三十四話 執行されたのは

 リーンゴーン、と銀色の鐘の音が鳴る。

 多くの人が悪しき罪人をひと目見ようと集う中、メニーはひどく穏やかな気持ちで処刑台の上に立っていた。


 どんなに睨まれようとも、どんなに怒声をあげられようとも、なんとも思わない。

 そう、彼は今、ひどく幸福だった。なにせ、この意味もないような生が、やっと終わるのだから。


「……いーい、天気ですねぇ」


 晴れ晴れとした空を見上げ、一言。

 向けられる怒号を無視して、メニーはニコリと笑う。

 笑って、そして、ハッとしたように目を見開いた。そんな彼の視線の先には、青い空を背景に、宙に浮く人物がひとり。魔女が被るような帽子を目深まで被り、マントをふわりと翻すその姿には、見覚えがある。


「ぱてぃ……」


 メニーがポツリとその名を口にすれば、その人物はゆっくりと拳を握った。その手の中には真っ白なチョークがひとつ、握られている。


「……なんのつもりだ、魔法使い」


 突如として現れた彼に、その名を呼ばず、メニーのすぐ傍で待機していたリックは問うた。腕を組み、さも迷惑ですよと言いたげな彼に、魔法使いはそっと口を開く。


「……おはなし」


「……は?」


「……お話、したいことがあるんです。まだ、たくさん。たくさん、話したいことがあるんです」


 魔法使いは片手を横へ、共に宙にチョークの先を滑らせながら、独特とも言える絵を描いていく。


「だから、はい、僕は──僕は、戦います」


「……それが意味することを、理解しているのか?」


「……嫌なくらいに」


「……そうか」


 腕を組んだリックが、そっと視線を横へ。そこに控えていたひとりの男性に「どうする?」と問いかける。


「はは! 私に聞くか! いやぁ、キミ、さすがにそれは性格が悪すぎると思うぞ親友!」


 言って笑ったのはシルクハットに似た帽子を被った男だ。癖のある黒い髪に垂れた目元が特徴的な男性だ。オシャレなのかどうなのか、片眼鏡を着用しているその人物は、青みがかったスーツを正すと「コホン」と咳払いをひとつ。宙に浮く魔法使いに目を向ける。


「やあ、どうも。清々しい日和だね。キミはこんな日に、この野蛮な反逆者を助けようとしている。概ね現状況はそれであっているかな?」


「……」


 こくりとも頷かない魔法使いは、片手に持ったチョークを強く握ると、そのまま宙に描いた絵をトン、と叩く。歪で、独特で、独創的とも言える絵だ。その絵は意志を持ったように空を駆けると、そのまま大口を開け処刑人たちに向かっていく。


「ちょ、まっ!?」


 慌てる黒髪の男。

 そんな男をよそ、どこからとも無く取り出した剣で巨大な絵を切り捨てたリックは、そこで沈黙。そっと背後の処刑台を見やり、そこに存在せぬ罪人を確認してから息を吐き出す。


「してやられたようだぞ」


 小さく口端を上げ告げるリック。それに、男はただ一言。「若いっていいなぁ」と呟いた。

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