第10話

 俺は地面に寝そべっている。頭を地面に載せたまま、意味もなく小石を指でもてあそんでいる。これ、本当に現実なんだよな。ベリーハードな現実だ。腹が減ったけど、体を動かしたくない。しかし食わないと、体が動かなくなるだろう。なんでこんなに追い詰められてるんだ、俺は。

 誰かが俺の肩を軽く叩いた。ビクッとして、俺は素早く体を起こして、後ずさりした。若い女の人が俺の顔をじっと見ている。鼻筋が通ったスゲー綺麗な人だ。色が白い。


「もしかして、転生してきた人?」

 え?

「死亡した後の白い部屋と、ATMのような機械。難易度はベリーハード。……私が何を言っているか分かる?」

 真剣な表情でその人が言った。

「そうですそうです! 転生してきたんです。あなたもですか?」

 俺は叫ぶようにして言った。でも腹が減っていて、あんまり大きな声は出なかった。

「うん、わたしも同じ。この世界に転生してきたの」

 その人が眉毛を下げて微笑んだ。

 その笑顔を見た途端、俺は泣き出してしまった。泣き声を必死に圧し殺そうとするけど、声が漏れてしまう。肩も震えていてみっともない。でも、俺は一人じゃなかったんだな。

「ずびばぜん(すみません)。ちょっと嬉しくて。俺、けっこう追い詰められていて……」

 するとその人が、俺をそっと抱きしめてくれた。心が震える。

「私も君に会えて嬉しい」

 耳元で、女性が優しくささやいた。それを聞いて俺は、声を出して泣いた。うううーとか言って泣いてしまった。情けないけど止めようが無い。俺が泣いている間、女性は笑顔のまま黙って側にいてくれた。それだけで、この人が相当優しい人だという事が分かった。思う存分泣いて、俺はようやく落ち着いてきた。

「……あ、なんで俺が、転生して来た人間だと分かったんですか?」

 路上生活をしている人は、他にもたくさんいるのに。

「……他の人とはだいぶ雰囲気が違う感じがして、なんとなくそう思ったの。あとね、なんだか懐かしい感じがした」

「……そうですか」

 それだけで声をかけてくれたんだな。感動する。

「ねえ、場所を移して話をしよう。私たち、ちょっと目立っているから」

 女性が言った。俺がぎこちなく立ち上がろうとしたら、手を引っ張って立ち上がらせてくれた。この人、やっぱりすげー優しい。

 体が弱っていて足元がフラフラしている。俺は女性に手を引いてもらって歩き始める。この人は美人な上に、スゲースタイルが良い。身長はたぶん、170以上あるだろう。こんな素敵な女性に連れられて、俺はスラムの路地をフワフワとただようように移動している。これ、また夢じゃないよな? ここから目が覚めたら相当絶望的だ。


「ついたよ。ちょっとだけここで待っててね」

 女性がそう言って、目の前の建物に入って行った。ここは……教会か。木造の大きな建物の壁面に、巨大な十字架の印が刻まれている。少しして、女性があたりを見回しながら戻ってきた。

「お待たせ。急いで入りましょう」

 俺は頷いた。

 建物の脇にある細い道を、女性の後について進む。道の突き当りに小さなドアがあって、そこから建物の中に入った。さらに狭い廊下を進んで、また小さなドアの前に来た。

「どうぞ入って」

 言われるままに俺は中に入る。テーブルとベッド、それと小さな机がある。他には何もない。とても小さな部屋だ。女性に促されて俺は椅子に腰掛けた。

「水を飲む?」

 女性が微笑んで言った。

「あ、はい。ありがとうございます」

 俺は恐縮して言った。

「お腹は空いてる?」

「はい……」

「ちょっと待っててね。用意をしてくるから」

 女性が部屋を出ようとした。

「あの! すみません。その前に少し、情報交換をさせてもらえませんか」

 俺は焦って言った。腹はメチャクチャ減っているけど、それよりも知りたいことが多すぎる。

「うん、分かった」

 女性が頷いて俺の目の前に座った。そして俺たちは話し始めた。

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