第29話 嫌な夢
翌朝、目覚めたときには全身にけだるさが残っていました。時間的にもあまり寝ておらず、何度もはっとして目が覚めてしまいました。なにかに追い立てられたときに起こる現象で、久しぶりに経験しました。
その短い眠りのなかで、変な夢を見ました。そのせいで起きてしまったのです。
嫌な夢の内容はいつも決まっていました。それは忌まわしい、受験のときの実際の記憶と、それが最悪な状態に変わっているというものでした。短大の入試は実際に通ったキャンパスで受けました。キャンパスは千葉県の海縁りにありました。試験を受けた教室から、東京湾が見えました。それを見ながら、どうしてこんなに良い景色を見ながら、テストなんて受けなきゃいけないんだろう、と思います。短大の近くには海がありましたが、一度も行ったことはありません。短大に良い印象を持たなくなってからは、とにかく一秒でも早く帰ることしか考えていませんでした。そして、生活費を稼ぐためのバイトに勤しみました。絶対に実家からの仕送りの増額だけは避けたかったのです。弱みを見せたら、次は何を要求されるのか分かったものではありません。
黒いスーツを着た若い男女が試験問題の冊子を配ります。大きな教室には横一席ずつ空けて、縦にまっすぐに受験生が整然と並んでいます。飛沫を防ぐための透明のアクリル板が受験生をぐるりと囲むように立てられています。
定期的に黒板の前に立つ試験官が「開始の合図があるまで、絶対に手を触れないで下さい。時間が来るまで、表紙に書かれた注意点を黙読していて下さい」と言います。試験官はみな今どきの健康的で柔和な顔をしています。やけに細身で、男も女も成長期の中学生みたいでした。注意をした試験官だけが初老で、見た目はいいが中身がスカスカなのがなぜかわかります。
入試問題を、「始めて下さい」という合図と共に見ます。海に気を取られていても、楽勝だろうと思いながら、問題用紙の上の方に書かれた教科名を見て、胸がドキリとします。
教科名が予定していたものと違う名前なのです。
予定では国語を受けるはずなのに、ドイツ語の問題が置いてあります。
「入学した後、第二でドイツ語をやるのに、入試時点では解けないよ」と焦りが募ります。
鼓動がどんどん速く なり、汗が全身にあふれ出てくるのがわかります。
顔を上げて、黒板に書かれた時間割と、その脇に書かれた教科名を確認します。
予定したものとはやはり違っています。
急いで手を上げて、近くの試験官を呼びました。
「すいません。これ『ドイツ語』なんですけど」
と右手で問題を持ち、教科名のところを見ながら指を指して聞くと、
「もちろん、『ドイツ語』です」
とその試験官はちょっと鼻で笑いながら答えました。
驚いて、表紙から顔を上げて、試験官を見ると、レイバンのティアドロップのサングラスをかけていました。顔はユミを馬鹿にするように半笑いを浮かべています。見回すと、いつのまにかみんな同じレイバンのサングラスをしていました。
「また、逃げますか」
聞き覚えのある声に驚きました。
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