「ゲームを作ろう」から始まった殺人事件

Froncks

第1話 俺はあいつを殺してない

『このゲームを読んでいるあなたへ。どうか俺たちを助けてください。この脱出不可能なデスゲームから。信じてください。俺はあいつを殺していないーー』



 

 腹部を何者かに喰い散らかされていた親友を見たーー



 あまりにその光景はおぞましく、残酷で、世界の全てを恨んだ瞬間だった……




「……何がおとぎ話だ!?何がゲームだ!?お前にはまだ、言いたいことがたくさんあったのに……!」


 



 

 ーー8人の男女が、全員同時に目を覚ます


 

 月明かりだけが差し込める、見知らぬ教室に寝かされていた。


 机にうつ伏せるように眠っていたようだ。



 上体を起こし、朦朧とする意識の中、急いで辺りを見渡した。


 

クロト「な……!なんだ……こ、ここは……!?」



 真っ先に口にした少年ーー自分が『クロト』という名前の中学生である事は理解出来るが……



クロト「……ダメだ!思い出せない……!なんだこの状況……!?はっ!なんだなんだ!この非日常で非常識な現状は!?め、メモ取らなきゃ!!」



 興奮気味に手帳を取り出して、自身に置かれた状況を一心不乱に書き出した。



 クロトーー黒髪のショートヘアーで、ワイシャツにチェックのネクタイを身に付けている。


 

 中学生のクロトだが、本業は現役小説家。


 授業そっちのけで物語を書き、今のようにアイデアが浮かぶと如何なる場合でも、文字に書き止めなければ気が済まないーー



 書き終えて冷静になったところで、改めてこの場で気を失っていた理由について考察する。



クロト「……って、浮かれてる場合じゃないよな。一体俺はどうしてこんな所に……」



 その前後の記憶が欠落していることに気がついた。



 鉄筋コンクリートで造られた壁や天井。



ーー黒板や教卓と思われる机が見える……!?ここは教室か……!?しかしーー



 よくある教室の風景だったが、クロトはここが、自分が通う中学校とは異なる場所であると理解する。



 頭に響く痛みを抑えていると、隣にいた少女が声を掛けてきた。



「クロト……?ここはどこ!?私達どうしてこんな所で倒れていたの……!?」



クロト「ナツキ……!?俺にも何が何だか……」



 ナツキーー菜の花のように明るい綺麗な黄色ヘアーで、ショートボブの上からキャスケットを被っている。



ナツキ「ここって学校……!?でも私たちの学校じゃないよね……!?どうしよう……大会が近いのに……!」



クロト「言ってる場合か!こんな時でも部活のバレーが大事か!?」



 ナツキとクロトは幼少時代からの幼なじみだ。


 昔から体を動かすことが好きで、バレーボールの全国大会出場を夢に、日々練習に励んでいる。



 そんなナツキは学業や恋愛をそっちのけで、人生=バレーボールと言ってもいいほどの情熱を注いでいた。



ナツキ「当たり前よ!私にとって次の大会は、絶対に負けられない大切な試合なの!小説ばっかり書いてるクロトにはわかんないわよ!」



クロト「だからって時と場合があるだろ!?俺たちが、こんな知らない場所で寝かされていた理由を考えろよ!これが最悪の場合ーー」



 クロトがそこまで言い返したところで、眼鏡を光らせた肥満体型の男が割って入った。



「拉致……の可能性がありますねクロトさん」

 


クロト「……可能性がある。あくまで可能性だけど、この状況をお前はどう思う?コウダイ?」



 コウダイーーオレンジカラーの髪色と眼鏡。

 学生服の上から羽織っていた、白衣服が中学生にはない大人びた雰囲気を漂わせていた。



コウダイ「えぇまぁ、これだけの人間が同時に倒れていたんです。ぐうぜんとは考えにくいでしょう。幸い、見たところ皆さん、身体に目立った外傷はないようです。注射跡も見受けられません。もし痛みや痒み、その他身体に違和感がありましたら申告してくださいね」



 コウダイは全国で有名な医師の父を持ち、中学生ながら大人顔負けの成績を持つ。


 運動馬鹿のナツキとは、まさに正反対と言えた。



 中学生で既に、親の医科大学でアシスタントを日常的にこなしている。



クロト「とりあえずコウダイがいてくれて助かったか……とても心強い」




「そうだよねぇー!えへへー!心強いねー!」

 


