第7話「勇者は本音をさらけ出す」★
アリサの運転する車は、学たちを見つけると急停止した。
がくんと食い込むシートベルトに、倫はうへぇと舌を出した。
「アリサ、運転荒すぎ」
「きっ、緊急事態だから! それに、日本の道が狭すぎるのよ! 日本の征夷大将軍も、狭い道に陣取った300人のサムライに苦戦したことがあるでしょう?」
「なにそれ? 聞いたことないけど?」
なお、後でググってみたら日本の戦国時代ではなく、古代ギリシャの話だった。
「それより、里桜たちは!?」
よりにもよって素人の静磨に諭され、ふたりは我に返る。
「学は無事なの? ケガしてるみたいだけど!」
「大丈夫! あのくらいならポーションで何とかなるわ!」
車を飛び出すと、加納里桜の傍らに立つツバキが視界に飛び込んできた。
慌てて武器を構えるふたりを、学は「だいじょうぶだ」と手で制した。
「色々あったが、こいつは今は味方を……」
そう言いかけた学が吹っ飛ぶ。
駆け寄ってきたツバキが、横っ面を殴り飛ばしたのだ。
「ふざけんじゃないわよ! あんたは全部自分の責任だなんてうぬぼれて、何様のつもり!」
走りだそうとしたアリサを、肩を掴んで止めた。
首を振って見せると、アリサは不安げにふたりを見つめた。
「きっと、学に必要なことだから」
彼女も思いは一緒だ。
こくんと頷いて、学に真剣な視線を送る。
「うぬぼれだと!? もっとやれたはずだと思う事が、うぬぼれだってのか!?」
アリサは、いや倫自身も目を剥いた。
こんな感情を露わにして激高する学を見るのは、初めてだったからだ。
「あの戦いは敵も味方も全力を尽くした! それを自分一人で何とかできたはずなんて、うぬぼれ以外の何なのよ!」
多分、ツバキの言葉は、学にとって図星だったのだろう。
優しさゆえの傲慢を、ツバキはうぬぼれと看破したのだ。
「お前に何が分かるんだ! 自分の無能の為に、結婚を控えた友人を守れなかった後悔を! 初孫ができたとはしゃぐ恩人を八つ裂きにされた悔恨を!」
再びツバキが学を殴打する。
「そんなしみったれた態度で、お父様の決意を汚すのは許さない!」
「俺がいつザンキの決意を汚そうと……」
「してるわよ! あんたは誇りを持って自分の生き方を決めた父上を『かわいそうな被害者』として扱ってる! それが侮辱じゃなくて何なのよ!」
ツバキは「それをお前が言うのかよ!」と言い返されて一瞬怯むが、「言うわよ!」の叫びと共に、三度学の頬を殴る。
「私は父を失った悲しみを、あんたへの復讐に転嫁した。でもそれはあんたも同じじゃない! 大切なものを失った悲しみを、全部自分の無力のせいにして、現実と向き合う事から逃げてるじゃない! あんたはそれ以上に大勢救った! なんでそれを誇れないの!? 胸を張れないの!? そんなの、あんたに全てを託して死んだお父様がみじめじゃない!」
「……ッ!」
ツバキは言葉に詰まる学の袖をつかみ、叫んだ。
「私はね! 父が尊敬した〔破壊の勇者〕に胸を張って生きて欲しいの! それで初めて造魔神の元に召されたお父様は、自分の選択を誇る事ができるの! だからっ!」
ツバキは拳を振り上げ、学に叩きつけると同時に、言った。
「……あんたを認めてあげる。菅野学は、とびきりの勇者よ」
吹き飛ぶ学に背を向けて、ツバキは倫とアリサにすれ違う。
「疲れたから車で休む。あと頼むわ」
茫然とやり取りを咀嚼していたふたりだが、アリサは「ひとり、増えちゃったかも」と苦笑とも諦めともつかない笑いを向けてくる。
「まったく。困った勇者様ね」
倫も困ったような笑顔を返すと、ふたりで頷き合い、学に駆け寄る。
「すまんなぁ。カッコ悪い勇者で」
顔を真っ赤に腫らして、学は自嘲する。
アリサはむっとした表情を浮かべ、腫れた学の頬を容赦なくつねった。
学は悲鳴を上げる。
「ようやく気付いたようね。本当は私も今までの分をぶっ飛ばしてやりたいけど、あなたの顔をこれ以上腫らしても溜飲は下がらないから、勘弁してあげる」
