[6-3]王女、恩人に会う
「準備は整ったことだし、すべての謎を解こうじゃないか」
不意に現れた男の人は、そう言ってわたしたちを驚かせた。
あまりに突然すぎる登場にみんな、すぐには反応できなくて。
真っ先に声をかけたのはキリアだった。
「……あの、どうしてここに?」
いつも冷静なキリアだけど、珍しく戸惑ってるみたい。
わたしたちの驚いた顔を見てもあまり気にならなかったのか、骨の両翼をもつお兄さんは首を傾げて不思議そうな顔をした。
「うん? ああ、一応玄関から訪ねたんだが、声をかけても返答がなかったから、入らせてもらった」
「そんなことを聞いてるわけじゃない」
「あはは。そうだろうな」
ぴしゃりと言い返されてもなんのその、お兄さんは腰に手を当てて快活に笑っている。
というより、仲のいいライさん以外にキリアが遠慮なくツッコミを入れるのは、なんだか意外かも。
もしかして二人は、もともと知り合いだったりするのかしら。
「人の前に姿をさらしたくないと言うから、貴方のことは姫やみんなに伏せておいたんだ。なのに、なぜこうしてのこのこ出てきたりするんだ」
「それには深い事情があるのさ。それに許可はすでにもらってるんでね。ちゃんと説明するから話を聞けって」
にぃっと笑みを浮かべるお兄さんに、彼を黙って睨みつけるキリア。
ずっとそうしてるかと思ったけど、案外早く諦めたみたいだった。
「まったく、仕方ないな。いにしえの竜はみんな貴方みたいにマイペースなのか」
「さて、どうかな」
いにしえの竜? このお兄さんが?
疑問だらけだったけど、きっとそれは誰もがそうだったと思う。
海のように深いため息をついたあと、わたしや他のみんなを見て言った。
「突然現れてびっくりしたと思うし、会うのはみんな初めてだろうから紹介するよ。彼はグラスリード近海の海底洞窟に棲んでいる、いにしえの冥王竜だ」
いにしえの、冥王竜……?
ということは、空っぽになっていた巣の持ち主——いにしえの光竜の仲間、ってことになるのかしら。
「へぇ! 翼や角あるしニンゲンじゃねえと思ってたけど、やっぱりいにしえの竜か。初めて見るぜ!」
腕を組んでハウラさんは嬉しそうに目を輝かせている。
地質学を研究している彼女は職業柄、いにしえの竜のことはチェックしてるって言ってたものね。
「その通り。島の外になるけど、グラスリード国にいにしえの竜がもう一匹棲んでいたんだ。そして姫様、これはきみに関係のあることなんだけど」
「え?」
「彼、冥王竜は姫様の恩人でもあるんだよ」
わたしの、恩人?
「どういうことなの?」
「海に落ちたきみを直接助けたのは、冥王竜なんだ。俺は彼から依頼されてきみを保護し、看病していたんだよ」
真実をすべて打ち明けてくれたのは、たぶん初めて。なにを聞いてもわたしを拾った経緯をくわしくキリアは教えてくれてなかったから。
そういえば最初に言ってたっけ。ある人に頼まれてわたしのことを助けてくれたって。
それって、冥王竜のことだったのね。
「あ、それ言っちゃうのか」
「当たり前じゃないか。人に自分の存在がバレたらマズいって言うから、俺は姫様には内緒にしていたのに」
「うん、まあバレたらマズいのは本当さ。俺達いにしえの竜は人よりも強い存在だからな。そもそも人族の、しかも一国の事情に首を突っ込んだりすると怒られるし」
「じゃあ、どうして助けてくれたの?」
正直いって、海に落とされてからの記憶はあまりない。声だって初めて聞くし、こうして面と向かっても実感がわかない。
でも、最初に気づくべきだった。
わたしが突き落とされたのは、崖下の荒れ狂う海の中だった。グラスリードの海は凍るほどに冷たい上に、その中に入れば問答無用で激しい波に叩きつけられる。まず無事では済むはずがない。
どう考えても、普通の人が海に飛び込んで助けられるような場所じゃない。命が助かっただけでも奇跡みたいなものだったのだし。
「んー、なぜときたか。知ったところでどうする? 俺が助けたいと思ったからじゃダメか?」
「でもさっき、人の事情に介入したら怒られるって言ってたわ。気まぐれで助けてくれたわけじゃないんでしょう?」
人を超越した存在、いにしえの竜を叱り付けるひとって、どんなひとなのかしら。
細かい部分はあとで聞くとして、彼ならわたしの知らないことを全部知ってるのかもしれない。
「あなたはすべての謎を解こうって言ってくれたわ。お願い、冥王竜。どうしてわたしを助けてくれたのか、今この国で何が起きているのか、ぜんぶ知りたいの」
真実が知りたい。
この人がわたしを助けてくれたのなら、ちゃんと感謝を表してお礼をしなければ。
相手が人だろうと、人以外のなにかであろうと、恩を返さなくちゃいけない。
じっと見つめてると、冥王竜はくすりと笑った。紺青色の瞳を和ませてわたしを見る。
「なるほど、やはりあの子の娘だな。芯が強いのは母親似かな」
「あの子?」
「あんたの母親だよ。彼女——ルルは、この島の近海に棲む元精霊だったんだろう? 俺は彼女に頼まれてあんたを助けたのさ」
「母さまに!?」
やっぱり、母さまは無事だったんだわ。
でもどうして、母さまが冥王竜に? 同じ海に棲んでいたから?
