第2話
夏休みが始まった。しかし俺には彼女がいない。もし彼女ができていたら、たぶん海とかキャンプとか、ディズニーランドとか行ってみようと思っていたのだ。そのために去年の年末にバイトを始めて20万円くらいお金を貯めた。まだ見ぬ彼女を夢見ながらモチベーション高く労働をした成果だ。
以下妄想。
「海に行かない?」
「え、水着を一緒に見に行くの? ちょっと恥ずかしいな」
「その水着すごい似合ってるよ。むちゃくちゃ可愛い」
そんなセリフをいつも頭の中で漂わせていた。結構きつかったバイトをそうやって乗り切ったわけだが、今思うとひたすら虚しい。
しょうがないので俺はこの夏、部活に専念しようと思う。俺が入っている部活はけっこう厳しくて、毎日ランニングを10キロ。筋トレをヘビーに30分。そのあとようやく本格的な活動をするルーティンがある。というと体育会系と思われるだろうが、実は料理部なのだ。体育会系料理部。
ー料理には体力が必要ー
間違いない。
ー料理ができる男子はモテるはずー
同意。
ー料理ができる男子が体も鍛えていたら更にかっこいいー
激しく同意。
という理念……というか信念のもと、伝統的に料理部の面々は見た目は結構チャラいくせに、身体能力は運動部にひけをとらない。毎日のルーティンをサボっているやつは料理もさせてもらえないので、俺もバイトは忙しいけれど基礎練習だけはサボらなかった。ただ、彼女ができた男は正式にサボっても良いことになっている。この超合理的な感じが我が料理部の魅力である。
それでまあ、料理部の現役メンバーは俺と慎吾だけなのだ。そうです、2人です。夏前に受験生である3年生3人が引退して、俺たち2人だけになってしまった。1年生はいない。俺が知る限り彼女ができた先輩もいない。まあ料理は楽しいよね。女子の部員がいたら、もっと楽しいんだろうけどね。間違いなく。
「今日は20キロぐらい走ってみるか」
ランニングをしながら慎吾が涼しい顔をして言った。俺たちは河川敷を延々と並走している。
「やけになるなよ。今日はカレーの仕込みがあるだろ」
息を整えつつ俺は言った。料理部の目標として、今年の夏はカレーを極めることにしたのだ。
「俺は20キロ走るぞ。今日は体の調子がいいんだ」
慎吾がスピードを上げつつ言った。
「しかたねぇな……」
結局俺たちは、海が見える河口付近まで25キロ走った。お互いに挑発しあって走っていたらそうなってしまった。最後は脱水症状みたいな感じになって、土手の芝生の上にぶっ倒れた。倒れたまま俺と慎吾は虚しく笑った。お互いにヤケになっていた。
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