7-3

 一階の下駄箱に下りると、校舎の入口で蹲っているリオを見つけた。ここまで入ってきたものの、怖くて進めなくなったのかもしれない。


「リオっ!」


 声を掛ける。振り向いた彼女は、迷子の子供のようにほっとした顔をした。


「……伊織、よかった」


「どうしたの!? 町でなにかあった?」


「ううん、そういうわけじゃないんだ。ただ、ちょっと来てみたくなって」


「なに、それ? あんなに、学校に来るの嫌がってたのに?」


「もうすぐ卒業式だって聞いたから。伊織が言ってた、大切な人たちに会ってみようと思ったんだ」


「……そのために、来てくれたの? あんなに怖がってたのに?」


「うん。怖いのは、今も怖いけど」


 リオのいうことが本当なら、嬉しい。別れを前にして、私のことをもっと知ろうとしてくれたのだろうか。


「その子、伊織の友達なの?」


 後ろから、私を追いかけてきてくれた梨々子の声がする。


「うん。そうだけよ」


「島の子じゃないよね。見たことないし」


 早川さんが、どこか怪しむような目で私を見る。


「親戚の子。リオっていうの。ちょっと前から、島に来てる。学校、この見てみたいんだって」


 リオが、私の後ろに隠れるように体をずらした。やっぱり、みんなのことが怖いのだろう。


 軽快に揺れるトイプードルのようなくせっ毛が、私の横を通り過ぎた。回り込むようにして、杏理がリオの正面に立つ。リオが人見知りの子供のように身を引くのも気にせず、楽しそうに告げた。


「そっか。じゃあ、私たちとも友達になれるかな。私、宮本杏里、伊織の親友なんだ、よろしく」


 さすが、杏里だった。相手との距離を一気に縮めるように無警戒に笑いかける。

 リオは怯えた表情をしながらも、よろしく、と小さな声で答える。


 なにか引っかかるものを感じていた梨々子と早川さんも、杏里の態度に毒気を抜かれたようだった。二人で、仕方ない、というように顔を見合わせる。


「伊織、せっかくだし、教室につれてきたら? 見学くらいならいいでしょ」


「うん、ありがと。早川さん」


 委員長の許可をもらって、リオと一緒に教室に戻る。その間も、杏理はずっと、お姉さんが泣き虫の妹をあやすように笑顔で語り掛けていた。


「あの二人、怖いよねぇ。とくに、あの眼鏡の方ね。でもね、本当は優しいところもちょっとだけあるんだよ」


「杏里、聞こえてるよ」


「聞こえるように言ってるもん」


 いつもの軽口のようなやり取りをしながら階段を上る。

 教室が見えてきたところで、リオがそっと近づいてくる。私にだけ聞こえるように耳元で呟いた。


「本当に、伊織がいうみたいに、普通だね。普通の生きてる人間みたいだ」


 みんなのことを受け容れたわけじゃないだろうけれど、リオの中で、みんなに対する考えが変わっていくのを感じる。


 教室の中に入ると、クラスメイトの視線が集まる。

 いきなり学校に入ってきた見慣れない女の子に、みんな興味津々のようだ。


 六限目は英語だったけれど、教壇の上に先生はいなかった。薔薇が、新しく入ってきた人間の扱いを見極めようとしているのかもしれない。


「ねぇ、せっかくだから自己紹介でもしたら? ほらほら」


 杏理が、リオを教室の前に手招きする。みんなはすっかり乗り気になって拍手をした。お調子者の宗汰が、牧場で山羊を呼ぶときのように指笛を鳴らす。


 リオは促されるまま、教壇の上に立つ。それから、教室にいるみんなを、数秒かけて一人ずつ見渡す。


 最後に、その視線は私に向けられた。リオの唇が小さく上下する。


 伊織、ごめん。


 そう動いたように、見えた。


「私の名前は、神代リオ。伊織の友達だ」


 リオは声を張り上げた。それは、いつもの元気いっぱいで伸びやかな、いつもの彼女の声じゃなかった。どこか無理をしているように、硬く引き絞られていた。


 クラスのみんなから、また拍手が生まれる。この受験真っ盛りで卒業式を間近に控えた時期のささやかなイベントを楽しんでいるようだった。


「友達? 親戚の子じゃなかったっけ?」


 梨々子がちらりと私を見る。だけど、反応できなかった。いつもと違うリオの様子が、どうしようもなく不安にさせる。


「いいか、よく聞いてくれ」


 リオは小さな手を握りしめる。それから、もう一度全員を見回して告げた。


「あんたたちは、もう死んでるんだ」

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