サキュバス転生~誘惑してるように見えるかもしれませんけどしてないし俺は元男です~
銀
第1話 プロローグ
とある男は見知らぬ洋館の前で佇んでいた。目的があってここに来たわけではない。
男は記憶をめぐらす。確か自分は仕事終わりに酒を飲んで、いつも通る街道を何の気もなしに歩いていただけだ。曲がり角……そう、曲がり角を曲がったその時に急に視界を白い何かが覆って――気づいたらここにいた。
「どうなってるんだ……?」
男は酔いの残る頭をぼりぼりと掻きながら周囲を見渡す。屋敷の敷地内ということなのか、芝生が広がっているかと思えばそれより先は木、木、木だ。もう森といった方が正しいのかもしれない。空は真っ黒で星が瞬いている。
夢かと思えば風が頬を撫でる感覚もあるし、腕を抓ってみたら普通に痛かった。これが現実だと認識で来た男は、慌てふため……かなかった。自分でも驚くほどに冷静だった。
その時、目の前の洋館の大きな扉が軋むような音を立て、開き始めた。男は思わず息を呑んだ。恐怖した訳ではない。その開かれた扉の奥から現れたものに驚愕したのだ。
「おや、珍しい。迷われて来たお客様ですか。」
扉から現れたのは、メイド服を着た男が見たこともないほど容姿が整った女性。だが、その女性には人間にはあるはずのない先端がハート形となった尻尾とまるで蝙蝠を彷彿とさせる翼を背に広げていた。そして男はその人とは外れたその容姿に聞き覚えがあった。
「サキュバス……なのか?」
「ふふ、その通りです。」
男の口から出た困惑にも、歓喜にもとれる震えた声にメイド服を着た女性は楽しそうに笑う。
――サキュバス。淫魔、もしくは夢魔と呼ばれる存在は、女性しか存在せず、人に似通ったその魅惑的で蠱惑的な容姿で男性を誘惑し交わり、精気を貪る存在と言われている。……とは言え、殺すほど精気を採らないらしいが。
「も、もしかして……お、俺はアンタと、その……ヤれるのか?」
前述の通り、サキュバスは男を性的に喰らう。そしてその技を受けた男たちは皆、天国が見えたと頬を赤らめるほどだと言われている。実際、男の友人も3年前にサキュバスと床を共にする機会があったらしく、未だにその時の内容を語ってくるのだ。男は聞くたび聞くたびに羨ましいという思いが募るばかりであった。
しかしだ。今目の前には望みに望んだサキュバスがいる。もはや、男の頭の中には何故自分がこの場に立っているかという疑問は消え去っていた。ただ、サキュバスと交わりたい。もう考えられることはそれだけだ。
しかし、メイドは少し悲しそうに頭を横に振った。
「残念ですが……私ではありません。」
「へぁっ!?」
分かりやすくショックを受ける男だが、すぐにメイドの言った言葉を思い返す。私ではありません……?と言うことは?
バッと顔を上げ、扉の奥、メイドのもっと奥に目を向け――見つけた。暗闇に紅く光る双眸がそこにあった。男はそれを見ただけで心臓がはち切れんばかりに鼓動を始めたのを感じた。だが、恐怖ではない。これは興奮からくるものだ。
「あら、偉いわねリーザ?今日はちゃんとつまみ食いせずにいられたのねぇ?」
「女王様、あまり苛めないでください。前回のはあれです。私の好みだったのが悪いんですよ。つまり私は悪くありません。」
扉の奥から聞こえたのは、男が感じたこともないような甘く蕩ける様な声。この時点で男は声の主にメロメロとなっていた。目を見ただけなのに、声を聴いただけなのに、男は支配されてしまった。
そして、暗闇から声の主が現れた。
「あらあら、そんなに滾っちゃってぇ。可愛いわねぇ。」
男は言葉を失った。そして、体が勝手に動くのを感じた。いや、勝手ではない。確固たる自分の意思だ。
目の前の、女王様と呼ばれたサキュバスを味わいたい。犯したい。己のものにしたい。その目には一種の狂気が滲んでいた。しかし、そんな目を向けられていることを知りながらもメイドも動こうとはせず、女王様も逃げはせず寧ろ男を迎えるかのように両腕を広げた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛……」
もはや獣のような声しか出ない。一歩、また一歩と男は女王様に近づいた。近づくたびに花のような香りが鼻孔をくすぐり、更に男は滾らせる。
ついに男は女王様の元にたどり着き、その両腕の中に体をうずめ――
「はぁっ!?」
冷たい床……いや、道の上で男は目が覚めた。倦怠感に襲われながらも体を起こし周りを見渡すが、そこは慣れ親しんだ自分が住んでいた街だった。時間的には早朝と言ったところだろうか。だが、自分はこんなところで寝た覚えはない。自分はさっきまでサキュバスと――
「もしかして、夢だった……のか?」
にしてはとても幸福と肉欲に満ち溢れた夢だった気もするが……ふと、自分の手の甲に視線を移すとそこには真っ赤なキスマークがあった。
それを見て男は夢ではなかったと確信し、1人早朝の街でにやけていた。そんな男を見かけた街の住人は気味悪がったが。
・
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今日のご飯が帰ったころ、女王様――ベリスは淫靡なネグリジェに身を包み、豪華な椅子に腰かけ、満腹感を味わうようにお腹を擦っていた。
「今日の男は中々良かったわねぇ?」
「それはようございましたね。」
「あら、何よぉリーザ。あなたにもちゃんと回してあげたじゃない?」
「せめてもうちょっと元気な時に頂きたかったのですけれど?」
「ごめんなさいねぇ、ついね?」
可愛らしく首を傾げ謝罪する主にリーザは大きくため息をつく。しかし、主の勝手さは今に始まったことではないので、それ以上小言を言うことは諦めた。
「ベリス様、そろそろお休みになられますか?」
「そうねぇ、確かにちょっと張り切っちゃったから眠いわねぇ……ふわぁ……あっそうだ。リーザ寝る前に私、レモン水が飲みたいわぁ?」
「レモン水ですか?」
主の珍しい要望にリーザは思わず聞き返してしまった。いつもであれば紅茶が欲しいとか言うと思って秘かに用意していたのだが、出鼻をくじかれた。いや、レモンはあるので用意はできるのだが。
「そう、レモン水よぉ。何故かしらねぇ、今無性に酸っぱい物が欲しいのよねぇ?」
「珍しいですね。すぐにご用意いたしますので少々お待ちください。」
「お願いねぇ?」
その後、リーザはベリスにレモン水を入れたピッチャーとコップを届けた。届けてすぐにコップ一杯分のレモン水飲みほしたベリスには面を喰らったが、リーズは触れずにおき、自室に戻って床に就いた。
「……あれ?そう言えばベリス様……お腹張ってませんでしたっけ?……気のせいですかね?ふぁあ、ねむ……」
就寝前に一抹の疑問を覚えたが、淫魔も睡魔には勝てず、意識は沈んでいった。
そして数時間後、リーズは飛び起きることとなる。主の悲痛な叫びを耳にしたからだ。
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