Straight to KILL.

来堂秋陽

Straight to KILL.

 俺は確か、サバイバルゲームをやろう、と誘われたはずだ。

 経験も何もないまま、ただ興味だけで参加すると言って、会場が真夜中の住宅街ってのにまず驚き、そして手渡された得物が、刃引きされてるとはいえ、本物並みの重量がありそうな日本刀とハンドガンてのに二度驚き、そして三度目の驚きは、今、足元に見知らぬおっさんが転がったことで訪れた。

 酔っ払ってたんだろう。そうでなきゃ、こんな物騒な風体の男に声をかけようなどとは普通思わない。

 そして俺も、渡された武器を手に、いつ始まるか知れない戦闘に興奮してたんだと思う。ごちゃごちゃうるさい事を言われるのも癪だと思って、つい、顔面を目掛けて撃っちまった。

 鈍い銃声を聞き、おっさんの後頭部が真っ赤に爆ぜるまでは、俺の手にあるのはせいぜいガスガンだと思ってた。が、頭からだくだくと流れる血を見る限り、どうやら俺が発射したのは実弾だったようだな。

 まいったな。ゲームしに来たはずなのに、いきなり殺人者だ。足元のおっさんの死体は妙にリアルなんだが、これをたった今俺が製造したっていう実感がわかない。

 ってか、これ、主催者もわかって配布してるんだとすると、他の参加者も実銃を持ってうろうろしてるって事か?

 冗談じゃねぇ。

 今回のゲームは、個人戦、バトルロイヤルだって聞いたぞ。つまり、誰か見かけたら構わず撃たないとこっちが撃たれちまうってことだ。

 マジで冗談じゃねぇぞ。

 一瞬、武器を捨てて逃げてやろうかと思ったが、そんなことをしたらただの的だ。殺りたくもなければ殺られたくもない以上、気付かれないように時間まで粘るしかねぇ。

 足元に転がるおっさんに、形ばかり手を合わせてその場から離れようとした瞬間、前髪を掠めて何かが飛んでいった。撃たれた?

 反射的に振り向いて銃を向けると、通りの角で、やや小柄な影が俺に銃を向けていた。見覚えがある。まさか……。

「なんだ、何でこんなところにお前がいるんだ」

「あれ、奇遇だねぇ」

 お互いに銃を下ろして声を掛け合う。誰あろう、二ヶ月ほど前に別れた、俺の元彼女だ。活発な奴だと思ってたが、まさかこんなところで顔を合わせる破目になるとは思わなかった。

「その出で立ちからすると、お前も参加者ってわけか」

「そっちもそうみたいだね」

 お互いに、ためつすがめつする。俺は、こんなところで知り合いに会ったことで少しほっとしていたが、向き合う彼女の目には押し隠した殺気が見え隠れしている。なんだか少し悲しくなった。

