4-5

 リオは、腰にぶら下げているポーチから黒い通信機を取り出す。


 島に流れ着いたとき、持っていたものの一つだ。手のひらより少し大きい箱型で、五十年前の映画によく出てくる電話のように小さな画面と数字のボタンが並び、声が聞こえてくる横長の穴が一つ開いている。


 島の生活に馴染んでからも、空港島から連絡が入るかもしれない、と言って充電を欠かさず、いつも持ち歩いていた。


「この通信機、ラジオと同じで特定の周波数帯を使って交信してる。発信はできなくなったけど、受信はまだできる。電波が出てるところを探知する機能もあったはずだ」


「サニー小川がいる場所が、わかるかもしれないってこと?」


「正確な位置まではわからない。わかるのは電波が飛んできてる方向と、おおよその距離だけ。ちょっと待って。やってみる」


 リオはそう言うと、通りの隅っこにあったベンチに座って通信機をいじり始めた。一分もしないうちに、機械から顔を上げる。


「あった、ここから南東方向、近いよ。七キロから八キロくらいの場所だ」


 リオが画面を見せてくれる。そこには、方角と、いま私たちがいる場所からの大よその距離が数字で表示されている。


「瀬戸内海だってのはわかってたけど、そんな近くだったのかよ」


「本屋に地図があるわ。もってくる」


 ミサ姉さんがすぐに家に戻って、全日本地図というタイトルの本を持ってきてくれた。


 瀬戸内海のページを開いて、全員で頭を寄せ合うように地図を覗き込み、リオの通信機が示した方角と距離を探す。


 そこには、七里島の半分もないような小さな島があった。


「……貝島だ。ほんとうに、すぐ近くだったんだ」


 貝島は、港からも見ることができる小島だった。


 子供のころからずっと、どんなところから放送しているのか想像していた。七里島よりずっと大きくてたくさんの人がいる町だと思っていたのに。


「ここなら、咲良さんが使ってるボートでいけないですか?」


「いけるにはいけるけど。でも、漁をしてるとき、たまに貝島の近くまで行くんだよな。あそこに人が住んでる様子なんてないぞ。だいたい、あの島、ほとんど薔薇に覆われるしさ」


「でも、電波はそこから出てるんですよ。いきましょう、サニー小川が助けを待ってるかもしれない」


「そうだな……この人には、あたしたちはずっとお世話になってきた」


 咲良さんはそう言ってくれる。リオも、少し迷った素振りを見せた後、不安そうに頷いてくれた。


「伊織と咲良がいくんなら、あたしもついてく。薔薇はめちゃくちゃ怖いけど」


「ちょっと待て。サニー小川が逃げ出すってことは、まだ薔薇が活動してるってことだ。そんな場所に、本気で行くつもりか」


 成り行きを見守っていたノブさんが、咎めるような口調で声を挟む。


「危険だと思ったら近づきません。確かめにいくだけです」


「それでも、反対だ。お前たちが活性化した薔薇に寄生されて戻ってくるようなことがあったら、この島にも危害が及ぶかもしれない。この島の薔薇は休眠状態だから忘れているかもしれないが、あれのせいで世界は滅びかけたんだぞ」


「知ってますよ。でも……それでも、私たちはずっと、あのラジオに支えられてきたんです。なにもしないわけには、いきません」


 ノブさんは、言っても無駄だと思ったのだろう、大げさに頭を振る。


「わかった、勝手にいけよ。町長たちには話とくからな」


 リオが発電岬に流れ着いた日のことを思い出す。

 ノブさんはあのときも、リオを島にあげるのを反対した。なんて冷たいことを言うんだと思った。でも、ノブさんなりに島を守ろうと考えた結果だったんだ。


 ミサ姉さんは私たちに近づいて、手を握ってくれる。


「私は、あなたたちが行ってくれるの、すごく嬉しい。もちろんノブの言うこともわかるけど、ほとんどの人があなたたちを応援すると思う。みんな、サニーサイド瀬戸内海が大好きだから」


 その言葉に、背中を押された気がした。


 ラジオによって支えられていたのは、私だけじゃない。みんな、声しか知らないサニー小川のことを笑いながら、馬鹿にしながら、どこかで仲間だと思っていた。


 ミサ姉さんの言葉に、周りからも賛同の声や拍手が起きる。


 私たちは、みんなの声に背中を押されながら港へと駆け出した。

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