第3話 早くないですか?

 俺が産まれて1年と半年が過ぎ去った。その日はとても不思議な夜だった。体がとてもむずむずするのに全くと言っていいほど不快感がなく、それどころか眠たくなっていたのだ。いや、赤ちゃんなのだから眠たくなるのは当然なんだろうけども、むずむずしてる時って普通寝にくくないか?

 まぁ結局睡魔にあらがえず眠りについたのだが……翌朝、驚くべきことが起こった。


「くぁあ……朝ぁ?」


 カーテンから零れる朝の陽ざしの眩しさに俺は寝ぼけ、大あくびをしながらも目を覚ました。目をしょぼしょぼとさせながらも、大きく伸びをしようとしたところで――


「痛っ」


 手と足に何かが当たった。痛いと言いはしたが、反射的に言ってしまっただけなので痛みはないんだけどもう一度腕と足を動かしてみるがやっぱり何かに当たる。試しに腕を横に広げてみたけどやっぱり当たる。ぶつかったものを手でつかんでみる。細い柵のような……あぁベビーベッドの赤ちゃん転倒防止用の柵ね。あれ?近くね?もうちょっと余裕あったよね?何ですぐにぶつかるの?

 頭が冴えてきたところで異変に気付き体を起こし、ようやく原因がわかった。


「え?なにこれ……!?」


 ベビーベッドが小さくなったとかそういう訳じゃなくて、俺がデカくなったんだ。もっと言うとぷにぷにだった俺の腕もほっそりとしたものとなっている。って我ながらきれいな肌してんな。じゃなくて。

 デカくなったってそのまま大きくなったとかじゃなくて、成長したのか俺!?一晩で!?異常過ぎない!?大人の人、お母さん起こさなきゃ!


「ちょっ、お母さん!起きて!」

「うぅん……?なぁにアリスちゃん?ママはまだ眠いのぉ。」

「お願いだからぁ!」

「もぉ、おっぱいが恋しくなったのぉ?」


 俺同様に大あくびをして体を起こすお母さん。何でこんな何気のない所作の1つ1つでエロさを醸し出せるんだよ。これがサキュバスクイーンなのか……。

 体を伸ばし、目を擦り俺に視線を向けたところで、お母さん固まる。比喩ではなく本当に時が止まったように固まったのだ。えっととりあえず……


「おはよう、お母さん。」

「あ、アリスちゃん……!?」

「その筈なんだけど、成長してるよね?」

「あら、あらあら、あらあらあらあら!アリスちゃん成長期だったのねぇ!?お母さんビックリしちゃったわぁ!」


 え、成長期で片づけていいの?

 お母さん曰く、サキュバスとは精気を吸収するため、他の種族よりもすさまじいスピードで魅力的な体に成長するらしい。お母さんに鏡を見せてもらったけど、今の俺はどうやら小学生6年生ほどの姿まで成長していた。俺の幼年期1年半で終わっちゃったんだが。いや、一気に成長したことで出来ることが増えたと思えば悪くはないのかもしれない。


「もしかして昨日から体がむずむずしてたのって……」

「あら、言ってくれればよかったのに。それは成長の予兆よ?そんなことより……!」


 そう言うとお母さんは俺をベビーベッドから抱えあげお姫様抱っこする。え?俺、成長したはずなんだから体重も相応に増えてるはずなんだけど、あっさり抱いてない?それにそんなことよりって?


「リーザ!今すぐ子供用の服を用意しなさい!アリスちゃんのお披露目の準備をするわよぉ!」


 お母さん、ドアを蹴破るのはどうかと思うんだけど!?それに今お披露目って言った!?俺誰かにお披露目されるの?

 お母さんの呼びかけにすぐさま参上したリーザさんは、腕に抱えられた俺を見るや否や瞳を輝かせ「畏まりました!」の言葉と共に風のように消え去った。


「さ?私達も行きましょう?」

「どこに?」

「勿論、衣裳部屋よぉ?」



「え、これ全部に服が入ってるの!?」

「そうよぉ?サキュバスは体だけじゃなくて男の視線を集めるための衣装にも気合を入れるものなのよぉ。」


 連れてこられた衣裳部屋は俺が思い描いていたものとは全く異なっていた。俺の記憶が確かならば、クローゼットは飛ばない、はずだよね。いや、この世界に魔法があるというのは分かっている。が、飛ばす必要はあるのだろうか?異世界感性良く分からん。というか、飛ぶ飛ばない抜きにしてクローゼット多くないですか?そもそも衣裳部屋広すぎませんか?ドーム並みの広さでは?

 あ、リーザさんが降り立った。ただしクローゼットを抱きかかえてだけど。


「ふぅ、お待たせいたしましたアリス様。こちらがアリス様のためにベリス様や私が考えに考え、揃えに揃えたアリス様のお召し物でございます。」

「可愛い物からセクシーな物、際どい物もあれば格好いい物もあるわよぉ?」

「え、ちなみに何着ほど……?」


 聞いてはならないことを聞いた気がしたが、聞かずにはいられなかった。


「どうだったかしら、リーザ?」

「えぇっと、1000着以上は間違いありません。ほら、ベリス様も私もアリス様に似合うと思った物は即買ってましたからね。いやぁ色んな服を聞かざるアリス様……うふふ、楽しみです。」

「私達でアリスを最高のお姫様にしましょうねぇ?」


 アカンこの2人、目がマジだ。ここはこっそり逃げ……まぁそうですよね。逃がしませんよね。お披露目とか言ってるし。誰にお披露目するかは知らないけど……あのせめて、朝ご飯だけでも食べさせてください。

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