ショッピングセンター

まさりん

第一章 ショッピングセンター ~タカシくん編

第1話 はじまり――タカシくん編

 全世界で、新型コロナウィルス・COVID-19が流行して、しばらく経った日のことです。お父さんが息子のタカシくんの部屋に入りました。

 「入んなよ」

 ドアを開けた途端、そう怒鳴られて、お父さんはビクンとして肩をすくめて、目を閉じてしまいました。お父さんが目を開けてみると、タカシくんはタブレット端末に目を落としたままでした。おそらく、そのまま怒鳴ったのでしょう。

「どうしたんだ」とお父さんは入り口に立ったまま声をかけました。

「うっせーんだよ」タカシくんはけんもほろろの反応をしています。

 タカシくんは床に座り、ベッドにもたれかかり、ゲームをしています。タカシくんの頭に手を置こうと歩み寄りました。もう一度、「どうした」と言いながらタカシくんのマッシュ気味の髪に手を触れようとすると、タカシくんはその手を払いのけました。

 胸のなかで怒りが泡のようにフツフツと沸いてきました。「なにも、藪から棒に、人を邪険に扱わなくてもいいじゃないか。ましてや俺は父親だぞ」とか、「もしかして本格的な反抗期がやってきたか、とうとう」とか、一瞬のうちにいくつもの感情が頭に浮かびました。

 どういうわけか、お父さんの脳裏にはタカシくんが赤ん坊のころの情景が浮かびました。夜、ご飯を食べた後、なぜか興奮気味に部屋をドタドタと駆け回り、マンションの下の人に叱られはしまいか、と思ったり、ただ積み木を積んだだけで嬉しそうで誇らしげな顔をしたり、もう少し大きくなってから、年末の大掃除のときにお母さんのお尻を追いかけて離れなかったり、寝るときにしばらくおんぶをするようにねだられ、決まって最後はベッドに放り投げるようにねだられ、放り投げるととても喜んで笑っていたり、そんな懐かしい記憶が次々に浮かんできました。記憶のなかのタカシくんはいつもニコニコしていて、「パパ」、「ママ」と愛想をふりまく我が家のアイドルでした。

『何かが終わる』そんな直観がして、こめかみがキューっと締め付けられるような痛みを感じました。

 ああ、そんな時期ももう終わりだ、そんな感覚にお父さんはとても悲しくなり、涙が出そうになりました。

 マッシュ気味の頭の横から覗き込むようにタカシくんの顔を見ました。タカシくんの目には涙が浮かんでいました。

『そういうんじゃない』

 タカシくんの横顔を見て、お父さんはそう気づきました。

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