 その間の抜けた台詞は、クロトの向かいから聴こえてきたーー


 すぐにその声が、知っている少女のものだと気づき、クロトはガックリと肩を落とす。



クロト「お、お前もいたのか……ソラ」



ソラ「うん!いたよー!クロトくんと一緒は嬉しいなー!」



 ソラーー透き通ったような水色のロングヘアーで、貝殻のような小さな髪飾りを身に付けている。


 整った綺麗な顔立ちと、140センチと小さめな身長。

 彼女は芸能人顔負けのルックスだったが、それ以上に特徴的な美しい”声”を持っていた。



ソラ「えへへー!私、早くクロトくんの書いたヒロインの声をやりたいなぁー!アニメ化したら真っ先に一番にお祝いしてあげるね!」


 

 事務所と正式契約している現役新人声優である。


 幼い可愛らしい少女の声から、大人びたお姉さんキャラまで幅広く演じている。



 そんな透き通るような綺麗なソラの声に、コウダイは突然鼻息を荒らげていた。



コウダイ「ソラちゃーん!!あぁ今日も可愛いでちゅよ!可愛いすぎでちゅよ!」

 


 豹変した態度のコウダイに、ソラは怯えながらクロトの後ろに回り込んで身を隠した。



ソラ「あ、ありがとうコウダイくん……でも私は、クロトくんだけのアイドルだから……ごめんね」



 背中にくっつくソラを見て、幼馴染のナツキはクロトに睨み付ける。



ナツキ「……よかったね。こんな美少女に好かれて……」



クロト「なっ!だから言ってる場合かよ!」



ナツキ「こんな時でも女の子とイチャイチャしてるクロトに言われたくないわ」



クロト「イチャイチャなんかしてねぇ!」



 何をナツキに言っても、ソラがくっついてる以上火に油だった。


 それに何故これでナツキが期限を損ねるのか、クロトにはさっぱり分からなかった。



 そっぽを向いたナツキに、またもこの男が、鼻息を荒らげながら近づいた。



コウダイ「ナツキちゃんも可愛いでちゅよ!是非僕が優しく丁寧に診察してあげまちゅからねー!」



 コウダイという男は、頭脳明晰で天才有能な男だが、無類の女好きという難点があった。


 相手が美少女であるほど、途端に赤ちゃん言葉に変貌する。



 そんなコウダイに一蹴するように、不機嫌なナツキはセリフを吐き捨てる。



ナツキ「私に触れたら殺すから……!とっとと逮捕されて!この変態ヤブ医者!」



コウダイ「まだ僕何もしてないのに!?」



 

 そんな光景を、あぐらをかいて見ていたもう一人の男が、拍手を叩いて声を上げた。



「いやぁ、ほんまおもらいなあんたら!」



 クロト達はその男の存在に気づき、全員が同時にため息を吐きこぼす。



クロト「お、お前もいたのか……」



「なんやなんや。皆してため息なんて酷いやん」



クロト「……そりゃあ、お前うるさいから……」



「あんたらに言われたないわ!でもまぁ、ワイはこの暗ーい空気を和ませるのが仕事や!大舟に乗ったつもりで、ワイに任しときな!」

 


クロト「いや、うるさいからちょっと黙ってて……ベニ!」



 ベニーー赤髪天然パーマで、関西弁紛いの喋り方と、笑みにこぼれる犬歯が特徴。

 その陽気な性格から、クラスのムードメーカー的存在だった男。


 止めない限り永遠に喋り続ける男で、よく授業を妨害することから、学校中の教師から注視されていた。


 

ベニ「うるさいってなんや!ワイの夢は天下を取る漫才師!世界中の人間を笑わせるのが夢じゃ!そのためにはクロト!お前の書いたネタが欲しい!ワイと組んでN-1に出るんや!」

  


クロト「まだそんなこと言ってんのか!?俺が書いてるのはネタじゃねぇ!ラブコメ小説だ!誰が漫才なんかやるか!あっ……でもその、天下統一を目指すバカって設定のキャラクターは使えるな……メモメモ」



