第9話「勇者は最後の戦いに臨む」

「お前の言うとおりだ。貰った情報によると、土橋どばし専務は少量ずつ何処かに試作品の原料を流している」


 ノートパソコンを素早く操作しながら、一星はガラスの原料の状況を確認してゆく。


「まだ試作品だから、そこまでの量ではないが……」


 そう言って一星が指し示した数量を一瞥して、学は「最悪だ」と表情を歪めた。


「もともと黒曜石は魔力を受けた他の素材が変質するのを促す触媒で、そんなに量は要らない。これだけあればポーション2千本は行けるぞ。薄めればその10倍は行けるだろう。今後も安定供給されたら……」

「そうすると、どうなるの?」


 恐る恐る尋ねる霧花に「日本の学校が世紀末ヒャッハーになるな」と茶化すように答えるが、我ながら発言にキレがない。


「始まるのはいじめられっ子の復讐劇だよ。ただし、努力や知恵ではなく、薬による力を使ったクーデターだ。『空気』で支配されていた教室が、今度は暴力で支配される。いや、暴力で支配されるのは教室の中じゃ収まらないだろうな」

「で、でも、薬を受け取るのはいじめられっ子なんでしょう? いじめの痛みを知っているなら、そんな酷いことをしたりは……」


 何とか希望をつなごうと発言する霧花に、学と一星はそろって首を振った。


「霧花、残念ながら、いじめられた人間が強者に回って陰湿ないじめを行う例は多い」

「一度いじめられた人間は、他者が同じ目に遭うとこう思うのさ『自分は酷い目に耐えたのに、こいつはこの程度でへこたれている。弱いこいつが悪い』ってな。『いじめを乗り越えれば聖人君子になる』なんてのはメディアが作り出した幻想だよ。悪いことを根絶するには『悪いことをしない方が得をする仕組み』を作るしかない。突然現れた聖人君子に何とかしてもらおうなんて、虫のいい話さ」


 学は「そういう意味じゃ、俺たち勇者も根本的な解決なんてできないんだよ」と付け加える。

 それは諦観ではあったが、それならば出来る事をやると言う前向きな開き直りでもあった。


「で、どうするんだ?」

「どうもしないよ。多分向こうから来るから、お出迎えするだけだ。お前らは体育館に隠れててくれ。建物ごと防壁を張る」

「大丈夫なのか?」

「普通はこんな手は使えないがな。俺には〔無限の魔力〕があるから」


 この話は、半分嘘だ。魔力は無尽蔵でも、〔鉄壁の肩当て〕は同時使用すると威力が弱体化する。

 だが、それは仲間たちと連携すれば補える。守ると決めた以上、全力を尽くす。

 気取られないようにさらりと答えたつもりだったが、一星は何かを察したような顔で「すまん」と詫びる。


「なあに。巻き込んだのはこっちだよ。全部終わった後のつるし上げは覚悟してる」


 いつもの癖で、つい自虐が出てしまったが、クラスメイトを巻き込んで「自分は正しいことをしている」などとふんぞり返る気にはなれなかった。

 だが、一星は眼鏡を上げて「ハッ」と哄笑した。


「周りを見てみろ。あれを見ても自分は余計な事をしたと思うか?」


 立ち上がって周囲に目を向けると、先ほどは一か所に固まって怯えていたクラスメイトたちが、せわしなく動いていた。


「おい! 運び込む救助者はこれで最後か!?」

「ああ、寝かせるスペースは十分あるな?」


 丸刈り頭がすっかり板についた贄川が、クラスメイトに指示を与えて校庭に倒れている町人たちを救助していた。


「贄川君! 窓を塞ぐ木材が足りない! 裏の資材置き場を崩すから、何人かこっちに寄こしてくれ!」

「分かった! 水島、お前現場作業でこう言うの慣れてるよな? 2、3人連れて裏へ行ってくれ!」

「おーけー。田崎、あんたの出番よ!」

「ハイ! 喜んで!」


 ぽかんと一同の動きを見守る学に、一星は「意外か?」と問うた。


「スクールカーストなんてもんにうんざりしてたのは俺だけじゃなかったってことだ。お前が散々暴れまわってくれたおかげで、皆それに気づいたんだよ」

「あいつら、……馬鹿だなぁ。俺は散々悪態ついて、散々コケにしたのにな」

「馬鹿はお前だ。自分がやった事を信じられずにどうする? ……って、お前泣いてるのか?」


 指摘されて頬に手をあてると、温かい雫が指に触れた。

 いつもなら、茶化して胡麻化すのだろう。だけど、今はその余裕がなかった。


「今日は、色々ありすぎたんだよ」


 一星は「だろうな」と流す。


「お前はもっと周囲を頼るべきだ。俺はお前たちのように特別な力は無いが、金と人脈、何より知恵がある。知識量なら霧花も相当なものだろう。贄川は馬鹿だが馬力はあるし、最近は機転も利くようになった」


 本当に、自分は拗らせただけのお馬鹿さんだったな。

 ツバキに怒られるのも当然だと思う。


「……なあ」

「なんだ?」

「お前、いつの間にか小暮のこと名前で呼ぶようになったのな」


 突然の指摘に、一星は咳き込み、霧花は俯いて赤面した。


「それを今言う事かっ!」

「すまん。さっきの仕返しだ」


 くっくっと笑って、学は校門に視線を移す。

 危機はすぐやってくる。平穏な時間はあとわずかだろう。


「本当はな、”特別な力”なんて大したもんじゃないんだ。本当に凄いのは、お前らみたいなやつらさ。勇者って言うのは『勇敢な者』って意味だ。力のある者じゃない。俺たちのように力を振り回す人間よりも、無力でも自分のできることを懸命に果たそうとするやつこそ本当の勇者だ。俺たちにできるのは、そんなやつらの露払いぐらいのもんさ」


 一星は黙って学の言葉を聞いていたが、「そう言えば、恩師が同じような事を言っていた。まさかお前の口から聞くとは思わなかった」と再び眼鏡を押し上げた。

 霧花は「私も、出来る事をする!」と頷いた。


「だがそれは終わってから本人たちに直接言ってやれ。じゃあ、俺たちも手伝いに行くから」

「菅野君、頑張って!」


 体育館に向かうふたりに「一星さん、霧花ちゃん! こっち手伝って」と手招きしたのは合流した和美だ。相変わらず、物怖じしないやつだと苦笑する。


 そして、学は再び校門に視線を向ける。

 彼の周囲には、戦友たちが並ぶ。

 倫、アリサ、ツバキ、アポロ、ネフィル。

 そして何故か帯刀が加わっている。「再戦を約束すれば手を貸してやる」と言っていたので、二つ返事で了承した。


 最後の戦いを始めよう。

 志賀武史の心を縛る鎖を破壊し、人々の幸せを取り戻す為に。

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