「お前に銃は向けないよ」

「そう?」

 武器は手にしたままで、ひょいと肩をすくめると、やっと彼女の眼差しが少し緩んだ。視線が、俺の足元、つまりおっさんの方に向く。

「もしかして、殺っちゃった?」

「まぁ、な。まさか実弾が出ると思わなくて、撃ったら死んじまった」

「呆れたなぁ。このゲームがどういうものか知らないで参加したっての?」

「まぁ、な」

 やや苦い口調で俺が答えると、彼女はくすくすと笑った。

「考え無しなのは相変わらずか」

「悪かったな」

 俺の口調は憮然とならざるを得ない。

「そんじゃしょうがないね。初心者の君をここで見捨てていくのもかわいそうだし、この際生き残り優先って事で、共闘する?」

「初心者って……まさかお前は初めてじゃないのか?」

「まぁねん。これでも、一応ランカーの端っこに引っかかるくらいには活躍してるのよん」

「そ、それじゃ」

 いっぱい殺してるのか、とは、流石に口に出せなかった。でも、彼女には通じたんだろう。少し苦い笑いを浮かべてこう答えた。

「まぁ、その辺は言いっこなしだよ。君だって、参加した以上は、殺らずに済ますってわけには行かないんだから。既に、一般人殺したペナルティがあるしね」

 転がってるおっさんを見下ろして、今更ながら、俺がこれを製造したっていう実感が湧いてきた。

「一般人を殺しちゃった以上、今回はただ生き残るだけじゃダメ。なんとか上位に入らないと、大会主催者から警察に通報が行っちゃうよ」

「そしたら、晴れて俺も殺人犯ってわけか」

「しかも、凶悪な、のおまけつきのね。まぁ、大丈夫、今回はあたしがサポートするからさ。一人殺っちゃってんだもん。何人だろうが一緒でしょ」

 ね、と言う彼女の笑顔に後押しされるように、俺は何かを

吹っ切ってうなずいた。


 一緒に行動して、彼女が自称した『ランカーの端っこに引っかかってる』ってのは、どうやら謙遜であるらしいとわかってきた。

 基本的には参加者が持っているドッグタグを奪いさえすれば、相手が失格になるルールなのだが、敵も実銃、本物並みの日本刀で武装している以上、平和的に無傷で手に入れるというわけには行かない。

 彼女は実際、相手に先に撃たせることなく、時には撃ち倒し、時には斬りかかり、的確に戦闘力を奪っていった。一発で仕留めない限りは、止めは俺に任されて、俺もスコアも確実に稼いでいた。

 銃よりも刀を多用するスタイルの彼女は、少しずつではあるが、相手の返り血に塗れていく。俺はだんだん、彼女のその姿を美しいとさえ思い始めていた。 

 ゲームは、日の出の一時間前に終わるルールになっていた。タイムリミットまであと十分弱というところで、彼女が唐突に足を止める。

「さて、残り時間も少なくなったね。あたしたちの共闘もここまでかな」

「え?」

 突然の言葉に、俺の脳は内容を把握しきれずに、間抜けな声を上げさせた。

 そんな俺の反応に頓着せずに、奴は言葉を継ぐ。

「ぶっちゃけた話しちゃうとね、あたしのランカーの地位ってのホントにぎりぎりなんだ。んでもって、あたしも最初の頃に一般人を殺っちゃってるからさ、ランカーから落ちたら刑務所送りなわけ」

 くるっと振り向いた彼女の目は、今日最初に会ったときのように、押し隠しきれない殺気に満ちていた。

「君もさ、例えば今日、何とか売られずに済んだとしても、売られないためにはゲームから抜けずに、ランクを維持し続けないといけないんだよ。そんなこと、出来ると思う?」

 殺気に押され、あとずさりながら俺は首を振った。彼女はその距離を詰めようともせず、殺気に満ちた目を向けたままで、にっこりと微笑んだ。

 なんて、綺麗に笑いやがるんだこいつは。

「だよね。だからさ、君がそんな無間地獄に落ちないように、あたしがけり付けてあげるよ。いやだったら、あたしに銃を向けてもいいよ。ゲームに参加した以上、殺られても恨みっこ無しだって思ってるしね。君に殺られるなら、まぁ、本望かな」

 身勝手な理屈だと、普段だったら絶対に思うだろう。相手の価値観に基づいて殺される。こんな理不尽なことがあっていいはずがない。

 だが、俺は彼女の瞳に宿る深淵を、今この場で垣間見てしまった。彼女の理屈が、俺には理解出来てしまった。

 ゆっくりと、刀を正眼に構える。彼女の殺気に当てられたように、俺は銃を構えた。

 ただ一足。信じられない速度で詰められた間合いに、俺の構えた銃は火を吹くことなく、右肘から先ごとすっ飛ばされていた。痛みを感じる間もなく、そのまま後ろに抜けた彼女の方に振り返る。

 俺が左手に持った刀を振り上げることを考え付くよりも先に、彼我の距離が零になる。彼女は俺の首筋に刀をぴたりと当てた。

 時間が止まったような気がした。 

 彼女の目は、吸い込まれるような深淵を湛えたまま俺をじっと見つめている。

 一瞬、泣き笑いのような表情を浮かべた彼女は、その唇を俺の唇に合わせ、離れると同時に、その刃を引いた。

 俺のまぶたに焼きついた最後の映像は、俺の返り血を浴びながら泣き笑いの表情を浮かべる彼女。


 消え逝く意識の中で、俺は、なんて綺麗なんだろう、と、それだけを考えていた。

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Straight to KILL. 来堂秋陽 @Akihi_Raidou

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