ワイルドカード(一時間で書けるところまで)

春嵐

第1話

 何人か、いる。


 駅へのアクセスを持つ、歩いて15分ほどの土地。ちょうど大きなモールがひとつ作れる程度の広さ。


 ここを狙って、争いが起こっている。


 まず、地上げ屋。こいつがいちばん平和的な方法だった。バブルの崩壊で、この街の地上げ屋は警察と組むようになっている。警察の公費を横流しして価格を釣り上げ、国の土地にしてしまう。


 地上げ屋とは仲が良いけど、国有だとまた土地転がしに使われたりして、街の人間の利益になりにくい。地上げ屋自体もあまり乗り気ではなさそうだった。


 次に、モールの息のかかった人間。郊外に大きなモールを建てる土地を探していて、この土地に目をつけた。


 モールができれば、喜ぶ人間は多い。

 しかし、客が奪われるのを警戒した駅前の商店街側から激烈な抵抗にあっている。表向きはモール建設反対の裁判だが、裏側は血みどろだった。何人か再起不能になっている。


 そして、いちばん厄介なのが国交省。どうやら頭のいい官僚がいたらしく、あの土地に駅前とは異なる新しい地下鉄プラットフォームを作る気のようだった。


 政令指定都市でもないのに地下鉄とは豪勢だが、問題はその官僚が一匹狼な点だった。自分と同じ。ようするに、縦割りが基本である国のやりかたと真っ向から対立している。なのでこの官僚は、警察が目下の敵。どうやら指名手配も出たらしい。


「さて、どこと組むか」


 ワイルドカード。すべてを黙らせる切り札は、俺のもとにある。


 これを、いつ切るか。自分のカードで、すべての勝敗が決まる。


 電話。


「さて、最初は誰かな」


『もしもし。おまえばっかり高みの見物はよくないんじゃあないですかね?』


 地上げ屋。声が、電話先ではなく、後ろから聞こえる。


「よく気付いたな、ここにいると」


 駅前のタワー。地上を見下ろせる、展望台。


「お前はすぐ他人を見下ろす癖があるからな」


 いつものレディースハット。黒と青の地見目な上着と、同じ色のスカート。靴だけが黄緑。


「その靴は?」


「いやね、場合によっては走って逃げないといけないかなって」


「お前がか」


 地上げ屋。バブル崩壊でぼろぼろになった組織を継いだのは、年齢不詳の若い女。そして、今も歳をとった素振りがない。


「正直ね、読めないのよ。駅前の土地」


 横に立って、手すりにだらけてもたれかかる。強調される胸。


「国有は、やっぱりだめか」


「だめね。なんか新しい法案で官庁の建て替えとかあるらしいんだけど、その予算にかこつけてお金を洗おうとしてる気配があるの」


「それに使われるわけだ」


「うん。さすがに賄賂と資金洗浄にこの街の土地使うのはねえ。いくら地方の寂れた街だからって」


 胸。さらにてすりに、ごりごりと押し付ける。痛くないのだろうか。


「だから私は、とりあえずあなたに付くわ。どうせ今回も、ワイルドカードはあなたのところにあるんでしょ?」


「鋭いね」


 懐から、小さなカードを取り出した。


「なにそれ」


「今回の切り札」


「それがあれば、誰でもその土地を手に入れられるような、もの?」


「そうだ」


 投げて渡した。


「ちょっ、投げないでよ。大事なものなんでしょ?」


「やるよ」


「え」


「俺も情報が欲しい」


 地上げ屋。胸を手すりから、離した。上着がぐちゃぐちゃになってしまっている。


「なおして」


 言われた通り、上着に手をやって整えようとする。抱きつかれた。耳にキスされる。


「このまま聞いてね」


 腰に手をやった。ポケットとか、あるのかな。


「私の胸を見てたのが、三人。遠いところからね」


「なんだそれ」


「最近身に付けたの。私の胸を凝視してる人間を、遠くからでも気配で感じとるスキル」


「ばかやろうだな」


「ね。いいでしょ。最強の索敵よ」


「女にも効くのか」


「効くわ。胸を愛するのは男女共通だから」


「三人ね。分かった。ありがとう」


「このカード、私の自由に、してもいいのね」


「ああ。ご自由にどうぞ。中身は自分で調べな」


「え、面倒だから中見るのはやめるわ」


 地上げ屋。離れる。


「じゃね」


「ああ」


 これで、餌は撒いた。誰が食いつくか。

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