第4話 ストレス――タカシくん編
お父さんはタカシくんに聞こえない程度の声で、タカシくんがゲームをしながら泣いていた、はじめ反抗期かと思ったけど、どうも様子がおかしい、まずいことが起きているのではないか、ということをお母さんに話しました。
お母さんは食卓に肘をついたまま、窓の外を見ています。そのまま、お父さんの話を聞き、何かを思案しているようでした。窓の外には「一級河川」というには、川幅の狭い河が流れています。川沿いにはやっと長い開花時期を終えた葉桜が並び、川を渡る鉄橋をJR線が走っています。日の光が当たって、電車のアルミの車体が銀色に光っています。外出の自粛要請が出ているわりに、本数が減った様子も、減ったという報道も聞きません。
お父さんが一緒になって窓の外を見て、お母さんの反応を待っていました。すると、「プッ」と何かを吹き出した音がしました。正面に座っているお母さんが笑っていました。肩をすくめて、こぶしを口にあてて笑っていました。
「きっとストレスね。家にずっといなければいけないって、追い込まれているのね。こりゃ笑ってられないね」
じゃあなんで笑ってるんだろう。お父さんは不思議になりました。ちょっとお父さんは怖くなりました。みんなが変になっているのか、自分が変になっているのか、分からなくなってきました。鼓動が激しくなってきます。お母さんが変なテンションなのは明白です。よく見ると、お母さんのもみあげの辺りに血が滲んでいます。強くひっかいたのでしょう。ストレスが強くかかると、お母さんは決まって髪の生え際やこめかみのあたりが痒くなるのです。それを掻きむしったのだ、とお父さんは気づきました。ストレスで感情が制御できなくなったのだろう。それで子どもの危機的な状況なのに笑ってしまった。人間そんなことがあるのだと、お父さんは知っています。実際にそんな光景を見たことを思い出しました。
運送業をしていると、交通事故の話を聞くことがしばしばあります。
事故に遭ってしまったのは、皆が知っているベテランさんでした。人柄も良く、明るく、年に一度の全社挙げての大宴会でも、率先して宴会芸を披露するタイプの、会社の有名人でした。彼が顔を出すとパッと周囲が明るくなるので、皆に慕われている、小柄なおじいさんでした。お客さんの評判も上々で仕事を完全に任せられる人でした。
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