王位継承権を剥奪された王子、王宮を追放されて愛娘とともに魔モノ物園の園長となって英雄になる
重弘茉莉
第1話 プロローグ
ダグ・レオヴォルドは白馬を駆り、人里離れたある地点を目指していた。髪は小さく後ろにまとめ、腰には金細工で装飾された一降りのナイフを携えていた。
日は頭の天辺で煌々と辺りを灼き、じりじりとした日差しが肌を焼く。喉も渇き、愛馬にも水を取らせたいと考え始めた頃、近くに小川を見つけると、馬を休ませるためにそこに立ち寄る。そしてダグは小川の水を飲み始めた愛馬のシャバックを見つめながら考えていた。
(……もうそろそろ着くと思うんだが)
地図を荷物から引っ張り出して今居る地点と印をつけた目的地を確認する。王国の西の果て、隣国のバムフォードにほど近いルールッカ地方。
早馬で王国から出立して早6日、虫に悩まされながらずっと野宿で過ごしていたために、そろそろ雨風を凌ぐ屋根付きの家とフカフカの寝床が恋しくなっていた。
(……ニコの奴め。父上にどんなことを吹き込んだんだ)
ダグは腹違いの弟の顔を思い浮かべながら歯ぎしりをする。少し前までは第一王子にして
それが、突然終わったのだった。今や残されたのはただ3つのモノだけ。亡き実母の形見である宝剣と愛馬シャバック、そして生活を送るための食器や少しばかりの金銭のみ。いや、手元にないが重要なモノがあと1つ。
「ヒヒヒヒィンッ!」
「……おっ。もう水は良いのか。おいおい、シャバック。服が濡れてしまうだろう」
怒りに打ち震えていたダグを慰めるように、小川の水をたっぷりと口に含ませてシャバックはダグへとじゃれつく。
眉間にしわを寄せていたダグの表情に笑みが戻っていく。
(……そうだな。今は前を向かなくては。俺の目的である魔モノ物園、それを作るならばこの場所が一番適している、はず)
そしてダグはシャバックの背に乗ると目的地を目指して進み始める。
周囲は背の低い草原にぽつりぽつりと疎らに木々が生い茂げ、ほとんど人などは通らないのか道のような跡を頼りに進んでいく。そして日がだいぶ傾き掛けた頃に、目的地である1件の家の前に着いていた。
「ハハハッ、想像以上にボロボロだな? ……このぼろ家が今日から我が城ってワケだ」
シャバックから降りて荷物を背負うと家の様子を窺う。目の前には屋根に穴が空いたオンボロの一軒家が立っていた。
長く伸びた雑草をかき分けて朽ちかけたドアノブを握って扉を開ける。同時にドアノブだけが手元に引き寄せられ、不気味な音を立てながら扉が外に倒れる。ホコリが舞い、むせながらダグは中の様子を見る。薄暗い家の中だが目を細めてみると床は所々腐り、天井から崩落した柱が壁を貫通していた。
「おー、おー。ここまでぼろぼろだといっそ自分好みに改築できるってモノだ。っと……」
玄関から一歩踏み出した状態でダグは歩みを止める。家の中が余りに荒れ果てていたから? ホコリでむせたから? あるいはこんなところで夜を明かすぐらいなら野宿をした方がマシだから?
それらは全て違っていた。日が傾き掛けていたとはいえ、先ほどまでは玄関から家の中に向かって差し込んでいた。だが、気がつくと背から伸びていたはずの日が”大きな影”によってかき消されていた。ダグは咄嗟に腰のナイフを引き抜くと同時に、その影の持ち主へと振り返る。
「お父様、遅いです!」
そこにはダグのことを父と呼ぶ、背に大きな黒い翼の生えたまだ幼い少女が立っていた。
その少女を見て、ダグは顔をほころばせる。
「……おいおい、先に来ていたならここ、片付けておいてくれよ、ハーピア」
ダグはナイフを腰に納めると、愛娘であるハーピアの頭をガシガシと撫でる。
嬉しそうにダグの腰に抱きついて離れないハーピア。だがダグとハーピアは実際には親子ではない、そもそも種族すら違い、伴侶のいないダグに子など居ようはずもなかった。
「だって私だってさっき着いたばかりでしたし! あ、でも小川でシャバックと休んでいるところはお空から見えてましたよ?」
「……声を掛けてくれたら、シャバックに乗せてやったのに。そう言えば”ピピン”は何か言っていたか?」
「ピピンさんは”いつまでもお父様の息災をお祈りしております”と」
「そうか」
ダグは太った腹に、皺をさらにくしゃくしゃに寄せたピピンの顔を思い浮かべながら考える。
ピピンはダグの昔からの執事でダグが物心付いたときからずっと世話をしてきてくれた、この世でダグがもっとも信頼している人物であった。そしてそのピピンに”城からの害する者たち”からハーピアの護衛と移動を頼んだのだった。
「……よくここまで無事で来れた。偉いぞ」
ハーピアは半鳥半人の魔モノであるハーピーと呼ばれる種族であり、ダグは人間。血は繋がってなどいなかったがダグは我が子を見るような目でハーピアを見つめる。
そしてハーピアの頭をひときしり撫でた後、夕ご飯の準備をするために荷物から食器などを取り出すのであった。
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