追放王女は吸血鬼騎士に連れられて、もふもふたちと祖国奪還を目指します!

依月さかな

1章 追放王女と吸血鬼騎士

[1-1]王女、吸血鬼騎士に拾われる

 大好きだった憧れのひとに裏切られ、わたしは冷たい海に突き落とされた。

 たぶん、初恋だった。





 わたしが暮らすここグラスリードは、一年中氷と雪で閉ざされていて、春の来ない国だなんて言われている。


 ただでさえ寒いのに、もともとあまり身体が丈夫じゃないせいか真冬になるときまって体調を崩してしまって、この日もそうだった。

 特にここ数日は薬を飲んでいくら眠っていても、熱がちっとも引かなくて。


 心配した父さまは、別荘で療養するように手配してくれた。


 別荘はルカニという街にある。

 この小さな街はグラスリード国内でも一番温かい街。雪は相変わらずたくさん積もってるけど、気温は高いから王都よりも過ごしやすかった。


 父さまはわたしに供をつけてくれた。

 子どもの頃からずっとそばで護衛についてくれている、同い年の騎士クローディアス。

 そして大好きな憧れのひと、ロディ兄さまだった。


 兄さまは従兄で、一人っ子だったわたしのそばにいていつも親切にしてくれた。

 お仕事で忙しい父さまや母さまに代わって、熱を出すといつもわたしの看病をしてくれていたの。


 だから別荘についていくと言った時、わたしは兄さまに何の疑いを持っていなかった。


 あのセリフを聞くまでは。






「おまえには死んでもらうよ、ティア」


 最初は耳を疑った。

 え、と聞き返すと、兄さまは口を歪めて冷たく笑っていた。


 いつもは穏やかで花が咲いたようにきれいに笑うのに、この時は別人みたいだった。


「聞こえなかったのか? おまえには死んでもらうと言ったんだ」


 冷たい言葉と凍るような風が、肌に、こころに突き刺さる。

 背後から聞こえてくる波の音は大きいのに、兄さまの言葉ははっきりと耳に届いた。

 聞き間違いじゃなかったみたい。


「……どうして、そんなこと言うの。兄さま」

「邪魔だからだよ。もうおまえは必要じゃない。いや、むしろ生きていられると困るんだ」


 なんで。

 どうして、そんなひどいこと言うの?

 わけがわからないよ。


 宝石みたいな琥珀こはく色の瞳が、今日に限ってギラリと光っていてこわかった。

 兄さまがじりじりと近づいてくる分だけ、わたしも後ずさる。


 そうしてるとついに左足に地面がなくなって、踏んだ小石が小さな音をたてて落下して、泡立つ波の中へ消えていってしまった。

 激しく波しぶきをたてる真冬の海。あの中に落ちたりしたら、まず助からない。


 どうしよう。そう思って振り返った時。


 ドン、と強い力で突き飛ばされた。


「――あ」


 気がつくと、身体が宙に浮いていた。

 重力に従い真っ逆さまに落ちていく。その一瞬に思える間、


「さようなら、ティア。おまえの両親もすぐ後を追わせてやるよ」


 ロディ兄さまが言い放ったそのセリフが、ずっと頭に焼き付いている。


 崖から突き落とされたわたしの身体は、真冬の冷たい海に叩き付けられたのだった。




 * * *




「海の精霊たちはね、どんなことがあってもティアの味方なのよ」


 うんと小さい頃、いつも寝る前に母さまはそう言っていた。

 グラスリードの海はひどく冷たいけど、そこで暮らす精霊たちはいつもわたしのことを大切に思ってるって。


 でも、そんなのは嘘だ。

 身体中は痛いところだらけだし、今はこんなにも寒い。火照っていた身体はひどく震えていて、今にも心臓が止まってしまいそう。


 父さまと母さま。

 いつもそばにいてくれた幼なじみの騎士、クローディアス。

 まだみんなと別れたくない。


 死にたくないよ。


 こんな最悪すぎる失恋の果てにぜんぶ終わっちゃうなんて、絶対にいやだ。




 助けてくれるのなら、誰でもいい。


 おねがい。

 誰でもいいから。


 だれか、たすけて――!!


