第2話 全てを失った日
白銀の甲冑に身を包んだダグが跪いて頭を垂れていた。”白銀の獅子将”とも渾名され、諸国から恐れられたダグはその渾名の通り、獅子を象った白銀の鎧に身を包んでいた。
荘厳な真っ白な部屋の中央奥に、金の冠を頂いた初老の男が座っており、その横にはダグに似た面持ちの若い男が立っていた。その部屋は王室であり、その玉座にはレンロックを統べる王が座っていた。
(なぜ、ニコが父上の隣に居るのだ? いや、そもそも何故俺はこの場に呼ばれたのだ? それにこの雰囲気、何かがおかしい……)
国王である父ゴア・レオヴォルドとその隣に立つ腹違いの弟であるニコ・レオヴォルド、そしていつもの倍は居るであろう衛兵たちは腰に剣を携えてダグを睨み付けていた。
明らかに物々しい雰囲気にダグの背に冷たい汗が流れる。
「ダグよ、息災であったか」
「はっ、国王陛下」
「うむうむ。それは良かった良かった。それで今の国境はどうなっておる?」
「……北の北海沿いは海賊どもの被害が少しあります。東のガラクドとは今休戦中で動きはありません。南のネクラタルは内戦でこちらに攻める余力はないかと。気になるのは西のバムフォードでしょうか。前までは国境で小競り合いがあったのに、最近では何も音沙汰がないのが不審です。何か策を弄しているのではないかと、今密偵を放って探っているところです」
「そうかそうか。うむ、良く分かった。ところで、今日お前を呼んだ理由だがな。お前に謀反の嫌疑が掛かっておるのよ」
「……はっ?」
ダグは突然の父からの言葉に固まる。
今までこの国のため、父である国王のため、精神と肉体を削り続けていた。謀反を疑われるようなことは一切身に覚えなどなかったのだ。ふと、父親の横に立つニコの方を見ると口端がさも楽しそうに歪んでいるのをダグは見逃さなかった。そして直感的にダグはニコが父親に何かを吹き込んだのだと分かったのだ。
「っ! 国王陛下、私は後ろ暗いことなど一切しておりません! この身、この魂、一切をこの国のために捧げてきたつもりです!」
「ふーむ、だがな。この書簡をお前の”ペット”が持っていた、とある者が教えてくれてのぉ。その書簡によれば、バムフォードがこのレンロックを攻めたときに呼応して反乱を起こすと書いてあるのよ。丁寧にもダグ、お前の血のサインも添えられていてな」
「は、ぺ、ペット……? 謀反……?」
ペットなどダグは飼った覚えなどない。
ダグにとってはもはや言いがかり過ぎないが、あまりに意味不明すぎた。謀略に掛けられているのは分かったが、”ペット”の部分がどう考えても原因となるものが出てこなかったのだ。
「ああ、兄上。兄上がハーピアと呼んでいるあの薄汚い魔モノのことですよぉ?」
「ん、なっ……!」
今までじっと黙っていたニコが口を開く。
ダグの頭は怒りで満ち、手先は氷のように冷えていく。自身だけではなく、我が子のように可愛がっているハーピアすら巻き込んだのだ。ダグは怒りの余り腰のレイピアを抜くとニコへと斬りかかる。だがニコもまた腰の剣を抜くとダグの剣を受け止める。
「貴様っ! ハーピアに何をしたっ!」
「おー、おー。怖い、怖い。私は何もしてませんよぉ? 兄上は気でも触れたんですかぁ? まあ、前から私は兄上の正気を疑っていましたがねぇ?」
「なにっ!?」
「前から魔モノにも領民として扱うべきだ、と述べてましたよねぇ? あのような凶暴な生き物を領民として扱うなどなどと。ふふっ。私には理解出来かねますねぇ?」
「ぐっ!?」
次の瞬間にはダグは衛兵に組み伏せられ、床に押さえつけられる。そして取り囲んだ衛兵たちに殴られ蹴られ、首元に冷たい剣の刃を押し当てられる。
哀れみを込めた目で見る父と薄ら笑いを浮かべたニコがダグを見下ろしていた。『マズいことになってしまった』そこでようやく頭が冷え始めたダグであったが、もう遅い。
「……ダグ、お前を王家の第1継承者並びに将軍職から抹消する。今までの功績から処刑まではせん。追放処分じゃ。どこへなりとも去ると良い」
ダグは衛兵たちによって無理矢理立たされ、引きずられていく。
ダグは弁解しようともがくが、がっしりと衛兵たちがダグの身体を掴んで離さない。
「国王陛下っ! いやっ、父上っ! 私は、私はっ、後ろ暗いことなど一切しておりませんっ! どうかお考え直しをっ!父上っ! 父上ー!」
ダグの言葉は一切届くことはない。
衛兵に羽交い締めにされ、王室の外に出されたダグの目の前で、無情にも王室の扉は閉められたのだった。
*******
「はっ!」
ダグはぼろ家の一室で目を覚ました。
何度も夢に出るあの光景。毎日うなされて、毎日飛び起きる。
(……ふぅ。またあの夢、か)
ダグはじっとりと汗で濡れた首筋を拭う。
そして隣で並んで眠るハーピアの寝顔を見ながら、再度寝床に付くのであった。
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