「俺、自分が悪いなんて思わなくてよかったんだな。ツバキが『大勢救った』って言ってくれた。『とびきりの勇者』って言ってくれた。俺は、阿呆だ」
パシッ、倫のデコピンが顔にヒットし、学は再び悲鳴を上げる。
「言ったでしょ? 『ヘタレたらぶん殴る』って。学は自分をヒーローと思えないかもしれない。そんな自分とギャップに苦しんできたのかもしれない。でも、学は立派な『勇者』だわ。ヒーローと勇者。人の命を救う事に何の違いがあるのかしら」
「すまん、じゃなくて、ありがとう。おかげで、やっと前に進める。……ったく我ながら随分拗らせてたな。こんなんじゃ中二病時代から何も成長していな……」
ふたりは学の言葉に頷き合うと、「自虐禁止!」と宣言し、口にポーションの瓶を突っ込んだ。
「がぼがぼっ……」
「それが分かったなら問題無し! それで、学はどうするの!?」
「ごほっ……〔
「なら良し!」
ぜーぜーと咳き込む学に、2人は「自業自得」と容赦がない。
「なあ、本当に俺で良いのか?」
相変わらずヘタレる学に、2人は声を揃えて「それは違うわね」と応じた。
「あなた
「そう。学
まっすぐに告げられ、照れくさくなって首の後ろを撫でる。
「学は、私たちのことどう思う訳?」
「そりゃあ、アリサは色々俺の面倒見てくれて、最初は姉さんがいたらこんな感じかと思ったけど、無防備に女らしいところ見せられるとドキッとするし、俺やアポロが落ち込んでるのを絶対見逃さず気遣ってくれるのも嬉しい」
アリサの表情が一瞬だけへにゃっと崩れる。
それを見た倫が「私は?」と急かした。
「倫はひたすらまっすぐで、俺がヘタレようが中二病拗らせようが受け止めてくれて、その場しのぎの優しさじゃなく、厳しい言葉をぶつけてくれる。俺の事をちゃんと考えてくれてとってもありがたい」
「ふーん、じゃあツバキは?」
「あいつは、気性が荒い癖に脆くて他人を必要しているから、何とかしてやりたいと……って、何であいつの事まで聞くんだよ!?」
ふたりはくすくす笑いながら「いまはそれで許してあげる」と告げた。
「ただ、覚悟は決めなさい」
「覚悟? いったい……」
「それより、まだやる事があるみたいよ?」
アリサが学の背中を叩く。
「なんでなんだ?」
振り返った先には、拳を震わせた望月静磨が立ち尽くしていた。
「なんで君は、そこまで他人に真摯でいられるんだよ! 裏切られることが怖くないのか!? 全て無駄になるって思わないのか!?」
学は、ふっと笑ってそっと頭を振った。
「俺は、特別な事はしていない。ただ、誰かに貰った優しさを、誰かに返したいと思ってるだけだ。俺が偉いんじゃなく、最初に優しさをくれた奴が偉いのさ」
そう言って視線を送ったのは倫だった。
「え? 私なの?」
驚いて自分を指さす倫は、既に顔がにやけてしまっている。
申し訳ないが、傍らで子供のように頬を膨らますアリサを可愛いと思ってしまった。
「そうか。結局僕は、優しさを貰っても誰にも返そうとしなかった。だから負けたのか……」
うなだれる静磨に、再び学は頭を振る。
「現時点ではそうかもしれない。でも、そんなもの意識を変えるだけですぐ埋まる差でしかない。今日の敗者が明日の勝者になるのはヒーローものの醍醐味だろ?」
いきなりヒーローものを例に出されて、「そうよっ!」と拳を握ってしまうが、そんなやり取りを見て、静磨は「そうか……」と何か考え込む様子。
「さあ、とにかく皆と合流しないと」
倫が学を助け起こした時、アリサが振り返って剣を召喚した。
「来るわ!」
コンクリートに影が広がり、そこから人がぬっと顔を出し、姿を現してゆく。
肩に〔博士〕を抱えた黒髪の少女は、一礼すると、名乗った。
「私は〔
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