5-2

「梶木とは、けっこう話するようになったよ。部室で昼休みに一緒にご飯食べるようになったし、休み時間もたまに話するよ」


「それって、もうだいぶ前の話だよね」

「一緒に食べるようになったの、私たちのおかげだろ」


「うん……まぁ、そうだね。現状維持、かな。なんか、今日の杏里をみてて、私もしっかりしなきゃって思った」


「そうだ、がんばれ! 今度は私が応援する番だ!」


「なに、自分が上手くいったからって、急に上から目線になってんのさ」


「梨々子ぉ、そういうあんたは、宗汰との関係、このままでいいの?」


 短い沈黙。

 いつも冷静で、委員長にはなったことないくせに委員長然とした親友は、顔を真っ赤に染めていた。


「あんた、なんでそれ、知ってんのよ!」


 こんなに感情を露わにする梨々子は、珍しい。

 鋭い視線は、そのままスライドして私に向けられた。明らかに犯人探しをしている目だ。言ってないよ、と小さく首を振る。


 私の冤罪は、杏理の言葉ですぐに晴れた。


「えー、本当だったんだ! なんとなく怪しいなって思ってカマかけてみたんだけどね。ってか、伊織には話してたわけ、それショックなんだけどっ!」


 梨々子の顔が、今度は悔しさで真っ赤になる。


「……あんた、嵌めたなぁ」


「梨々子が、宗汰ぁ。二人が付き合ったら、宗汰が尻に引かれるね、間違いなく」


「うるさい。私は進学組だからね、この気持ちを打ち明けるつもりはないよ。この話、まだ続けるなら本気で怒る」


「わ、怖い」


 いつもは杏理が馬鹿にされてばかりだったので、梨々子がからかわれているのが新鮮だった。いつもと立場が真逆の二人のやり取りが、なんだか楽しい。


「ねぇ、梶木ってさ、二人っきりのとき、どんな話すんの?」


 さすがにこれ以上はマズいと思ったのか、杏理は話を私の方に振ってくる。


「普通の話だよ。絵のことや花のこと。美術部と園芸部だからね。あと、一番多いのは、やっぱり卒業式の計画のことかなぁ。卒業式実行委員だから」


「うわー、真面目」


「あとは……好きな小説や映画とか。この島の人たちのこととか。それから、もし世界が終わるとしたらどんな風に終わるのかとか」


 最後に口にしたのは、いつか、杏理が私に聞いた質問だった。


 ねぇ、世界がもし終わるとしたら、どんな風に終わるのかな。


 二人は覚えていなかったらしく、変わった行動をとる動物でも見つけたように笑った。


「そんな変な話もするんだ。ちょっと意外」


「ほんとね。梶木って真面目な話しかしないやつだと思ってた」


 昼休みの終わりをつげる予鈴が鳴る。


「あー、笑った。受験勉強の疲れがとんだわー」


 伸びをしながら、梨々子が歩き出す。

 二人と一緒に校舎に向かっていると、背後から、大きな波の音が聞こえた。その音に、背中を押された気がした。


 梶木直澄とは、今では下の名前で呼び合うくらい親しくなった。私は直澄、あいつは私のことを伊織と呼ぶ。

 三年の二学期まであんまり喋ったことなかったのが嘘みたいに、自然体でいられる。


 だけど、ずっと彼に対して抱えている疑惑があった。そのせいで、今の距離より近づくことができない。


 三ヵ月前、課外活動室に置きっぱなしにされていた彼の絵を、黙って見てしまった。


 そこに描かれていたのは、薔薇に覆われた現在の七里高校の校舎。

 この学園に囚われた彼らが、知らないはずの景色だった。


 どうしてこの景色を知っているの?

 怖くて、聞けなかった。


 みんなにとっては薔薇に飲み込まれたのは辛い記憶のはずだ。

 どんな言葉で触れればいいのかわからない。


 それに、もしそれを聞いたら、私が、違う時代から転校してきたことも知られてしまうだろう。


 口にした途端、今のこの関係が、壊れてしまう気がした。


 だから、見ない振りをして、高校生活を送っていた。


「もし世界が終わるとしたら、どんな風に終わると思う?」


 一度だけ、遠回しにそう聞いたことがあった。


「世界は終わらないよ。そうだろ?」


 それが、彼の答えだった。


 だけど、杏理が告白するのを聞いて――それから、このあいだ、光の粒になって消えていったサニー小川さんの言葉を聞いて、思った。


 このままじゃいけない。残された時間の中で、やれることはぜんぶやらないと。


 次に二人きりになったとき、あの絵のことを聞いてみよう。



     ◆◇◆◇◆

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