ベニ「そのツッコミ……!ますます欲しい!」



 ベニとクロトのやり取りを、後ろで聞いていたソラが黙っていなかった。



ソラ「ダメー!クロトくんは私とアニメ作るの!クロトくんは誰にも渡さないんだから!」



ベニ「なんやソラ!?お前もクロト狙っとるんか!?アカンアカン!女に漫才の世界は無理や!」



クロト「いや漫才の話はしてないから!ってかお前ら人の人生勝手に決めんじゃねぇ!つかベニはどんだけ頭ん中漫才一色だよ!?今は他に驚くこと沢山あるだろうが!」



 咄嗟にクロトがツッコミを入れる。


 するとベニは目をキラキラと輝かせて喜んだ。



ベニ「くぅー!流石クロトや!ほな分かった!帰ったら早速ネタ作りやな!」



クロト「イカれたロボットか!?お前の耳ぶっ壊れてんのか!?ネタ作りから離れろ!」



 噛み合わないベニとの会話に疲れを感じていると、教室のドア付近で焦る様に声を上げる少女がいた。



「だ、ダメです!ドアが開きません!」



 全員が一斉にドアの方に振り返る。


 そこには桃色ポニーテールの美少女が、困った表情で立ち尽くしていた。



クロト「モモカ先輩……!?」



 モモカーークロト達の一つ歳上の先輩で、ソラやナツキに引けを取らない美少女だ。


 2人と違ってとてもお淑やかなと美しさが優っていた。



 昔から身体が弱く、よく外で走り回るクロト達を、遠くで眺めている事が多かった。



モモカ「何もしてもびくともしないの……クロトくん私たち、ここに閉じ込められちゃったのかな……?」



クロト「……ちょっと俺がやってみます」



 くっついていたソラを退かした後、クロトはモモカにゆっくり近づいたーーその時だった。



「クロトー!貴様っー!!」



 突如激しい叫びと共に、それは目まぐるしい速さで動き出し、クロトの口にーー拳銃の銃口を突っ込んだ。



クロト「ゴハッ!!」



 クロトをそいつは押し倒し、ピストルのハンマーに指を掛けた。


 殺気のこもった眼光で、クロトの上に伸し掛る。



「よくも貴様……!貴様貴様貴様!」



 錯乱したように睨みつける。


 今にも引き金に力が入りそうだった。



クロト「がっ!ごっ!」



 必死に抵抗しようともがくが、そいつは並の中学生とは違うーー訓練の受けた”特殊警察官”だった。


 

 ”特殊警察官”とは、special assault team略して『SAT』と呼ばれ、警備部に編成される特殊部隊。


 主に対テロ対策作戦を任されており、ハイジャック等の凶悪事件に出動する。



 この男は中学生にして、異例のSAT隊員に選ばれ、M60と言った回転式拳銃の所持が国によって認められている。



 そんな男が、今クロトに殺気を向けて襲いかかっている。



「その御方に近づくな……!ましてや、貴様の様な汚物が……!」



 分かりやすい殺意と嫌悪。



 それを止めるべく、モモカは男の右手をか弱い手で握り締めた。



モモカ「お願い止めて!”アイガ”!」



 アイガと呼ばれた男は、モモカに視線を移す。


 そしてゆっくりと力を抜き、モモカの手を両手でしっかり握り締めた。



 アイガは顔をモモカに近づけーー先程までとは一変、敵意の無い満面の笑みを見せた。


 それどころか、眼をキラキラと輝かせて頭を下げる。



アイガ「了解しました!姉上!あぁ、今日も貴女様は美しいっ!」



 アイガーー藍色髪のセミロングヘアー。


 整ったモデルのような顔立ちに、スラッと鍛えられた長身。

 彼を想う女性ファンは多いが、先程のような度が過ぎる攻撃的性格が難点と言えた。


 モモカとは実の姉弟関係で、にも関わらず一方的に一人の異性として強い愛着を持っていた。


 その反面、姉に近づく男を全て敵視し、その中でも特にクロトに対しては、殺意と呼べる感情をあらわにしていた。



クロト「く、くそっ……アイガてめぇ……!」



 クロトは咳き込みながら立ち上がり、強く睨み付ける。


 当然アイガはそんなクロトに対し、見下すように顎を上げて台詞を吐き捨てる。



アイガ「いいか貴様……これは最終警告だ。次姉上に近づいてみろ。一瞬であの世に引きずり落とすからそう思え」



 昔からクロトとアイガ、この2人の仲は最悪の一言だった。



 そんな嫌悪な雰囲気に耐えられなかった、幼馴染のナツキは立ち上がって二人の間に入り込む。



ナツキ「ちょ、ちょっと止めなよ2人共!今は言い争いしてる場合じゃないでしょ!?」



クロト「ナツキ……そうだなすまない」



 クロトはナツキの顔を見て、すっと怒りを鎮めていく。



 そしてーー最後の一人が声を出す。



「やぁ素晴らしい友情だね。それとも、クロトとナツキは、もう付き合っているのかな?」



 全員が声のする方向に視線を移す。


 教卓の上に座り込む白髪の男ーー



 ニッコリと笑う糸目の彼は、いつもそうやって軽いジョークを挟み、場の雰囲気を和ませる。


 クロトはそんな彼を見て、思わずフッと笑みが零れた。



クロト「……いや、俺たちはそんなんじゃないよ。ナツキとはただの幼馴染だ。それはお前もよく知っているだろ?」



「そうだね。とっても仲がいいからつい。けど、二人はお似合いだと僕は思うけれどな」


 