ワケが分からず首を傾げていると、手帳をパタンと閉じてケイトさんが立ち上がった。
「やはり王妃は海に逃げていたんだな」
「ああ。城を反乱軍によって制圧されてしまった時にね。水精霊……特にマーメイド達にとって海は自分達の庭のようなもの。国王に海に逃げるよう指示されたと、あの子は言っていたよ。今は俺の巣穴に匿ってる。だから心配はいらない」
「良かった……」
心から胸を撫で下ろすと、冥王竜はにこりと笑って太い尻尾を一振りした。
椅子に座ったまま黙り込んでいたライさんが、「ああ、そうか」とぽつりと呟く。
「なるほど、城が制圧された時、姫様は別荘で療養中だった。一人だけ取りこぼしたから、ロディは単独で別荘まで移動し、海に突き落として殺そうとしたってワケか」
「そういうことだ。まあ俺としては竜型だと海の中は比較的動きやすいし、時間も十分間に合った。無事に助けることができたのは良かったんだけど、医者じゃないからさすがの俺も病気までは診れなくてね。たまたま見かけたキリアに少し事情を説明して、姫を匿ってもらうことにしたんだ」
そう言うと、冥王竜はすっと瞳を細めて口角を上げる。
腕を組み、みんなを——特にわたしを見て、
「この島に根付き、今や暴走してしまっている古代の呪い。それを解くため、俺がすべての準備を整えるためにね」
そう言い切ってしまったのだった。
根付いてた呪いが、暴走……?
何のことかさっぱり分からない。狼だけじゃおさまらないくらい、実は呪いって深刻なものなのかしら。
「その話は初耳なんだけど」
地を這うような低い声だった。キリアが冥王竜をきつく睨みつけてるけど、本人は気にしてないみたい。
何を言われてもにこやかな笑顔を崩さない。
「悪い悪い。あんたにも聞かせられる話じゃなかったからさ」
「まあ、作戦のうちなら別にいいさ。で、どういう風の吹き回しなんだい? さっき自分でも言ってたように、いにしえの竜は俺達人族の事情には介入できないんだろう?」
「あ、それについてはオレも知りたいところだな」
「たしか、いにしえの竜は持っている力が強すぎるから、世界の管理者による規制が厳しいって聞いたぜ?」
「世界の管理者……、ああ、精霊王の統括者のことか」
くすりと笑ってかれが言い換えたその言葉に、わたしはハッとした。だって、その人は賢者や魔法を志す人なら誰だって知っている人だったんだもの。
けれど、口に出す前に先にハウラさんに質問を投げかけたのはガルくんだった。
「精霊王の統括者って?」
「オレたちの周りにはありとあらゆる精霊がいるだろ? その精霊達にも王サマがいるんだよ。精霊王って言うんだけどな。で、その精霊王達を統括してるから〝精霊王の統括者〟ていうワケだ」
彼女の説明にこくこくと頷く。
続きはわたしの口から話すことにした。
「その方は光と闇の精霊王でもあるのよ。普段は世界の中心にあると言われている『
「そうなんだ。ハウラさんはともかくティアちゃんも物知りだね。すごいなぁ」
「そんなことないよ、わたしはこれでも精霊使いの一人だからね。それに、歴史のお勉強で先生から教えてもらったことがあるのよ」
キラキラした目を向けられて、思わず目を泳がせてしまった。
ガルくんってもともと素直なのか、悪びれず面と向かって全力で褒めてくるから時々困っちゃう。恥ずかしいというか、照れくさいというか……。
ううん、こんなこと考えてる場合じゃないわね。話の筋を元に戻さなくちゃ。
「でも、どうして統括者がいにしえの竜に対して規制を厳しくするのかしら?」
ふと頭に残った疑問をそのまま口にすると、今度は冥王竜が答えてくれた。
「それはね、ティア。さっきも言ったように俺達いにしえの竜の力が強すぎるからなんだよ」
「どういうこと?」
「統括者の役目は世界の在り方を見守ることだ。それには力の均衡を見守ることも含まれる。だから、いにしえの竜が出しゃばって人族の生活に踏み込んで影響を与えないよう見張ったり、場合によっては制限を課したりしてるってわけ。そういう事情があるから、下手にあんたたち人族の事情に介入したら統括者にドヤされるんだ。例外を除いては、ね」
なんだか、含みのある言い方ね。言葉の裏にあるものが分かるような分からないような……。
きっとわたしと同じことを考えて彼の言いたいことを察したんだと思う。
かれの言葉にキリアはすぐに反応した。
「ということは、つまり、現在グラスリードで起きたことは例外にあたる、と。貴方はそう考えているんだね?」
その言葉に、冥王竜は口角を上げて頷いた。
「今回の事情には、古代よりこの島に深く根付く呪いが関係しているんだよ。そのため、精霊王の統括者は俺が人族に手を貸すことを承諾してくれた。それにあんたたちも、その呪いの謎を解き明かそうとしていたんだろう?」
「ああ、その通りだ」
ハウラさんが頷く。彼女が動くと、炎翼鳥のララがハウラさんの肩から下りてテーブルの上にぽてっと落ちた。
ううん、落ちたんじゃなく降りたの、かな……?
そんな炎精霊の動きを微笑みながら見て、いにしえの竜はすぐに視線をハウラさんへと戻した。
「俺はいにしえの時代よりこの島の近海に棲んでいた竜だ。もちろん呪いの正体も解ってる。ハウラ、答え合わせをしてみないか?」
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