36話 それでもまだ、冬は終わらない 【繭編】

 雪が世界を去ってから、一週間。私の生活はかつての日常へと戻っていた。雪のことは誰も話題にしない、まるで話すことが禁忌だと言わんばかりに。だから私もわざわざそのことを話題に話をしなかった。だけど、それはとても辛く悲しいものだった。まるで、雪の、家族のことを忘れているかの用で。


今日はどうやら雷が用事で居ないらしくて、私は1人で家に居た。久しぶりの1人での自宅、何故かそこはいつもより広く、寂しく感じる。そんな空間で私は家事を始める。トントン、と包丁がまな板にあたる音がむなしく響く。どうしてか自然に涙が出てくる。しっかり雪とはお別れし、現実を受け止めていたはずだけれど、一人の時には思いが溢れ、涙が出てしまうのだ。モフモフのクッションに顔を押し付け、声が出そうになるのを無理矢理押し殺す。

 ひとしきり泣いた後、料理の続きをするためにキッチンへと戻る。夕食はハンバーグの予定なのであんまりお腹に来ないものがいいな、と思ったので今日のお昼ご飯はパンケーキにしようと思う。

 ちょうど作り終えたころに雷は帰ってきた。急いで焼けたパンケーキとホイップクリーム、あらかじめ切っておいたバナナとイチゴをテーブルに用意する。


 「お帰り、お仕事お疲れ様。」

 「ただいま。ありがとう。」


 雷はテーブルの上にあるパンケーキを見ると、すぐに食事の用意をし椅子に座った。食べやすいサイズに切ったパンケーキの上にホイップクリームを塗り、バナナとイチゴをいくつか乗せる。それをフォークで刺し、口に運ぶ。口に入れたそれを咀嚼する度、ほんのりとした甘みとイチゴのあまっずっぱさが口に広がる。おいしい。雷も幸せそうな顔でパンケーキを頬張っている。笑顔で食べている様は子供っぽくて可愛らしい。

 食事を終えると、雷は買い出しのために天ノ宮に居る。なので私また一人、家に残ってしまった。さみしい、という感情が心の中を支配している。


 「早く雷帰ってこないかな…」


 誰もいない空間に私が発した言葉が響く。でもそんなことをしたって何も変わらない。無理矢理気持ちを切り替えるためにお風呂に入る。温かいお湯に包まれていると、家族に包まれているような温かさを感じることができるのだ。

 

 お風呂から上がり、夜ご飯の用意を始める。すでに作るものを決めているので、すぐに夜ご飯の用意は終わった。それと同時に雷が家に帰ってきた。


 「ただいま、今日の夜ご飯は?」

 「お帰り。ハンバーグだよ」


 その言葉を聞いた雷は、嬉しそうに手を洗いに行った。

 戻ってきた雷と一緒に食事を始める。雷はお腹がすいているのか、すぐにハンバーグを食べ終え、そのままお風呂へといった。私はまだ食べかけだったご飯を食べ終え、お皿を洗う。それも終え雷がお風呂から上がるのと交代で私もお風呂に向かう。


 お風呂から上がると、雷は本を読んでいた。完全に自分の世界に入っていたので、

 

 「雷」


と声をかける。そこでやっと私に気付いたのか、本から顔を上げた。なので私は言葉を続ける。


  「一つ相談あるんだけど…」

 「なに?」

 「今度、みんなでお花見しようよ、バイト先の人たちとかも誘ってさ」

 「うん、すごい良いと思うよ、僕もみんなと桜とか見たいしね」

 「だね、楽しみに春を待とうね」

 「そうだね」


 春になったらお花見をするという約束を交わす。しかし、春はまだ来ない。私の中の冬が過ぎ去り、春が来るまで。世界が、季節が何度も何度も巡り、繰り返しても私に春は訪れない。私の中の冬が終わるまで。

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