クロト「茶化すのはよしてくれ。”ビャクヤ”」



 ビャクヤーー髪色もワイシャツも、心までもが真っ白に落ち着いた心優しい少年。


 どこか大人びていて、いつもクロト達を引っ張るお兄さん的存在。



 ビャクヤは教卓の上に立ち上がり、皆を導くように笑顔で声を上げた。



ビャクヤ「みんな聞いて欲しい。状況に混乱し、戸惑っていることと思う。ここが何処で、一体何故集められたのか……皆目見当がつかないが、このみんなが揃っているのは不幸中の幸いだよ」

 


クロト「不幸中の幸い……?」



ビャクヤ「そうだ。クロト。ナツキ。コウダイ。ソラ。ベニ。モモカ。アイガ。そして僕……このメンバーは、日々苦楽を共にして来た信頼し合える仲間だ」



 全員が知った顔ーーそれどころか、昔から付き合いの長いメンバーだった。


 

 ビャクヤの発言で、徐々に皆の表情が和らいでいく。



コウダイ「確かにこのメンバーなら、どんな苦難にも立ち向かえると言えますね。知恵を出し合いましょう」

 


ベニ「せやなぁ!とりあえず、ここから出る方法考えんとな!てかほんまにそのドアビクともせぇへんのかいな?」



モモカ「うん……堅いと言うよりは、なんか……動かない壁みたいなの」



 ベニはドアに手を掛けて押したり引いたりしてみるがーー



ベニ「……ほんまやな。鍵……掛かっているにしてもなんか変や。微動だにせんわ」



 首を傾げるベニを、アイガは強引に退かして前に出る。



アイガ「退けベニ。姉上は危険ですのでお下がりください」

 


 分かりやすい態度の違いはさておき、拳銃の銃口を躊躇いなく鍵穴に向ける。


 そしてーー



 ズガン!!!



 激しい銃声が教室内に響き渡る。



ソラ「びっ!びっくりしたぁ!」



ナツキ「いきなり何よ!?乱暴ね……!」



アイガ「あぁ、すまない。次はクロトの脳天ぶち抜いて終わりにする」



クロト「すまないじゃねぇよ!撃たれてたまるか!」

 


 鍵穴をぶち壊し、ドアをこじ開けようと再度手をかけるがーー



アイガ「……妙だな。まだ動かない……くっ!」



 身体を反転させ、回し蹴りの要領で破壊しようと試みるがーー


 まるで絵で描かれているかのように、ドアは1ミリも動かない。


 

 アイガの放った銃声で、クロトだけは大きな違和感を感じていた。



ーーちょっと待てよ……?これだけ激しい銃声だったんだ。俺たちをここに集めた犯人は、何故何も反応がない……?それにおかしいだろ……?何故アイガはピストルを没収されていない……?それにこの教室……



 思考するクロトを見たコウダイが、顔色を伺って心配する。



コウダイ「どうしましたクロトさん?具合でも悪いのですか?」



クロト「い、いや……そんなんじゃないよ」



 アイガの拳銃が許されているのなら、自分にも何か道具が残されていないかーー


 クロトは自分のズボンポケットに手を入れる。



 すると右ポケットの中には、入れた覚えのないーー小さな長方形の小物が入っていた。



クロト「……?」



 取り出して、それを見た瞬間恐怖で表情が青ざめたーー



クロト「……あっ!なっ!」 



 なんてことの無い手作り携帯ストラップ。


 

 ハリネズミに見立てた、9本の針が特徴のマークがデザインされている。


 これはクロト達が、昔仲間のトレードマークを意味して作った、オリジナルのチーム記号だった。


 ここにいる全員が色違いで持っている物。



 けれどこのストラップはーー”過去の事件”を境に封印している物だった。



クロト「なっ……!何でこれがこんな所に……!?何で……これが今出てくるんだよ……!?」



 クロトは唐突に、”過去の事件”を鮮明に思い出していくーー



 一方でーー

 開かないドアの謎に立ち止まっていたベニが、辺りをキョロキョロと見渡しながら、教室の掃除用具ロッカーに手をかけようとした。



ベニ「何か使えそうな物ないかみんなも探すんや」

 


 ただ掃除用具ロッカーのドアを開ける。

 

 それだけの動作に、クロトは唐突に胸騒ぎを感じた。



クロト「待てベニ!そのロッカーに触れるな!」

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