第41話

 ロッチーさんは俺に殺されると思っていたらしい。人間はゴキブリと敵対関係にある。インターネットを介してそのような情報を得ていた。いつの日か人間がこの場所へやってきて自分を殺すかもしれない。ロッチーさんはその日が来るのをずっと恐れていた。そして50年の月日が経ってついに人間、つまり俺が発電所の地下10階にやってきたわけだ。俺は無作法にロッチーさんに近づいた。動揺したロッチーさんは反射的に俺に攻撃をした。それも無理は無いと思う。いきなり人間が近づいて来たら、むちゃくちゃ怖いだろうからな。

 帰りのエレベーターを止めたのもロッチーさんだった。俺が仲間を呼びに行くのだと思ったそうだ。その後、帰り道を失った俺を、ロッチーさんはずっと監視していた。ロッチーさんは発電所内の監視カメラにアクセス出来るので、俺の細かい動きをすべて把握していた。だけど、あれ? 監視カメラで見てたってことは、クララさんが発電所の一階で、ゴキブリを殺しまくってたのも知ってるって事だよな?

「あの、一階で俺らはゴキブリを大量に殺したんですけど……怒ってないですか?」

 いまさらだけど、俺は焦って訊いた。

「怒ってはいません。確かに私もゴキブリですが、他のゴキブリとつながりはありません。そもそも彼らには複雑な知能がありません。あるのは獰猛な食欲と、繁殖をするという目的だけです。殺されても私は何も感じません。ただ、私も同様に殺されるのかと思って、恐怖を感じていました」

「……そうですよね。怖がらせてすみません。あの、人間は意思疎通が出来る動物を、通常はむやみに殺したりはしません。まあ、自分勝手な人間も結構いますけど……」

「タクヤさんがおっしゃることはわかります。私もインターネットで情報を得て、人間についてある程度は理解しているつもりです。文学作品や心理学の本も読んで、理解を深めようとしています。同じ知能のある生物として、私は人間に親近感を感じています。同時に、恐れてもいますが」

 ロッチーさんが落ち着いた声で言った。

 この10日間、俺は八方ふさがりという感じで、ダラダラと過ごしていた。そんな俺の姿を見て、ロッチーさんは不思議に思っていたそうだ。

「タクヤさんが私に食べ物を投げてくれたので、これはもしかしてコミュニケーションが取れるかも知れない、と思ったのです。それで声をかけてみました」

 ロッチーさんが言った。ということは、もっと早く物資を投げていれば10日も待つ必要はなかったってことか。ミスったなー。でも、まさかゴキブリに知能があるなんて、俺も想像できなかったよ。

「ロッチーさん、お願いがあるんですが……」

 俺はロッチーさんに事情を話した。スラムがゴキブリに襲われて壊滅状態になっていること。伝染病が流行りそうになっていて、それを食い止めるためには金がいること。その金を得るために、俺は融合炉を手に入れる必要がある。特に隠す必要もないから全部正直に話した。ロッチーさんにしてみれば、人間の街がどうなろうと関係の無い話だ。だけどロッチーさんはだいぶ頭が良さそうだし、なんていうか常識がありそうなので、助けてくれそうだと俺は思った。

「わかりました。確かに融合炉は2基故障しています。これでよければ差し上げます。帰りのエレベーターも今解放しましたので、いつでも帰れますよ」

 ロッチーさんが優しい口調で言ってくれた。

「マジですか! ありがとうございます!」

 俺は感激して言った。話が通じる人で良かったなー。

「あの、タクヤさん、私からもお願いがあります。これは交換条件ではなくて、もし可能ならばということなのですが……」

 ロッチーさんが遠慮がちに言った。

「何でも言ってください。俺が出来ることならなんでもやります」

 俺は意気込んで言った。

「私は臆病なので……。タクヤさんがここを出ていったあと、他の人間がここに来る可能性について知りたいのです。タクヤさんが融合炉をお金に変えた場合、他の人間が同じことを考えることは無いでしょうか。人間が大挙してここに来て、私を殺して、稼働中の融合炉を持っていこうとしないでしょうか。その場合、発電所の機能が止まってしまうので、電力の供給も出来なくなります。すると、人間達の生活にも悪影響を及ぼすはずです。殺されるのはもちろん恐ろしいですが、この発電所を維持できなくなるということも、私としては気がかりです」

