第6話「勇者は過去と対峙する」★
「……不愉快です。やはり、勇者など遅れてやってきて正義面する、何の役にも立たない人種のようですね」
アパートのベランダから学を見下ろし、最後の〔
「……耳が痛いね」
返した言葉は、自責の念から来るものだったが、彼はそれを挑発と撮った様だ。
右手を振り上げて、指をパチンと鳴らした。
地面に魔法陣が展開され、2体の魔物がゆっくりとせりあがってくる。
巨大な角と、熊に倍する体躯を持つ、最上級モンスターだ。
「アークデーモン!? こんな化物をどうやって地球まで連れてきた!?」
「答える義務はありませんね。あなたへのプレゼントはこれだけではありませんよ?」
再び指を鳴らす音と共に、無数の魔法陣が現れる。
中から召喚されてきた者たちを見て、学は息を飲む。
「レイラ! トマス爺さん! それにみんな!」
死霊たちは学を見つけると、憤怒とも悲鳴ともつかない声を上げた。
「そうです。あなたが守れなかった。サーシェスの人たちです。未練を残して次の命に転生することも出来ず、世界の狭間を彷徨っていたそうです。ちょっと憎しみの感情を刺激したそうですが、心は彼らそのものですよ?」
無数の恨みを残した命は、ゆらりゆらりと学に近づいてゆく。
彼は、瞑目すると、ツバキに叫んだ。
「アークデーモンの相手を頼む。あと、加納たちも。こっちは俺が何とかする!」
「分かったわ! 早くなさい!」
頼もしい返事に頷くと、手元の魔銃を地面に放った。
「!! 何してるのよ!?」
「俺には、こうするしかできない。さあこい。全部受け止めてやる!」
両手を広げて死霊たちを迎える学に、彼らは容赦なく爪を突き立てた。
思わず悲鳴を漏らしそうになり、歯を噛み締めて耐える。
「彼らは所詮一般人ですが、最高クラスの強化魔法を付加してあります。ひとりの攻撃は微々たるものですが、全員に襲いかかられたら、あなたでも危ないんじゃないでしょうか? あ、魔法を使えば簡単に消せますよ? 彼らを二度殺すことになりますがね」
哄笑する〔博士〕だったが、そこにはいつもの饒舌な学はいなかった。
ただ、彼を切り裂いてゆく死霊たちひとりひとりに「すまない」と詫びた。
『勇者様ぁ、……あっしらはあんたが村を守ってくれると信じていたんだ……』
「すまん。全部を助ける方法を思いつかなかったんだ。俺が憎いなら、いくらでも切り刻んでくれ」
死霊の右手が振るわれ、学の方からぽたぽたと血が垂れる。大したダメージではないが、かみそりで全身を少しずつ切りつけられるような苦痛を感じる。
だが、魔法で彼らを消す気にはとてもなれなかった。
『勇者さん、……なんで、なんで助けに来てくれなかったの? 私3日後には……』
「すまんレイラ。お前とフレッドの結婚式、本当に楽しみにしていたんだ」
『勇者どのぉ! わしの、わしの初孫がぁ!』
「トマス爺さん。出産祝いは用意していたんだ。渡すことが出来なかったのは全部俺のせいだ」
大勢の死霊たちに切り裂かれる勇者は、彼自身も幽鬼の様だった。
◆◆◆◆◆
(冗談じゃ、ないわよ!)
真っ青な顔をした加納里桜を背に、アークデーモンと切り結びながら、ツバキは苛立ちを隠せなかった。
(なんなのよ! この茶番は!)
無性に腹が立つ。
あれだけ斬り刻んでしまいたいと願った〔破壊の勇者〕なのに、今弱っている彼を見るのが無性に腹立たしい。
きっとこれは彼の代償行為。
死霊たちの怨嗟の声を受け止め、その身を傷つけさせることで、自身のトラウマを癒そうとしているのだ。
つまり、逃げ以外の何物でも無い。
なんなんだ! こいつは!
自分が言えた義理では無い事は分かっている。
だが、正々堂々雌雄を決することを望んだ父を罠にかけてまで望んだ勝利の果てに待っていた光景が、これなのか。
自分は、こんな拗ねた子供に情念を滾らせていたのか。
「そんなもの、誰も報われないじゃない!」
怒りに任せて、魔剣を叩きつける。
何故自分はこんなに憤っている?
あんなに見たかった苦悶の表情を浮かべた菅野学なのに。
「ねえ! あんた勇者なんでしょ!? そんなのが勇者なの!?」
背中越しで加納里桜が叫んだ。
そうだ。こんな菅野学、見たくなかった。
私は……。
辺りを緑色の輝きが満たす。
魔剣にはめ込んだ父の形見が、戦場を包み込んでいた。
アークデーモンたちが、角を振るって苦しみだし、魔力を失って昇華されてゆく。
(これが、パパが私に託した力?)
ツバキは、構えた魔剣を振り上げる。
「貴方たちも、こんな事をやりたかった筈では無いでしょう? 悲しかった。ただ未来を断たれたのが悲しかったの。だから、悲しみをぶつける相手を探したの。でも、それでは誰も幸せになれないわ!」
学を責め立てる死霊たちの足が止まった。
やがて、憎しみの力を失ったように、そのかたちを失ってゆく。
憤怒が、穏やかなまどろみへと変わってゆく。
死霊たちは、憑き物が落ちたように穏やかな表情になる。
それは、諦観であったかもしれないし、癒しであったかもしれない。
『すまんかった、勇者殿』
老人がつぶやいた。
『だが最後に会えてよかった』
『勇者さん。私もフレッドに逢いにゆきます。どうか、幸せに』
「……爺さん、レイラ」
消え去ってゆく死霊たちを、学は呆然と眺めた。
◆◆◆◆◆
「私の! 私の憎しみが消えてゆく! まさか、この心は私のものでは無く、彼らと同じく女神に植え付けられたものだと言うのか! 嫌だ! この憎しみを失ったら、私はどうやって生きてゆくのだ!」
激痛を感じる頭を押さえ〔博士〕が叫んだ。
このままでは、心がカタチを失う。
本当は分かっていた。本当に憎いのは仕事にかまけて家族を蔑ろにした自分だったと。ちゃんと娘に向き合っていれば、彼女はここまで苦しまなかったという悔恨の念が、彼を復讐者にしたのだと。
ダガ、それを認めてしまっタラ……。
「いやだぁ!」
魔剣を掲げるツバキに、魔力をぶつけようと右手を伸ばす。
無防備な今なら、仕留められるかもしれない。そうしなければ、自分は……。
しかし、その思考は突然停止した。
目を離していた菅野学が、魔銃を拾い上げ、〔博士〕を狙撃したからだ。
そして「彼」は〔軍団〕の〔博士〕ではなくなった。
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