 


 そう心の中で叫んだ時、ふわりと身体が浮かんだ気がした。


 また熱が出てきたのかな。

 じんわりと指先があたたかい。


 へんなの。ここは氷点下の海の中なのに、あたたかい、なんて――。




 * * *




 パチパチ、という音で意識が覚醒する。


 目を開けると、木目調の天井に暖色の光が灯る照明がひとつ。

 別荘じゃない。見覚えのない部屋だった。


(……あれ。わたし、生きてる?)


 夢の中ではあんなに寒かったのに、身体は震えていなかった。部屋の中はとってもあったかい。

 いつのまにか熱は引いていたみたいで、顔が火照るような熱さも感じなかった。


 わたしはベッドに寝かされていて、身体にはふわふわの毛布と布団がかけられている。

 頭を動かして室内を見渡すと小さな暖炉がひとつあった。

 暖炉には火がついていて、今も音を立てて燃え続けている。音の正体はこれかな。


 あとは本棚がひとつ。それから丸テーブルひとつに、椅子がふたつ。

 家具はそのくらいしか見当たらなかった。


 ここはどこなんだろう。


 わたしが使ってた部屋より、だいぶ狭いみたい。

 騎士のみんなが使ってる馬舎ももうちょっと広かったような……。


 そうして一通り部屋を確認し終わった時、突然カチャリと音がして、部屋のドアが開いた。


「ああ、良かった。目が覚めたんだね」


 入ってきたのは、すらりとした男の人だった。もちろん知り合いじゃない。


 父さまよりも少し若い気がする。

 髪は短い黒で、つった両眼は深い青。鼻筋が通ってて、肌が白くて、顔立ちがとてもきれいなひと。


 ただ、違和感を覚えたのは耳だった。

 人間のわたしとちがって、彼の耳は短く尖っている。


「――っ!」


 その特徴には覚えがあった。


 耳が尖った特徴を持つ、魔法が得意な闇の民――、魔族だ。

 彼らは自分以外の種族を狩って、自分の力に変えるという。


 何度も、父さまに口酸っぱく教えられてきた。


 魔族は一瞬のうちに移動できる魔法を使えるから、危険だと感じたら逃げるんじゃなく姿を隠さなくちゃいけない。

 なかでも特に注意しないといけないのは、鋭い爪と牙を持つ吸血鬼の魔族で――。


「こ、こないで!」


 コツコツと靴音を立てながら近づいてくるから、がばりと起きてわたしは声を荒げた。


 なんで!?

 たしか、海に落ちたはずだよね?

 それなのに、どうしてわたし、魔族の家にいるの!?


 一難去ってまた一難。再び命の危機だ。

 真冬の海もいやだけど、食べられて死ぬのはもっといや!!


 魔族に関する知識は、父さまと比べてそんなに多くない。それでも目を凝らしてなんとか情報を得られないか観察してみる。


 紙袋を片手に持った彼の手の爪は尖っていて少し長い。

 極めつけは、なにか言おうとしたのか口を開いた時だった。

 鋭い牙が、見えた。


 ――最、悪。

 彼は吸血鬼の魔族だ。


「解った。近づかないから、安心して」


 動揺した様子もなく、彼は穏やかな声でそう言った。


 丸テーブルに紙袋をそっと置いて、魔族のお兄さんはすっと両手を挙げる。

 きっとそれは、なにもしないという意志表示。


 思わずわたしは、自分の首筋を触って確かめてみる。


「……噛まれて、ない」


 おそるおそる顔を上げると、瑠璃紺の両目と合う。

 彼は穏やかに笑って頷いた。


「ごめんね、驚かせて。俺の名前はキリア。とある人に貴方あなたの看病と保護を依頼された者だよ」

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