[1-2]王女、着替える
「俺の名前はキリア。とある人に貴方の看病と保護を依頼された者だよ」
――キリア。
それが彼の名前。
心の中で繰り返し、呪文のように唱えてみる。
看病と保護ということは、キリアさんがわたしを助け看病してくれたらしい。
熱が下がっているのはそのせいなのかな。
「とある人って、誰?」
「それについては本人に名前を伏せておくように言われているから話せないんだ」
「……そう」
父さまやクローディアスじゃなさそうね。
そういえば、わたしはどのくらいの時間眠っていたのだろう。
別荘にはクローディアスも一緒について来ていたのだけど、彼はどこにいるのかしら。
「――あの、」
言いかけてから、気づいた。キリアさんはこうしてる今も両手を挙げたままだ。
親切に助けてくれたのに来るなと拒絶する、なんて。
わたしが彼にしてることって、もしかしてひどい仕打ちなんじゃないかしら。
そう思った途端、胸のあたりがぎゅっと苦しくなる。
「ご、ごめんなさい! 助けてくれたのにひどいこと言って」
「べつに構わないよ。俺は魔族で貴方は人間だ。特に吸血鬼の魔族の評判は悪いからね、怖がるのも無理はないさ」
ちっとも不満そうな様子を見せず、キリアさんはそう言ってくれた。
それでも罪悪感が抜けなくて頭を下げていると、再び話しかけられる。
「とりあえず、いろいろ聞きたいことがあるだろうし、俺としても今の状況を説明しておきたい。でもその前に貴方の主治医としてまだやるべきことがあってね。少し近づいてもいいかな?」
そ、そうだよね。わたし熱出してたもんね。
こくこくと頷くと、キリアさんは手をゆっくりと下げ丸テーブルに置いた紙袋を取り上げた。
中に手を入れてごそごそと中から出したのは、服のようだった。
淡い色合いのもので、女性もののような……。
「薄着でも寒くないように部屋を温めてから出かけたんだけど、さすがにちゃんとした服を着ないと風邪をぶり返してしまうからね。近くの市場で買ってきたんだけど」
え。薄着……?
おそるおそる下を向いて、わたしは自分の着ているものをたしかめる。
別荘にいた時には簡素なワンピースだったのが、今は襟付きの白いシャツ一枚だけ。
見覚えはないし、ぶかぶかで袖があまりまくっていて、かろうじて指が見えている程度。
女性ものじゃないことは、もう明らかだった。
「きゃあああああああっ」
がばりと布団の中に急いでもぐる。
え、うそっ。なんで!?
なんでわたし服着てないの!?
いや着てるけど、これわたしの服じゃないし!
「えーと、大丈夫? 一人で着られる、かな……?」
遠慮がちな声に対し、わたしはがばっと布団から顔だけ出す。
かあっと熱くなるのを感じながら、夢中で叫んだ。
「当たり前でしょ! 一人で着れます!!」
ああ、もう恥ずかしすぎる。
穴があったら入りたい。ううん、入ってしまったら凍ってしまうわ。
もうこのまま冬眠する。
* * *
「落ち着いた?」
「……うん。本当に、ごめんなさい」
一通り着替え終わって、わたしはもう一度キリアさんに頭を下げた。
もちろん着替えている間、彼は部屋を出てくれていた。
すっかり熱が下がったと思ってたけど、病み上がりのせいか足下がふらふらしていつもより時間がかかってしまったのが申し訳ない。
あたたかいのはこの部屋だけ。きっと彼は廊下で待っている間、寒い思いをしていたに違いないわ。
「別に構わないよ。びっくりさせたのは俺の方だしね」
再び姿を現した彼はカップを二つのせたトレイを持っていた。
わたしが着替えに手間取っていた間に、なにか淹れてきたみたい。
ふんわりと甘い香りがただよってくる。
「ひとまずこれ飲んで。あたたまると思うよ」
「……ありがと」
湯気の立つカップを受け取ってのぞき込むと、ココアだった。
息を吹きかけて少し冷ましてから、口につけてゆっくりカップを傾ける。
とろりとした甘い味が香りと一緒に入ってきて、飲み込むとじんわりとお腹があたたかくなる。
全身にしみわたっていく熱に、ホッとした。
「言い訳じゃないけど、とりあえず弁解だけさせてもらうとね」
わたしが落ち着くのを待ってくれていたのか、キリアさんはそう切り出した。
「この寒い中で貴方は全身びしょ濡れだったから、凍傷になりかねなかったんだ。いや、もう凍傷になりかけてた、かな。とにかく、急いで温める必要があったんだよ。許可なく脱がせたのは申し訳なかったけど」
そ、そうだよね。
今でも助かったのが信じられないくらいだし。
「でも。キリアさん、どうやって温めたの……?」
ふと気になって聞いてみると、彼はにこりと笑った。
「それは内緒」
ええー、気になるんだけどっ。
ああでも、笑った顔もきれい。魔族ってこわいけど、美形なひとが多いってほんとなんだなぁ。
「あ、それとキリアでいいよ。貴方は王女様なんだし」
「――え?」
知ってたの?
わたしがグラスリードの王族、国王の一人娘だってことを。
口に出す前に、彼にはわたしの言いたいことが分かっていたみたい。
キリアはわずかにつった両目を細めて、くすりと笑った。
「言っただろう? とある人に貴方を助けるように依頼されたって。ティア・フェラー・ファーニヴァル王女殿下、貴方には今ここグラスリードで起こっていることすべてを知る権利がある。知っていることだけになるけど、教えるよ」
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