Girls be ambitious!

英 蝶眠

SEASON 1

Episode1

PROLOGUE─昇格─


 聞いたことのない名前である。


「まるで戦国武将みたいな名前だよねぇ」


 三年生の関口みおが言ったのも無理はない。


 嶋清正きよまさという字面からして、さながら戦国時代を舞台としたゲームで、それこそ毛利輝元か、藤堂高虎あたりの家来にでもいそうな雰囲気ではある。


 が。


 実際はというと、物静かな古典の教師で、しかも閉校した勲別くんべつという道立高校から来た。


 新年度の始業式で、澪は嶋先生こと清正を初めて見かけたのだが、とりわけてイケメンというような風采でもなく、聞けば旧華族であるという噂以外、あまりこれといった特徴は感じられなかったものの、


「アイドル同好会は今年度よりアイドル部に昇格しますが、そのアイドル部の顧問となります」


 この校長の一言で、途端に澪の顔が変わった。




 それもそうで、


(うちの部三人しかいないけど、顧問つくんだ…)


 澪と同い年で幼なじみのさくらののか、ののかのいとこで一年後輩の長内おさない藤子とうこしか、部員はいない。


 しかし。


 正式に部活動となると、顧問もつくし交通費も出るには出るのであるが、しかしながら部長も決めなければならなくなる。


「部長はののかで決まりだよね、しっかりしてるもん」


 そのように決まり切った風情で話す澪に、


「そもそもアイドル同好会つくったのは澪なんだからさ、澪が部長でいいっしょや」


 どこかのんびりした口調で、ののかが返した。





 ともあれ。


「でも新しい先生だからさ、やりづらさはなさそうだよね」


 放課後に集まった際に、藤子が指摘した。


 言われてみればそうであろう。


 確かに同好会から部に格上げになったとはいえ、もとをただせば、半ば趣味人の集まりに近いものがある。


 そこへ少なくとも学費から予算割りであてがわれた交通費が出るのだから、ある程度の風当たりは考えなくてはならない。


 であれば、


(新任の先生のほうが楽なのかな)


 三人の中で最も成績の良い藤子の着眼点は、あながち外れではなさそうに澪は思った。


 

 ひとまず。


 部になる以上、部室の問題もある。


 これまでは、澪の担任の先生の教科の関係で、物理器具室を使っていたのだが、当然変わることになる。


 藤子がすぐに反応した。


「部室とかもあるけどさ、あとダンスのレッスン場所とかも考えなきゃなんないよね」


 澪は、こうなったら藤子が部長になったほうが良いような気がしてきた。


 話を戻す。


 挨拶も兼ねて澪とののか、藤子の三人は、清正がいる職員室へ向かった。




 職員室のいちばん隅の窓側の机に、清正はいた。


「嶋先生!」


 清正は一瞥しただけで、


「君たちは?」


 フラットに応えた。


「私たち、アイドル部の部員なんですけど、質問があります」


「…部室のことか?」


「はい」


 そこはどうやら清正も、考えていたらしい。


「廃部になったワンダーフォーゲル部の部室が、新しい部室になる」


 清正は手前にいた澪に鍵を渡した。


 そもそもこの学校にワンダーフォーゲル部なるものがあることすら、澪は知らなかった。





 清正は続けた。


「部室の鍵は予備の鍵を作っておくように」


 それと、と畳み掛けるように、


「あと、土日休みに掃除をする予定やから、汚れても構わん服を支度しとくように」


 始業式では気づかなかったが、少しだけ関西弁が混ざっていることに澪は気づいた。


 職員室を出ると、


「嶋先生ってさ、意外に小柄だよね」


 澪は言った。


「でも怖い先生ではなさそう」


 関西弁は怖いというイメージがあるらしく、澪は去年の修学旅行で春日大社に行った際、関西弁でナンパされたのだが、そのあまりの怖さに泣き出してしまい、目撃情報を得た警察官が駆け付けて保護されたことがある。


 話が、逸れた。


 ののかは続ける。


「あと指輪してたから、結婚はしてるよね」


「目ざといなぁ」


「だから、恋愛にはならなさそう」


 澪はハッとした顔で、


「アイドルは恋愛厳禁だもんね」


 言いながら何か可笑しかったのか笑い出した。



 土曜日が、来た。


 ジャージ姿の澪とののか、藤子は、清正に言われた通りの朝十時に、部室が並ぶ棟まで来た。


 すると。


「ねぇ、なんか看板があるよ!」


 ののかが見つけたのは、アイドル部とフォントで書かれた、新品のアクリルのプレートである。


 しかも。


「かわいい!」


 プレートには造花がつけてある。


 おまけにドア横には小さなプランターで何やら草花まで飾って置いてあるではないか。


「もしかして嶋先生って、女子力高い?」


 澪は自分がつくづくアイドルが好きで良かった、と思った。





 澪が鍵を開ける支度をしていると、


「おはようさん」


 古びた野球のユニホームの上着を羽織った清正が来た。


「おはようございます!」


 三人が元気よく挨拶すると、


「じゃ、掃除しようか」


 バケツやスポンジ、箒など手にした四人で部室の清掃を始めた。


 思ったより狭いが、何よりここがこれから自分たちの城になる──澪は感慨にふけりたかったが、そうもいかない。


 だが、今までの物理器具室では大っぴらにライブのDVDやらブルーレイなんぞは置けなかったので、これからは誰に憚ることなく観賞したり、振り付けの研究が出来るというのは幸甚であったろう。


 そこへ。


「グッチー、来たよ!」


「あ、来たんだ! 美波、ありがとー」


 テニスの練習着姿で来たのは、隣のクラスながら仲の良かったいぬい美波である。




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