十五話 真実は言わない

 



 朝、というものは好きだ。

 微睡むような眠気の中、上体を起こせば窓から差し込む明るい陽射しに迎えられる。窓越しにちゅんちゅんと聞こえる小鳥の囀りは、実に心地よい音楽で、心がスッと軽くなる。


 今までいた真っ白な部屋の中とは違う世界。閉ざされた四角い空間で寝て起きてを繰り返しても、見えなかった外の世界。今は起きた彼をあたたかく迎えてくれるそれに笑みを浮かべ、欠伸をひとつ。


 メニーは横になっていたベッドの上で体を起こし、穏やかに微笑みながら両腕を上げて伸びをした。ポキリ、と僅かになった骨の音に軽く目を細めて腕を下ろせば、共に室内に響くのはノック音。


「はい、どうぞ」


 返事をすれば部屋の扉が開かれ、そこから緑の髪のメイド長が入ってきた。メイド長は手を腹の前で組み合わせきっちりと上体を曲げると、すぐに顔を上げて一言。


「お食事をお持ち致しました」


 なるほど。今日は部屋での朝食らしい。


 メイドの手により押されるワゴンを視界、メニーは未だベッド上に座ったまま淡々と仕事をこなす彼女を見る。


 よく言えば事務的。悪く言えば機械的。


 感情の起伏が少ない彼女は、その整った容姿も相まり、まるで人形のようだと思った。


「……今日は皆でご飯を食べないんですね」


 差し出される、朝食の乗ったプレートを受け取り膝の上へ。何となしに問いかければ、メイドはモーニングティーを淹れながら静かな言葉を返していく。


「本日は主様が部屋での食事を希望されましたので」


「オカーサンが?」


「……主様は事情のあるお方。あまり人と接してはいけない。人と接す回数を減らすということは、それほどお疲れだということです」


 なるほど。主をよくわかっている。


 メニーは微笑み、瑞々しい野菜を口に入れた。酸味のあるトマトを奥歯でかみ潰してその甘味を堪能すれば、メイドは告げる。「お分かり下さい」と。


「主様は大変繊細なお方なのです」


「……そうですね。理解してますよ」


 だって僕のオカーサンだから。


 にっこりと微笑んだメニーを、メイドは酷く静かな眼差しで見つめた。かと思えば、何も言わずにテキパキとその場を離れ、食べ終わった皿の行方だけを指示して部屋を出ていく。


「……理解してますよ」


 もう一度、一人ポツリと呟き、彼は淹れたての紅茶をすする。心地よい暖かなハーブの香りが、鼻腔を優しく擽った。



 ◇◇◇◇◇◇



 食事をとり終え、ワゴンに空になった皿を置き、部屋の外に出した。そうして寝着から普段着へと衣服を変化させて外に出れば、部屋の近くで赤を発見。近づいてみれば、強い眼差しと共に睨まれる。


「こんにちは。おはようございます」


 二つの挨拶を口にし、声をかけてみた。赤は憤慨したように舌を打ち鳴らし、声をかけたメニーを無視せんと歩き出す。


「……虫の居所が悪そうですね」


 なんとなく呟き、なんとなく彼女のあとを追いかけた。

 てくてく。てくてく。

 二人分の足音が廊下に響く。


「……なんで追ってくるのよね」


 なんとも私苛立っていますよ、と言いたげに、その見た目とは相反して低い声を紡いだ彼女に、メニーは笑って「なんとなく」と答えた。

 赤は呆れたような気配をその目に浮かべる。


「メーラに着いてこないで他のことするのよね。正直迷惑なのよ」


「でも、やることと言ってもさほど出来ることがありませんし……」


「街に出たらどうなのよね。影にはアルベルトが潜んでるから危険なことにはなり得ないのよ」


「あ、そうなんですね。それはそれで魅力的ですが……でも僕、メーラさんとお話したいです」


「……はぁ」


 深く息を吐いた赤き少女は、そこで足を止めて己よりも背の高いメニーを見上げた。疑うような翡翠色に目を細めるメニーは、相変わらず柔らかな笑みをその顔に浮かべている。


「……この間の子供のこと、覚えてるかしら?」


「この間の……ああ、オカーサンが普通の子と断言した、あの?」


 メーラは頷く。そして、言葉を続けた。


「今レヴェイユ調査班がある調査をしているのよね。極秘で。密かに。その調査結果が随時主様の元に届いているのだけど……」


「いい噂は聞かなかったと?」


「ちがうのよね。寧ろ、噂なんて出なかった」


 なんの調査か知らないが、それは行き詰まる案件ではないのだろうか。

 メニーは考え、こくりと頷く。そんなメニーに、メーラは一つ視線を向けてからよそを見た。


「調査は難航、とまではいかないけど、結果が出ない。いや、結果なら既に出ているのかもしれないのね。何も無い。その結果が」


 一歩、二歩、三歩。

 進んだメーラが振り返り、彼を見る。穏やかに微笑むその姿に、悪いものはなにも感じない。


「……お前、何者なのよね」


 疑うような一言。


「さあ?」


 返されたのは、答えではない、とても短いはぐらかしであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る