黙れよ」


 血走った、獣のような眼孔が僕をめつける。怒り、苛立ち、負の感情が込められた目だ。

 もはやしのぎの死なんて関係ないのかもしれない。良二も、ほかの関係者も、ただ僕が嫌いなだけなのかもしれない。

 そう思わせるほどに、爆発しそうな感情を感じた。


 かと思うと。


「ハハハ……」


 ふいに、良二が脱力したように緊張を解く。そして、ニタリと不気味に笑った。


「……?」


 いつもとすこし異なる様子に、眉をひそめる。

 甘坂も小浪も同じだった。良二ほどではないにしろ、いつもより疲れているようにも見える。女子の甘坂は目の下にクマをつくり、よく観察すると髪も乱れている。小浪は冷静なように見えて、表情には明らかな疲労が表れている。


「なあ、御宇佐美ぃ。おまえってほんと不用心だよなぁ」

「ほんとよね。こんなにあっさりと上手くいくとは思わなかった」


 不用心?

 上手くいく?


「まさか……」


 腕時計を確認する。時刻は十一時を過ぎたところだった。


「く……ハハ、ハハハハ、ハハハハハハハハッ」


 良二が引きつるように笑った。

 ほかの二人も次いで笑う。

 僕は嫌な汗を感じながら、三人を警戒した。


「そう、そうだよたすくゥ! 警察なんて来ない! ぜんぶウソさ!」

「道理で……学校から直接の連絡じゃなかったのはそのためか!」

「ハァァアアー……!」

「っ、」


 おかしい。今日の彼らはいつも以上に変だ。

 暗く濁った目を見た瞬間に、『正気じゃない』と悟った。

 今すぐ走って逃げるべきだ、というのは分かる。でも、囲まれていて逃げ出せるかは五分五分といったところ。

 僕は隙を探しながら、冷静に努めて聞く。


「どうしてこんな回りくどいことをする……?」

「どうして? 決まってるだろーが」


 答えたのは小浪だった。

 不敵に笑いながら、手のひらをぶらぶらと揺らしている。


「近藤に渡辺……その次にミオ、甘坂の兄ちゃん……」

「いったいなんの、」

「消えてく……みんな消えていく……!」


 頭を抱えて呻く小浪。

 見れば、良二も甘坂も顔を真っ青にしていた。甘坂なんかは、しきりに周囲に目を配りはじめる。

 まるでなにかに怯えるように。


 そして今度は、まくし立てるかのごとく非難しはじめる。


「消えてくんだよぉ! みんなみんなみんな! この学校の生徒だけじゃねぇ、他校のヤツも、しのぎに関わったヤツはみんな消えてくんだ!」

「アンタがやったんでしょ!? あたしのお兄ちゃんも、花宮かみやも! ふざけないでよ!」

「――、え、あ、花宮?」


 今、花宮と言ったか?

 消えた。花宮が。いつ。どうして。あの影が? しのぎが?

 衝撃の事実に数々の疑問が浮かぶが、どう見ても聞ける状況ではなかった。


「はァ……はァ……はァ……!」

「いやだ、いやだいやだいやだ……あたしはまだ消えたくない……!」

「も、もうこれしか、これしかないんだ!」


 待て、待て待てまって。なんだこれ、どうなってる? どういう状況だ!?

 頭の中は混乱していて、でも動悸は激しくなっていく一方。ギョロリとした目が僕を照準した途端、背中に冷たいものが走る。


「おま、お前が消えれば……! あ、も消えるはず……!」

「なにを言ってるんだ!? 僕にはさっぱり――」


 じりじりと、小浪と良二が迫ってくる。

 明らかに情緒がおかしい。冷静さを欠いている。見えないなにかに怯える甘坂に、目の光を失い鼻息を荒くする男二人。

 これは、普通じゃない……!



「終わ、終わる! か、解放される!」

「お前が、し、しし、死ねばなぁぁぁぁぁあああああああああああッッッ!!!!」



 人気ひとけのない学校に響き渡る、良二の叫び。びりびりと衝撃にも似た迫力に身がすくむ。感じたことのない死の気配が自分の中で濃くなっていく。


 そして、恐怖に動けなくなりながら、僕は目にした。






 良二の手が振り下ろす、鋭利な刃を。



「――、っ!!」

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