 ああ、なるほど。俺はそこまで頭が回ってなかった。ちゃんとそこを話し合っておくべきだったな。

 俺は自分のスキルについてロッチーさんに説明をした。転生の話はさすがにので、生まれつきなぜか放射能耐性がある、という話にして伝えた。そして俺以外の人間には放射能耐性が無いはずなので、この階層には侵入できない。それはアンドロイドや他の機械類も同じだ。だから、ロッチーさんが心配していることがすぐに起こるとは考えにくい。ただし、俺が融合炉を売りさばいたら、この場所はそれなりの注目は浴びてしまうだろう。結果的に、ロッチーさんに迷惑がかかってしまう可能性は十分にある。

「もちろん俺はロッチーさんの話は誰にもしません。エレベーターの故障で10日間、ここに閉じ込められていたという話にしようと思います。だけど確かに、金目の物がここにあるってわかったら、むちゃしてここを目指す人間もいるかも知れません。それについては俺も、なんとも言えないんですけど……」

 俺は必死に頭を回転させながら、ロッチーさんに事情を伝えた。

「わかりました。タクヤさんの話を聞いて少し安心しました。それで十分です。あの……それで、もう一つだけお願いがあるのですが」

「どうぞ、どうぞ」

「私はここで50年暮らしています。インターネットはありますし、一人の生活にも慣れています。ただ、こうやって初めて人間と話をして、非常に刺激になりました。このことは今後私が生きていくことや、発電所を維持するためのモチベーションになりそうです。ですので、タクヤさんがもしよければ、また私に会いに来てくれませんか?」

 ロッチーさんが少し恥ずかしそうにして言った。スゲー人間味に溢れているな。

「来ます来ます。まだ俺は金を稼ぐ必要があるし、必ず発電所に来ると思います。その時にロッチーさんに会いに来ますよ。物資もまた持ってきますね。あの、さっき投げた食べ物のことですけど」

「ありがとうございます、タクヤさん。よろしくおねがいします」

 ロッチーさんが嬉しそうにして言った。


 その後、俺は下半分が壊れた階段をなんとか伝って、ロッチーさんの目の前に降り立った。さっきまで『これ』とずっと会話をしていたわけだけど、間近に見るとやっぱりスゲー迫力がある。正直怖い。しかし、あんまりビクビクするのも失礼な感じになるだろう。俺は平静を装ってロッチーさんの脇をすり抜けた。そしてロッチーさんの指示に従って、故障をしている2基の融合炉を壁から取り外した。この為に俺はリュックを2つ持ってきている。融合炉を一つづつリュックに入れた。そして背中とお腹の両方に持ったら……メチャクチャ重くて足元がふらつく。あれ……これだと、壊れた階段をよじ登るのは無理じゃね?

「私の背中に乗ってください。今、体を低くしますから」

 状況を察したロッチーさんがそう言って、地面に平たく、くっつくような体勢になってくれた。俺は恐る恐るロッチーさんの頭の部分に乗る。ゆっくりとロッチーさんの体が持ち上がる。うおー、高い。階段の上まであっという間だった。俺は螺旋階段の手すりに手をかけて、勢いよく飛び移った。

「ありがとうございます! あの、また来ますんで。その時はもっと話をしましょう」

 俺はロッチーさんの顔をしっかり見て言った。

「楽しみにしていますね。帰り道、お気をつけて」

 ロッチーさんが巨大な体を元の位置に戻しつつ言った。こういうちょっとした動きも、なんだか優雅に見えてきたな……。

 重いリュックを背負って俺はコントロールセンターを抜けた。そしてエレベーターを呼ぶボタンを押した。今度はしっかりと反応があった。モニターの階数の表示が動いて……地下10階に到着した。エレベーターの扉が開く。扉の中にゴキブリとか……いないよね? 大丈夫だ。俺は中に入って上に行くボタンを押した。ポン、という音とともに、エレベーターが上昇し始めた。

 いやー、なんとかなったな。だけどまだ安心は出来ない。ここからの帰り道がまた、めちゃくちゃ大変だよな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る