2章 追放王女は王都へ行く
[2-1]王女、魔法を体験する
うう、どうしよう。
風邪引いた時みたいに、顔が熱い。
きっと、今のわたしは耳まで真っ赤になってると思う。
「さて、と」
床に膝をついて屈んでいたキリアは、そう言って立ち上がった。
「善は急げと言うし、早いところ移動したいところだけど。姫様は病み上がりだから今日一日ゆっくり休んで、明日出発しようか」
「う、うん、わかった」
つった両目を少し細めて、彼はそう言ってくれた。
看病をしてくれたのもあるけど、キリアの言葉はわたしのことを本当に気遣ってくれているのが伝わってきて。
そんなところも好き――、と思ってしまう。
ああ、なんてこと考えてるの!?
今グラスリードがかつてないほどに非常事態だというのに、不謹慎にもほどがあるわ、わたし!
「ん?」
悶々と一人ツッコミをしていると、急にキリアが顔を近づけてきた。
整った彼の顔が、すぐ近くに。細い黒髪がわたしの顔に触れそう。
どきり、と心臓がはね、続いてバクバクと鼓動が早まる。
「姫様、また熱が出てきたのかな? 顔が赤いな」
違います!
熱いけど、これはあなたのせいなんです!!
だから、むやみに近づいてこないでー!
――と、こんな恥ずかしいこと臆病なわたしが言えるわけない。
もう、直に顔を見るのも無理だった。
下を向いたまま黙り込んでいるわたしに何を思ったのか、キリアはため息をひとつつく。
すぐに立ち上がって離れたようだった。
「やっぱり一日は安静に休んだ方がいいね。こんなところに姫様がいるなんて誰も思わないだろうけど、俺がちゃんと見張っておくから。安心して」
こっちはさっきからドキドキしてるというのに、爽やかな笑顔でそう言われ、なんだかもやもやした。
* * *
扉の向こうに好きな人がいる。
そう考えただけでドキドキして眠れない――、なんてことはなかった。
自分でも呆れてしまうくらい寝付きがよくて、ぐっすり眠ってしまった。
もともと風邪引いてた上に、凍るような冷たい海に落とされたんだもんね。
思ってたより身体にダメージが残ってたのかも。
すぐ熱を出しちゃう体質のわたしにしては、もう熱っぽくないしだるくもない。悪くないコンディションだと思う。
起き出して身支度をしていると、キリアが昨日と同じように紙袋を持って部屋に入ってきた。
紙袋から市場で買ってきたパンとミルクを取り出し二人で食べて、簡単に朝食を済ませる。
ほんとは野菜も欲しかったけど、手軽に食べられるものが売ってなかったみたい。
「そういえば、わたしたちはどこに向かうの?」
ホットミルクを飲みながら、わたしは思いきってキリアに聞いてみた。
「王都だよ」
にこ、と微笑んでキリアは簡潔にそう答えた。
きれいな顔に見惚れそうになりつつも、その二文字の単語にわたしは石のように固まる。
「でも王都って危険なんじゃ……」
今グラスリードが政変が起きて、新しい国王が城の玉座に座っている。王城のある王都は、いわゆるその新国王の
旧王統のわたしなんかはきっと真っ先に狙われるだろうし、今も捕まえようとして探しているかもしれない。
「大丈夫。姫様のことは全力で守るから」
満面の笑みで、キリアはあっさりと言いきってしまった。
極上の微笑みがキラキラして見える。
ああ、あなたはなんで、そんなに笑顔がまぶしいの。
「それにね、貴方のことを頼まれた時に、友人に一足先に王都に向かってもらったんだ。国王陛下のことも気になるし、まずは情報が欲しいからね。だから王都で合流して、得た情報をもとに具体的な方針を決めようかと思って」
「そっか、そういうことだったんだね。わかった」
国を取り戻したい、とわたしが言ったのは昨日のことだ。なのに、もう王都に人を向かわせていただなんて。
行動が早いと言うより、キリアはまるで未来が見えてるみたい。ちゃんと先手を打っている。
「食事が終わったら早速出かけよう」
その提案に、わたしは素直に頷いた。
意外なことだったんだけど、わたしたちが滞在していた家はキリアのものではなく、一時的に町の人に借りていたものだったらしい。
簡単な掃除をしてから持ち主に鍵を返して、わたしたちは出かけた。
わたしは着の身着のままで、これといってお金も荷物も持ってない。
意外にもキリアもたいしてわたしと変わらなくて、持ち物は武器の剣とそんなに大きくない黒の手提げ鞄だけだった。彼はお医者さんでもあるらしいから、医療鞄なのかもしれない。
「旅なのに、荷物これだけで大丈夫かな?」
ルカニから王都リンタモまで結構遠い。
わたしも別荘までは毛布にくるまって馬車で移動してきたもの。たしかかかった時間は三日くらいだったかな。
今は当然馬車はないし、移動手段はたぶん自分の足だけだ。
今日は吹雪いてないものの雪が降ってる。
マントは買ったから寒くないけど、こんな頼りない旅装で無事に王都にたどり着けるんだろうか。
「大丈夫だよ。王都には俺も行ったことあるし、【
テレポート。
それは魔族が使える、行った記憶があるのなら一瞬のうちにどこにでも移動できちゃう便利な魔法だ。
もちろんわたしは人間だから使えない。
「魔族の【
「わかった。よろしく、キリア」
見上げると、雪舞う空の下、彼は穏やかに微笑んだ。
キリアはつった両目を細めて、わたしの目の前に手を差し出す。
「さあ、姫様。お手をどうぞ」
「う、うん……」
なんで照れてるの、わたし。
こんなの、お城の騎士たちとも何度もあったやり取りじゃない。
キリアの手に自分の手をのせると、彼はぎゅっと握ってくれた。そしてそのまま引っ張られて腰に腕を回される。
ええっ、ちょっと待って!?
な、なななな何これ!
もしかしなくても、わたし抱きしめられてない!?
どういうことなのか見上げても、キリアは顔色ひとつ変わっていなかった。それどころか、涼しげな顔でぶつぶつとなにか唱え始めてる。たぶん
なんでこの人は、こんなことを平然とやってのけちゃうのかしら!?
至近距離どころか、今までになく密着した状態に、
トクトクという音が、はっきりと聞こえてくる。
これはわたしの心臓の音?
それともキリアの……?
パニック状態で、心が落ち着くわけがなかった。
無事に魔法が発動して身体に浮遊感を覚えたのは、その直後のことだった。
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