5-5

 薔薇が世界を浸食し始め、

 日本中の大都市の崩壊が伝えられ、

 やがて本土との連絡も取れなくなり、

 七里島に初めて、薔薇に寄生された人間が見つかったのは、そんなときだったという。


 島という特性からか、感染は遅くれてやってきた。

 だから、島内に体から薔薇の芽が生えた人たちが見つかった時、島の不安とストレスは臨界点に達してしまったらしい。


 寄生されていたのが見つかったのは、六人の高校生だった。


 島の人たちは、その六人を、町から離れた場所にある七里高校に隔離することを決めた。


 もちろん反対する者もいた。親たちは必死で子供たちを守ろうとした。

 けれど、大多数の島民は、それよりも恐怖に支配されていた。

 その時の七里島は、パニック状態だった。


「高校生の男女をまとめて隔離だなんて。ほんと、今考えても、おかしいよな」


 直澄はそう言いながら、皮肉っぽく笑う。

 けれど、当時の七里島には、それををおかしいと笑える人は残っていなかった。


 それから、六人は薔薇に飲み込まれるまでの十日間を一緒に過ごした。


 隔離されたばかりのときは、泣いたり、ふさぎ込んだり、行き場のない感情をぶつけ合って喧嘩したりしたそうだ。だけど、次第に変わっていったという。


 宗汰が、バスケをやろうと言い出したのがきっかけだったらしい。それで、みんな少しだけ前を向けた。直澄の言葉を借りると、開き直ることができた、そうだ。


「毎日がキャンプでもしてるみたいだった。家庭科室で悪戦苦闘しながら料理を作ったり、苦労して風呂を沸かしたり。普段なら絶対にしなかったような話もしたな」


 どこか懐かしそうに笑う。その笑顔の半分は窓から差し込む夕日でオレンジ色に染められていて、今と過去の直澄を丁寧に塗り分けているようだった。。


 報道でやっていたほど、薔薇の浸食は爆発的には進まなかったという。


 みんな、腕や足から薔薇が生えて来ていたけど、それは毎日少しずつ大きくなるだけだった。


 食料は、島の人たちが毎日、校門の前に置きにきてくれた。

 代わりに直澄たちは、家族への手紙や、薔薇について自分たちなりに調べてわかったことをノートに書いて返したそうだ。


「みんなで、いつも話してた。せめて最後まで、普通の高校生活を送りたかったなって。卒業式、やりたかったなって」


 爆発的な浸食が起きたのは、隔離生活が始まって十日目の夜のことだった。


 その話になった途端、直澄の声が、冷たいものに変わる。


「手紙が届いたんだ。杏里のお母さんが病気で倒れたって。ほんと、余計なことを知らせるよな。それを読んだ杏里は、町に帰る、母親に会いに行くって騒ぎ出して――そして、薔薇を千切ろうとした。その瞬間、今までゆっくりとした成長してこなかった薔薇が急に勢いよく伸びて、杏里の体を飲み込んだ」


 薔薇が人を飲み込むのは、昔の映像などにも残っている。

 体中から薔薇が蔓を伸ばして、まるで繭のように人間を覆い尽くすんだ。


「それが、きっかけだった。他のみんなの薔薇も一斉に成長しはじめた。もう、止められなかった。全員が、薔薇に飲み込まれていった。俺、薔薇に飲み込まれながらさ、最後に見たんだ。俺たちを飲み込んだ薔薇が、成長を止めずに、学校の校舎を覆い尽くしていくのを」


 それが、私が見た絵に描かれていた景色だった。


 直澄の話が終わるときには、涙が溢れて来ていた。


 六人に共感することはできない。どれだけ想像力を膨らませても、理解できるような悲しみじゃなかった。


 だけど、大好きなクラスメイトたちが五十年前に辿った運命を聞いて、心が割れるように痛かった。


「お前が今、この島で暮らしてるってことは、俺たちの他に薔薇に寄生された人はでなかったってことだよな」


「うん。薔薇はね、町に枝を伸ばす直前で休眠状態になったの。島では、生き残った人たちが今も暮らしてる。直澄の家族も、みんな無事だったよ」


「そうか。なら、よかった」


「いつか、聞いたよな。なんで俺が、卒業式実行委員に立候補したのかって。これが一番の理由だ。せっかく、やり直すチャンスがもらえたんだから、いい卒業式にしたいって思った」


「そう、だったんだ。記憶を思い出したってことは、さ。薔薇に飲み込まれてからのことも覚えてるの?」


「いや、覚えてない。生きていたときの記憶は五十年前に途切れて、新しい記憶はお前が転校してきた日から始まってる。ずっと眠っていたのかもしれないし、薔薇の一部として生かされているのかもしれない。もしかしたら、今こうしてお前と喋っている俺は、当時の記憶や人格をそっくりコピーして生み出された偽物だっていう可能性もある」


 私にできるのは、そんなの関係ないと首を振ることくらいだった。

 薔薇の一部でも、偽物でも、それが、私が出会ったクラスメイトなのだから。


「でも、一つだけわかった気がしていることがある。薔薇が――なんのために幻を見せるのか」


 直澄はいつになく真面目な表情で、話を続けた。

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